CASE1-15 「すっかり勘違いされちゃった感じ?」
すっかり日が傾き、木々が鬱蒼と茂る森の中に一足早く寄りの帳が下りようとした頃、
「――あ、見エましタ! あれガ、ワタしのムラでス!」
先行して歩いていたドヴェリクの顔が喜色に溢れ、後に続くイクサとマイスに向かって大きく手を振った。
そんな彼の様子を見たマイスは、安堵の表情を浮かべる。
「ふう……何とか、日没前に着けたわね。……ほら、もう少しよ。頑張って」
「ぜえ……ぜえ……」
マイスの言葉に応える気力すら、ずっしりと重い背嚢を背負ったイクサには無かった。ただ、口をパクパク開けて空気を取り込もうとするのみだ。
「……しょうがないわね。イクサくんは、そこでちょっと休んでなさい。私は様子を見に行くから」
そうイクサに言い残したマイスは、軽やかな足取りで先行しているドヴェリクの方へと走って行く。
「ドヴェリクさん! 半人族の集落って……アレ?」
「はイ。あソコに見えル光デ間違いナイでス」
そう言ってドヴェリクの指さす先には、確かに小さな光が数ヶ所確認できた。
「……結構小さな集落なのね」
「エエ……昔はもっト多かっタみタイですけド……今じゃ、50人くライしか残ってナイでス……そのうエ、アイツらのせいデ、もう10人ちかクモ……喰われまシタ……」
「そう……」
ドヴェリクの悔しそうな横顔を見て、マイスの顔も曇る。
彼女は、彼の小さな肩をポンと叩くと、優しい微笑みを浮かべながら静かに言った。
「――でも、もう安心よ。私達が持ってきた武器と罠があれば、二度とウールタイガーなんかに脅える事も無いから、ね」
「――マイスさン……ありガ――」
「スタプ ノウン! ウプ ハド!」
ドヴェリクのたどたどしい感謝の言葉は、聞き慣れない言語の叫び声に遮られた。
マイスが顔を巡らせると、周囲の木の陰から小さな人影がわらわらと姿を現した。人影は、手にした弓に矢を番え、彼女に狙いを定めながら、ゆっくりと包囲の輪を狭めてくる。
「……半人族――集落の人たち?」
「ウプ ハド! ハリハリ! シュト!」
「マイスさン! 手、上げテ! ――デないと撃つッテ……!」
「え? ああ、そう言ってるのね、彼ら……」
マイスは、ドヴェリクの言葉に頷くと、素直に両手を上げた。
そして、ドヴェリクに囁く。
「――ドヴェリクさん、この人たちへ、私達の紹介をお願いしてもいいかしら?」
「ア、分かりまシタ」
ドヴェリクは頷くと、周囲を取り囲む半人族の男たちに向かって、大きく手を振って叫ぶ。
「ウェト、ウェト! アム ドヴェリク! ノト エネムー!」
「――ドヴェリク? ワイ? シ フォウ? エネム ノ?」
ドヴェリクの言葉に、半人族の間からどよめきが起こる。
その時、向こうから、イクサの悲鳴が聞こえた。
「わ、わあああ! ちょ、違う! それは、タダの――!」
「ウェプ! ウェプ! ヒ ヘブ ウェプ!」
「――ウェプ! ワイ?」
イクサの背負っていた背嚢を検めていた半人族の男が、険しい顔で叫び、中から取り出したハンドボウやショートダガーを高く掲げた。それを見た、他の半人族たちの表情が一気に険しくなる。
彼らは緊張した面持ちになって、イクサの頭を掴んで地面に押し付けると、マイスに向けて突きつけた弓を引き絞った。
「……マズいわね。これは、すっかり勘違いされちゃった感じ?」
マイスは、手を上げたまま小さく舌打ちをする。――突然、自分たちの住む村のすぐ近くに現れた不審な人間が、大量の武器を持っているのだ。彼らが警戒し、殺気立つのもけだし当然……。
「ユ アザア! ワイ ウェプ ヘブ?」
「ノ! ノ! テェ ノ エネム!」
マイスに詰め寄ろうとする、顎髭を蓄えた半人族を遮るようにドヴェリクが間に割って入り、彼らの言葉で必死に捲し立てる。
「ドヴェリク! ヘドエク? フ ――テェ アタクド?」
半人族の男たちは、ドヴェリクの頭の傷を見咎めて、彼に問い詰めているようだ。――どうやら、マイスたちが負わせたケガでは無いかと疑っているようだ。
「ノ! ノ! テェ グド パソン! テェ ヒイルド ミ!」
当然、ドヴェリクは強く頭を横に振って否定し、本当の事情を説明しようとしているようだが、相手の頭にすっかり血が上っていて、なかなか内容が伝わらないようだ。
それから十五分程、ドヴェリクと半人族による押し問答が続いた。半人族の言葉が解らないマイスには、どういったやり取りなのかは皆目見当も付かなかったが、ドヴェリクの顔色を見る限り、こちらに良い話の流れにはなっていないようだ。
彼女は堪りかねて、ドヴェリクに耳打ちする。
「――ドヴェリクさん。もう、縛ってでもいいから、取りあえず私達を集落に連れてってくれるように伝えて貰えない?」
「え――? マイスさん、そレは、一体――」
「もう日が暮れるわ。こんな所にいたら、みんな揃ってウールタイガーの餌食になっちゃう」
そう言うと、彼女は木々の枝の間から見える空を指さして言った。先程までオレンジ色だった空は、昏い蒼――そして漆黒へと、その顔色を変えつつある。
「あ――確かニ……」
ドヴェリクも、それに気が付くと、小さく頷く。
マイスは「お願いね」とドヴェリクに囁くと、ニヤリと微笑み、小さく呟いた。
「それに――商談は、然るべき人と、キチンとテーブルについて行うものですからね」




