CASE1-14 「半人族の集落へ向けて、れっつごーっ!」
「ぜえ~、ぜえ……ぜえ……」
武器やトラップツールをぎゅうぎゅうに詰め込んだ背嚢を担いで、深い森に分け入る細い獣道を辿るのは、想像を絶する苦行だった。
イクサは、背嚢の肩紐が食い込む痛みに歯を食いしばりながら、必死に足を前に出す。
「こら、イクサくん! ペース落ちてるわよ~!」
10エイム程離れた先から、マイスの容赦ない叱咤が聞こえてくる。
「ちょ……ちょっと――ちょっと待って……待って下さいよぉ……」
息を切らせながら、マイスに向かって必死で懇願するイクサ。
マイスは、そんな彼の様子をジト目で見ていたが、
「……じゃあ、5分だけ休憩ね」
仕方がないと言わんばかりの溜息を吐くと、不承不承頷いた。
それを聞くと同時に、イクサはその場に崩れ落ちる。
「もう……だらしないわねぇ」
「ゼエ……ゼエ……いや……キツいですって。――これを担いで……森を……歩くのは!」
「しょうがないでしょ。こんな森の狭い獣道じゃ、馬車なんか通れないんだから」
マイスは、周囲に鬱蒼と生い茂った木々を指さすと、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
そして、木の幹に寄りかかって竹筒の中の水を呷る半人族の男に声をかける。
「ねえ、ドヴェリクさん! 半人族の集落まで、あとどの位かしら?」
「え――えト……あト一時間クラい……タブん」
不意に声をかけられたドヴェリクは、目を白黒させながら答えた。マイスは、その答えに頷く。
「半人族の足で1時間だったら……私達だと倍くらい見ておいた方がいいわね……」
「2時間ですか……うへえ……」
マイスの言葉に、ウンザリ顔で呻くイクサ。
その様子を見たドヴェリクが、ふたりの方に近付いてきた。そして、腰に提げた袋から何かを取り出し、「ドうゾ」と言って、イクサの掌の上に乗せた。
「……え。これは?」
「チコリの実でス。食べると、ちかラ、出る」
「あ……ありがとう」
イクサが戸惑いながらもお礼を言うと、ドヴェリクは「どいたシましテ」と返して、ニッコリ笑う。
彼は、マイハラスの裏通りで大男に襲われた後、マイスの介抱を受けてから、マイス――と、ついでにイクサ――にすっかり心酔し、慕うようになっていた。
彼の頭には血の滲んだ包帯が巻かれ、顔の腫れもまだ引いていなかったが、本人は至って元気で、喜んで半人族の集落への道案内を引き受けてくれた。
翌日の夜明け前に、商談の為の武具と罠ツールのサンプルを背嚢いっぱいにギュウギュウ詰め込んで、半人族の集落に向けて出発したマイスたちだったが――既に中天に昇った太陽が色褪せながら西へと傾きかけている。
「……日没までに着けるか、ギリギリですね」
ドヴェリクから貰ったチコリの実を囓りながら、イクサは言った。微かな苦みがあるものの、瑞々しくて、一囓りするごとに身体の隅々に水分が行き届くような感覚を覚える。ドヴェリクの言う通り、力が漲る……気がしないでもない。
「――ちょっと急いだ方がいいかもね」
「――ソうですネ」
マイスは、繁る木々の隙間から覗く空を見上げながら言い、ドヴェリクも頷いた。
確かに、夜になったら、件のウールタイガーが活動を始めるだろうし、それ以外の狼やヒヒイロオオグマといった狂暴な野獣たちの動きも活発になる。
夜の森は、人間はおろか、半人族のものでも無い。――彼ら、野生の獣たちのものなのだ。
「――じゃあ、そろそろ行くわよ。休憩終わり!」
マイスはそう言って、両手をパンと打ち鳴らした。
「うえええ~、もうですか……? せめてあと2分……」
イクサはウンザリした顔で泣き言を言う。
「もう、情けない声出さないの。男の子でしょ?」
「そんな事を言われても……」
「――ワタしが、持ちマショうカ?」
「――ドヴェリク……そりゃ助か――」
「いや、無理に決まってるでしょ」
喜んで、ドヴェリクの好意に甘えようとしたイクサの声を、マイスの冷静な言葉がピシャリとシャットアウトした。
確かに、半人族の矮躯では、この大荷物を背負う事など到底無理だ。
マイスは大きな溜息を吐くと、イクサの背負う背嚢を引っ張った。
「へ――?」
「しょうがないわね……。私が持つから貸しなさい」
「え――いやいやいやいや!」
マイスの言葉に目を丸くしたイクサだったが、すぐさま頭をブンブンと横に振って、彼女の提案を拒否した。
「そ、それこそ無理ですって! こんな重いの、女性のマイスさんには持てませんし、持たせる訳にはいきませんよ!」
そう叫ぶと、イクサは勢いよく立ち上がり、あまつさえジャンプしてみせた。
「ほ……ほら! すっかり元気いっぱいです! 大丈夫です!」
マイスは、イクサの行動に目を丸くして――ニッコリと笑った。
「あら本当。――じゃあ、任せちゃって大丈夫ね!」
「あ……えと……あの、その……」
「じゃ、行きましょう、ドヴェリクさん! イクサくんがああ言ってる事だし、もうちょっとペース上げましょう!」
「あ――ハイ、マイスさン!」
「え……あの、出来れば……その――」
「はーい! じゃ、半人族の集落へ向けて、れっつごーっ!」
ニコニコ顔でマイスは右手を挙げて、後は後ろも見ずにスタスタと獣道を颯爽と歩き始める。
すっかり取り残された形になったイクサは、慌てて彼女達の後を追う。
「ちょっと――待って下さいよ! って、重ッ! ――マイスさん……あの、やっぱり、せめてハンドボウくらいは持って……て、聞いてますぅ? お~い!」




