四十話
宗司が馬車から脱出したのと同時刻。
深夜にもかかわらず、警備隊宿舎が再び騒がしくなり始めていた。
早馬が走り、護送の指示を出した男の下へと駆け付ける。
「何事だ」
男はその理由を問いただした。無論、彼の目の前にいる部下はそれを報告しに来たのである。
部下は、少し言葉につまりながらも明瞭に言い切った。
「間諜護送を行っていた隊からの連絡が消失しました! こちらからの簡易信号にも応答なく、深刻なトラブルが発生したと思われます!」
それはつまるところ任務失敗の報告だった。しかも原因不明と来ている。
部下はすっかり怯えてしまっていた。
だが、男は最初こそ驚いたように目を丸くするだけで、声を荒げて怒鳴りつけるようなことはしなかった。
いつもの調子で男が問う。
「隊からの連絡が消失したのはどこだ?」
「恐らくクラドあたりかと……」
「思ったより近いか……。すぐにフィダルに連絡して兵を派遣してもらえ。ここの兵は港の警備に使う」
「はっ……しかし辺境伯にはどのようにお伝えしますか?」
「大丈夫だ。私から言っておこう」
あらかた支持を出し終えて、男は部下に下がるよう命じた。
急いで退室していく様子を確認し、男は隠してあった魔石を取り出す。それを軽く点滅させてから、男もまた部屋を出ていくのであった。
* * * *
そのころ。男がいた建物の屋根上では。
「まだか? もう降りたいんだが」
「ええい少しぐらい我慢せんか。あともう少しで話が終わる」
宗司救出部隊こと、リリアとローゴの二人が盗聴を試みていた。もっとも、ローゴは感覚が鋭いわけでもその手の魔法が使えるわけでもないので、主に聞いているのはリリアである。
中にいる男とその部下の会話を聞き終えると、彼女は困ったように眉をひそめた。
「どこにいるかわかったのか?」
「既にここにはおらんようじゃ。どうやらもう王都へと送られたらしいの」
「だとすると相当早いな……どうする? あんたなら先に向こうで待ち伏せするぐらい難なくできるだろ」
早くもローゴは荷物をまとめ、その中から財布を取り出した。王都で潜んでいる間の物資を調達するつもりなのだろう。
実際、下手に宗司を追うよりも待ち伏せするほうが効率的である。というのも、追うとなると部隊がどの道を通って王都に向かっているのか調べなければならないからだ。その点、時間こそかかるものの待ち伏せは余計な手間なく行える。
しかし、リリアは意外にも待ち伏せよりも追跡する方法を選んだ。
「それでは時間がかかる。ちと面倒じゃが、護送隊を追跡する」
「セガンから王都に向かうルートなんていくつもある。どうやって絞り込むつもりだ?」
「うむ。どうやら奴らの隊はクラドで事故を起こしたようじゃ。そこならばすぐに追いつける」
「待てよ。あんたは飛べるが俺はそうはいかないぞ」
リリアの言葉に異議を唱えるローゴ。別に彼女一人でも宗司を助けるぐらいわけないのだが、ある作戦のためにその場にはローゴもいなければならないのだ。
リリアはわかっておる、と言わんばかりにポケットから小さなものを取り出した。そして彼女にしては珍しく、それをローゴに手ずから渡した。
どうやら鉱物のようだ。内部に魔力が満ちている。
「魔石か。それで?」
「その中には妾の魔力とソージの契約の一部が刻まれておる。持ち主に対して妾の居場所を大まかに伝えるようになっているのじゃ」
「……ほう? リリアの居場所をねえ」
魔石の効果を聞いて、ローゴは興味深げにそれを見つめてにやついた。
その表情を見て、リリアは少しだけ頬を染めた。ローゴを睨みつけ、低い声で脅しをかける。
「貴様……何を考えている?」
「別になにも? あいつにとっては便利だろうなって」
「……言っておくが妾が勝手に作ったものではない。ソージが欲しいというから仕方なくじゃな……」
「はいはい。それで俺はこれを持ってどうしたらいいんだ?」
「……ふん。妾は空を飛び最短でクラドへ向かう。貴様はそれをもって妾を追う。多少険しい道のりになるが、貴様なら越えられるじゃろ」
確かに道というのは山を避けたり、川沿いだったりと必ずしも目的地に対して最短というわけではない。リリアはそれを利用してショートカットしろと言っているのだ。
ローゴは思わず彼女を凝視した。本気で言っているとは思えなかったからだ。
しかし、彼女は憮然とした様子でローゴの返事を待っている。どうやら本気らしい。
「道のりって、ほとんど道なんかないだろうが。無茶言うなよ」
「貴様なら山河を駆ける術くらい持っておると思ったが?」
「だからってちょっと行程が無茶苦茶すぎやしな」「もし無理というのならば、先ほど妾をからかってくれた礼を今ここで返してやろう」
「頑張ります」
自分の負担の大きさに文句を言おうとするローゴだったが、リリアに脅されるとすぐさま抵抗をやめた。
かくしてローゴの返事も取り付け、リリアはすぐさま宙に影を広げて飛んで行った。そしてローゴもまた、まとめていた荷物を背負うと屋根伝いに彼女を追っていくのであった。




