三十八話
「そうか、その男が例の……」
セガンの中心、行政を司る建物の最上階にある男がいた。部屋には彼以外に誰もいない。
しかし男は不規則に口を開いたり、相槌を打ち、まるでそこににいる誰かと会話をしているようだった。
「そうだな……。貴殿らの言うとおりに計らうとしよう。ご苦労だった」
男は何かとの会話を終えると、置いていた魔石から手を離し、それを引き出しにしまった。
ちょうどそのタイミングで彼の部下が入ってくる。
「閣下! 先ほど捕らえた男についてのご報告に参りました!」
「待っていたぞ。早く寄越せ」
持って来た報告書を奪うように強引に受け取ると、男はすぐに目を通す。
そこに書かれている事を頭に入れ、計画をどう進めようか考えだしたところで、やけに報告書がある事に気づいた。
(ほう……)
そして、二枚目をめくり、三枚目を見たところでほくそ笑む。
「この者の首都への護送、許可しよう」
報告書の最後の一枚、そこに記された首都フィダルへの護送を求める件に判を押し、男は部下に手渡しする。それを部下が受けとる直前、男は大事な一言を付け加えた。
「ただし今すぐにだ。急げ」
「はっ」
男が判を押した報告書、今では指令書になったそれを手に、部下は急いで部屋から出ていく。今すぐに、とわざわざ付け加えられたのだ。彼は早急に行動に移すだろう。
男は口元を緩めて、満足げに笑った。
「まさかこうもうまくいくとは思わなかったな」
そう呟きながら、再び引き出しを開けて魔石を取り出す。男はそれに魔力を込め、また何かと話を始めた。
* * * *
ローゴが自宅についたころ。
宗司のまわりが慌ただしくなっていた。
手始めに看守が牢に入ってきて、宗司の手錠に鎖を付ける。
「なんですかこれ?」
「…………」
しかし、宗司の問いかけに看守は答えない。それも視線すら動かさない徹底的な無視だ。若干憤りを覚えるも、自分の立場を思い出して宗司は大人しく口をつぐむことにした。
ちなみに宗司は自分に間諜、つまりスパイ容疑がかけられたことを理解している。そのうえで取り乱したり暴れたりしないのは、それが冤罪であると明白だからだ。実際、フィダル王国については何も知らず、関わった時間もほとんどない。容疑を掛けられてもすぐに晴らせるだろうと高をくくっているのだ。
もっとも、そんな宗司の予想を超える事態が着々と進行しているのだが。この時点で彼が知る由もない。
そして、牢で気まずい時間を過ごすこと数十分。そろそろ眠たくなってきたというところで、看守が動き出した。
唐突に鎖を引っ張り、宗司に対して立ち上がるように促す。
「出ろ」
黙って宗司はそれに従った。何も無駄な抵抗をして心証を悪くする必要はない。
牢から出ると、両脇にも看守が付き、そのまま外へと連れ出された。日は完全に沈み、欠けた月だけが雲からわずかに顔を出していた。
宗司があたりを見渡していると、馬車がやってきた。
「もしかして、どっかに連れて行かれるんですか?」
「そうだ」
どうやら釈放というわけではないらしい。看守が無愛想な時点で察してはいたのだが、少し期待していただけに落胆も大きかった。
とはいえ、状況が変わったわけではない。冤罪であり証拠はないのだ。場所が変わってもそれは変わらない。
最初こそ傷害や騒乱で犯罪に問われると思っていたのだからこそ宗司は震えていたのだ。間諜容疑などという事実無根なことを言われてる今、完全に宗司は開き直っていた。
おとなしく馬車に乗り込むと、図々しく頼みを伝える。
「後ろ手だと辛いので、手錠は前でお願いしてもいいですか?」
しばし、看守たちが目配せしあい、足枷を付けられ手錠が外される。凝った肩を少し回してから、今度は前で手錠を掛けられた。
体勢が楽になり、宗司に睡魔が襲い掛かる。まだ遅い時間ではないのだが、とにかく色々ありすぎて疲労がたまっていた。
(……リリアになんて言えばいいんだろうな)
最後にそんなことを思いながら、宗司は眠りについた。




