怪我を隠して、名前を呼んで
地の精霊を解放し、神殿を出たはいいものの、妨害してきた騎士たちのこともあり、街に行くのではなく森で野宿をすることにした。
「う…っ」
「ヒロト。お前嘘ついたな」
夜中に使う薪を集めていたヒロトが上げた呻き声を、ハルトは聞き逃さなかった。
「腕、痛むんだろ」
「……兄貴にはバレてたか。それでも多少だ。騒ぐほどじゃない」
「って言ってもなぁ…」
「腕のことは…黙っててくれ」
「サツキには特に、か?あの手のタイプは、庇われたら嫌でも自分を責めるだろうし」
「ああ…俺が勝手にしたことなんだ。責任を感じさせたくない」
「そうか。まぁ、俺がとやかく言うことじゃないが、あの子、結構他人の様子の変化、鋭そうじゃないか?」
「う、それは…」
「お前、ガキの頃から隠し事下手だからなぁ…ところで、もうサツキのことは名前で呼ばないのか?」
「どういうことだ?」
きょとんとしているヒロトに、ハルトは無意識か、と内心苦笑する。
「落ちそうになってるサツキを助けるとき、名前呼んでただろ」
「あれは…つい、咄嗟に…」
「名前呼ばれないのもキツいだろうし、ちゃんと呼んでやれよ?」
「…嫌がられたくない」
「そんな小さいこと気にするか?しないだろ。なぁ?」
ヒロトではない誰かにそう問いかけるハルト。
すると。
「うぇ、気づいてたんですか…」
草むらから出てきたのは、皐だった。
あまりに戻りが遅いからと探しに来たのだ。
「本気で気配隠されたら分からないだろうけどな。いつ出ていこうか考えてたんだろ」
「まぁ…」
「…なぁサツキ、お前もヒロトに名前で呼ばれた方がいいよな?」
「え、どういう…まぁ、否定はしませんけど。名前で呼ばれないのって結構キツいものがあるし」
「な、ヒロト」
「う…別に、あんたが構わないなら、名前で呼ぶが」
「うん、今まで名前呼ばれてない事の方が、忘れられてるんじゃないかとか思ってたからね」
「…分かった」
ヒロトはそれだけ言って頷いた。
「さてと、薪は集まったしそろそろ戻るかー」
ハルトが馬車の方へと歩き出す。
「あ、ヒロト、腕…やっぱり怪我してたんでしょ?」
「大したことじゃない」
「私は気にするの。腕出して」
皐はゲームの治癒魔法をイメージして、ヒロトの腕に手を翳す。
「…痛みが…消えた…」
「よかった、ちゃんと出来て…」
「ん、あんた疲れてないか?」
「治癒魔法だからかな、まぁ、気にしないで」
「だが…」
「じゃあ、神殿で私を助けてくれたのとお相子。ね?」
「…なら、そうしておく。ありがとう、サツキ」
「え、あ、う、うん!どういたしまして!」
穏やかな顔で微笑んだヒロトに、一瞬どきりとしてしまった皐は、取り繕うように返事をした。
翌日から、今度は風の神殿へ向かうべく、今までのルートを逆に進むこととなった。
とはいえ近道なども使いながらなので同じだけの日数かかるわけではない。
長旅の中、野宿と宿での宿泊を繰り返し、数日で最寄りの街までたどり着いた。
「この街の近くにある森を抜ければ、やっと風の神殿か」
「そうだな…」
「風の精霊を解放したらすぐにセントマギアに戻って魔族との戦いの準備…マナやサツキと一緒にいられるのも、残りわずかだな」
「えぇと…魔族との戦いが終わったら…帰してもらえる、んですよね?」
「そういう約束だし、大丈夫だよ。ライオット様は、過去の王のような人じゃない」
「…で、ですよね…」
過去の王、というのはおそらく、地の神殿で皐が聞いたような王のことだろう。
その話を愛もまた知っていたらしい。
不安そうな顔をしていた。
「残りわずかとは言っても、魔族との戦いを終わらせる必要がある…気は抜けない」
「それはそうだけど、人を不安にさせるようなこと言うのやめろって」
「い、いえ、ヒロト君の言う通りなのは分かります。死んじゃったら…元も子もありませんから」
「ま、そうなんだよね。というわけで、今日はもう休んで、明日風の神殿に行こう」
ランスがそう言って話を終わらせたため、それぞれ宿の部屋に戻る。
風呂を済ませたあと、ストレッチをしていた皐に、愛が話しかけてきた。
「…ねぇ、皐ちゃん」
「ん?何?」
「ヒロト君って、すごく冷静だよね。私たちと同じくらいなのに」
「まぁ、そうだね」
「でも、皐ちゃんと喋ってる時は普通の男の子みたいなの。気づいてた?」
「…そう?」
確かにあれだけ真面目で冷静な割に、皐との初対面はかなりぶっきらぼうというか無愛想だった。
「皐ちゃんは、ヒロト君にとってそういう雰囲気の人なのかも」
「?」
「何ていうのかな、素を出せるとか、そういう人…」
「…まさか。きっとただの面倒なやつとか思ってるよ、ヒロトは」
「そうかなぁ?」
「それより、今日はもう寝ちゃお。明日も忙しそうだし」
「うん…じゃあ、おやすみなさい」
「ん、おやすみー」
灯りを消して、床に就く。
明日は風の神殿だ。