まやかしと、真実と
繭の中を見て絶句する皐に、声の主は更に語りかける。
《ふふふ。驚いた?それはそうだよね。この中心にいるのは、先代の神子…ではなく、彼女と共にこの世界に訪れた、彼女の親友さ》
「え?!」
《この世界の魔法が術式や法則などではなく、想像力に依存するのは何故か疑問に思わなかった?》
「そりゃあ…まぁ…」
皐の見てきたファンタジーでは、想像だけで魔法が使えるモノは少なかった。
理論や術式が必要な、ちょっとした化学に近い考え方をされている作品が多かったように思える。
《その理由が、これさ》
「この人と、何の関係が…」
《異世界の人間の想像力をエネルギー源として、世界を成立、発展させる。精霊と呼ばれるものはいわば楔。世界と古い異世界人の結びつきを緩め、新たな異世界人と結びつけるためのね》
「なに、それ…」
《魔族と戦わないと世界が滅びる、なんてのは、このまやかしの世界を正そうとするシステムを悪として捉えた、この世界の人々の思い込みなんだよ》
「…っ…」
《この世界から帰ることが出来た神子なんてほとんどいない。魔族に勝利して最後はここに捧げられておしまい。ただ、何代かは一緒に連れてこられたオマケが犠牲になっているけどね》
「……」
皐は、告げられた真実にショックで言葉を失う。
無理もない。
魔族を倒せば元の世界に帰ることができると聞いていたのにこんなことを告げられているのだ。
かといって、こんなものを見ては嘘とも疑えなかった。
《キミは自己犠牲を嫌うかい?》
「え?」
《自己犠牲を是として捉えているのなら、次にここに据えられるのはキミだと思ってね》
「……誰も、犠牲にしないっていうのは…」
《無理だろうね。魔族という名の粛正プログラムは起動しているし、楔も緩んでる》
「そんな…!」
《でも、考えてごらんよ。この世界は元々存在するハズのない世界。関係のない世界の人間を一人犠牲にして成り立った歪なモノだ。こんなの、消滅していいんじゃない?》
「そんなこと、簡単に言わないでよ!もしそれが本当でも、みんな心があるんだよ?!それを…!」
《それこそが"この世界"の狙いだって、何で分からないかな。ここで眠ることを拒絶しにくくするために、一緒に旅をして楔を緩めていくんだよ》
「あ…」
《"私"も、そうだった。一緒に旅をした一人に恋心まで抱いた。でも、神子の旅の真相はこれだったわけで…神子だったあの子は拒絶して自分の願いを叶えようと、"私"を差し出した。彼が好きならと、消したくないならと、"私"をここに突き落とした》
「……」
《でも、ここで眠り続けることは世界を夢として見つめること。彼は私のことを忘れて、恋をして、結婚して、子供を育て…そして、老いて死んだ。それを私は見届けた》
「…そんな、長い間、ここで…?」
《そう。もう、自分みたいな子を出したくないんだよ。だから、魔族に勝利したあと、ここに来る時…キミと神子を元の世界に返してあげる。そして、"私"は役目を終えて、この世界を消すつもりだ》
「消すって…!」
《大好きだったゲームに準えて作った世界だから少しは愛着あったけど…もう、ダメなんだよ。こんな悲しいこと》
「…優しいんだね」
《そうかい?ふふ、お人好しなのかもね。キミと同じだ》
「私は…」
《さて。そろそろ時間かな。これ以上キミを持っていくのは、心苦しい》
「わっ?!」
ここに来た時と同じような光に、皐は目を瞑った。
同時に、誰かが身体を揺すっている感覚。
「サツキ!サツキ、しっかりしろ!おい!!」
「…ヒロト…?」
「部屋に戻ってきたら倒れていたから…驚いた」
必死な顔をしていたかと思えば抱きしめてくるヒロトに、皐は驚かされる。
「こんな生活をしていたから…体調を崩したんじゃないのか」
「い、いや、大丈夫…ごめん、心配、かけたみたいで…あの、離してくれても大丈夫だから」
「…ああ、悪い。つい…嫌、だったか」
「そうじゃないんだけど…」
皐を抱きしめても顔色に変化がないことから、ヒロトは厳しく育てられたからこそ、異性同性の区別があまりないのだと、彼女は思うことにした。
「…意識したら負け、意識したら負け…」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
「別に、何も。ごめん、やっぱり具合悪いから、一人にしてもらっていい?」
「体調が悪いなら、尚更一人にしておけないだろう」
「大丈夫。寝れば治るから」
「……」
じっと皐の顔を見つめるヒロト。
「分かった。廊下にいるから何かあったら声をかけてくれ」
「うん、ありがと」
ヒロトが部屋を出て行くが、部屋のすぐ傍に背を預けて立っているのが分かる。
「…離れてもいいのに」
ベッドに横になり、皐が呟く。
あの声に教えられた真実。
それが本当なら、皐自身はどうするべきなのだろうか。
この世界の人々を犠牲にしたくなくば神子である愛か異世界人である皐自身を差し出す必要がある。
愛も自分も犠牲にしたくなければ、この世界の人々を消すことになる。
まやかしだと言っていた。
けれど、皐にはどうしても、先ほど自分を心配して、抱きしめてくれたヒロトやその他の皆が存在しないはずの人間だとは思いたくなかった。
それほど、暖かかったのだ。
「どうしろって…いうんだよ…っ」
皐はこの世界に来て初めて、涙を流した。




