●●●の錬筋術師
メールを送信し終わると、凄い速さで定時からメールの返事が来た。
送信元:定時<no-work-no-life@softbomb.ne.jp>
件名:お前バカだろ
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-金目の物が家にあるって認識してないだろ。
-あれは売れるんだぞ、空き巣とか入られたらどうすんだよ!
いや、いくらでも出せるしウンコですし。まぁ確かに労力は掛けてるけど。
さらに古田からもメール。珍しい、あいつこんな朝早くから起きてるんだな。
送信元:古田<freeter@docodemo.neet.jp>
件名:Re:Re:うんこの件
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-昔のバイト仲間に宝石売る仕事に転職した人がいるから聞いてみたんだけど
-よくダイヤが何カラットって聞くけど、あのカラットって重さの事らしい。
-で、後は色と透明度とカットで値段が変わるらしい。四つのCっていうらしいよ。
-色もなんかいろいろ種類あるらしい。漂泊とかできんの?
-できないならそのままにして色つきダイヤにしたら?
色か。色は明らかにアレだろうな。かき氷のシロップの色。普通にご飯食べた場合は全部透明になったのに、かき氷だけ色が付く意味がわからないが、食べ終わった後に舌が青くなる事を考えると、なぜか納得できる。考えてもわからんがハートで理解した。
ピンクダイヤとかブルーダイヤとか聞いた事だけはあるし、せっかくだからレインボーとか作って見るか。
そのままメールに返信しながら会社に向かう。電車に揺られながら、俺の頭の中はウンコの事で一杯だった。
「ブツの重さは飯の量増やして腹壊さなければ、いくらでもデカイの出てくるし問題ないな」
急に電車の中が静かになった気がした。今、声に出てたか?
微かに視線を感じる。やばいヤバい。俺が現代の錬金術師である事がバレたら犯罪とかに巻き込まれたりするかもしれん。あくまで内密に事を運ばねば。
「カットは……ウンコだけにブリリアントカットだけだしなぁ」
透明度はわからん。でも食材に左右されそうな気がする。
四つのCって言われても、今の所自分で自由にできそうなのは色くらいだから、いろいろ試してみるか。
空いている電車に乗った事が無い山手線が、なぜか今日は窮屈じゃない。心に余裕があるからだろうか。余裕があるので妄想も捗る。
考えてみると、ダイヤモンドは炭素だから元素記号もCのはず。四つのCとなんか関係あんのかな、たぶんないな。
まて、炭素って事はダイヤモンドって炭とかと同じか。錬金術っていうより練炭術って呼んだ方がいいかな。じゃあもしダイヤモンドの売買でトラブルになって自殺するような事になったらそのまま使えるってことか!
「練炭とか買わなくて済むな!」
いいぞいいぞ! ダイヤを燃やして自殺、世界一ゴージャスな自殺だ。まぁそうならないようにしたいが。
正面に座っているおっさんが物凄い顔で睨んできている事に気付いて、ようやく妄想が口から洩れてる事に気が付いた。
でも、ウンコの方は洩らさなかったんだから勘弁して欲しい。まだ少し、残ってんだ。
さらに二週間ほど時間は飛ぶ。家に帰れなかったのもあるが、純粋に便秘が酷くて生産が止まったから何もできなかったのだ。定時と古田からは下剤を飲めとうるさく言われているが、どうも好きじゃない。
だが便秘が続けば続くほど巨大なダイヤが産まれるのだと宣言したら二人は大人しくなった。これほどウンコでたかと毎日聞かれる生活は初めてだ。
そしてこの二週間の間に、大きな進展もあった。
違うって言われるのが怖くて、なんとなく後回しにしていた件が、ようやく片付いたのだ。
つまり「そもそも『コレ』はダイヤなのか」という事。
知り合いに鑑定士も居ないし、ダイヤとガラスの区別を付ける知識も無いので困っていたが、古田先生が質屋に持ち込んでみてくれた。あいつは兄弟のゲーム機や自宅の家電を質屋に売り払う事で慣れている。
「鑑定書とかなんもないけど、なんか家にあった宝石なんですけど、いくらになりますか?」
「あー、これダイヤモンドだね。良いものだよ」
と、驚くほどあっさりと本物認定が出された。さらに値段も5000円とかがバカバカしくなる額で、10万ちょいになったらしい。持って行く店を選べばもっと高く買い取ってくれる場所もありそうだが、なにせ数が大量にあるのだ。100粒とか持ち込んだらさすがに怪しまれる。手分けして複数の店に持ち込むべきだろうから、値段の査定が安いとかはあんまり気にしてはいけない。買い取ってくれる事が重要なのだ。
それが確定してから、家に山積みにしたダイヤモンドは、定時と古田がかけずり回って現金化してくれたらしい。三人で公平に山分けしようと言ってあるのだが、俺の分だけでもかなりの額になっているそうだ。滞納していた家賃は、大家に入られないようにと二人がポケットマネーで払って置いてくれるとの事で、かなり有難い。
二人の話では、家賃程度はもう端金に過ぎないとの話で、新車がキャッシュで買えるとメール越しにはしゃいでいるのがわかる。このまま頑張ってウンコしていれば家賃にビクビクする生活どころか家を買ってしまう事もできる。だから家買え、そして豪華なトイレを作れとせっつかれている。
どうやら、大金を手に入れた事でいろいろと欲が出ているようだ。だからこそ、ここ二週間の俺の便秘が気になるのだろう。
「仕事辞めて毎日ウンコする仕事しろよ!」
「お前は優秀なうんこ製造器なんだ! 仕事とかしてる場合じゃないって!」
友人達の温かい言葉が毎日携帯に届くが、そう言う訳にもいかない。俺がやらなきゃ終わらない仕事が山積みになっているんだ。
睡眠時間も限界まで削っているのに家に帰れない生活なので、ゆっくりウンコする時間もないし、便意の波も来ない。ずっと座りっぱなしで仮眠取る時も机に突っ伏して寝ている状態なのだ。やはり歩いたり体操したりしないと、腸は動かないのだろうか。ジムにも長い事いってないし握力以外の筋肉はだいぶ落ちている気がする。
そんな状態の中、ようやくやってきた便意。神の神託を受けた神官のような恍惚とした表情を浮かべてザルを手にトイレに向かう。いや、俺に紙は必要ない。みずからの手で運を掴み取るのだから。
俺がザルを手に取ったらトイレに入ってしばらく出てこない事を、同僚達は学習したので特に話しかけても来ない。一分一秒が惜しいデスマーチの最中だが、申し訳無いが少し抜けさせて貰う。
そして産まれ出た、二週間モノの逸品は。
血のように赤い、レッドダイヤモンドだった。大きさはゴルフボール大。レッドダイヤでこのサイズは間違いなく世界最大のダイヤモンドだろう。
ホープダイヤなどの、持ち主に不幸を呼ぶという伝説を持つダイヤがちらりと頭をよぎる。
紛争の原因、ブラッディダイヤモンド。
この深紅のダイヤは俺にいったいなにをもたらすのだろうか?
ダイヤモンドで莫大な財をなした招来の俺を夢想する。
世界最大級のダイヤモンドが展示される美術館の前に長蛇の列。それをトイレ待ちの行列かよ! と罵声を浴びせる酔っ払い。
その酔っ払いに、「その通りだ。この列は俺のウンコを見る為に並んでいるのさ」と呟く高級車に乗っている紳士な俺。
そんな未来に思いを馳せながらトイレットペーパーを巻きとり、そっと尻を拭く。
「イダアアアアァァァァァァァァ?!」
ブルーハワイでブルーダイヤ。レモン味ならイエローダイヤ。
このレッドダイヤは何の色? そんなの決まっている。長い間椅子に座り続けて、俺のダイヤモンド排出腔が限界に達した証だ。まさしく汚れたダイヤモンド。血を吸って作りだされた巨大なダイヤ……いや、あえて言おう。巨大な硬いウンコは、俺の痔一歩手前だった肛門にトドメをさした。
悲鳴を聞いて隣の個室から飛びだして来た所長がみたのは、中腰で涙目になる俺だった。
一目見て全てを理解した彼は、俺もだ、とだけ呟いてそのまま帰って行った。手も洗わずに。
一週間後。ようやく手術の終わってうつ伏せの姿勢のまま動けない俺の所に、古田と定時が見舞いに来てくれている。
「で、どうだった?」
「看護婦さん可愛い人居た?」
「どうって何が。あと女性の看護師さんはお歳を召した方ばかりでした」
酷い痔になってしまった上に硬くて尖った物を、そりゃもう某アニメのエントリープラグの強制排出みたいに勢いよく排出してしまったのだ。便器も血に染まろうと言う物。
こんな状態になった時にかぎって、頻繁に便意はやってきてくれて、痔の手術の為に入院すると下剤は飲まされるは食事制限はあるわで、すっかりやつれてしまった。
「手術で痔は治ったんだろ? ウンコ製造器であるお前の、復活した尻から出てきた物の品質はどうだったんだよ」
「下剤使ったんだから、細かいヤツでたんだよね? まだレッドダイヤ?」
二人が心配しているのは俺の健康じゃ無かった。お見舞いに円座布団買って来てくれたから許すけど、退院したら一発殴らせろ。
しかし、これを言ったらがっかりするどころじゃ済まないんだろうなぁ。言わないわけにもいかないけど。
「手術前には小さめのモンキーバナナみたいなヤツで、透明度も高い芸術品が出てきたよ」
「おおー!」
「さすが、お前の唯一の特技だけある。どんどんつくってくれ。これ食ってさ」
土産物なのか、ハンバーガーとポテトのセットやら、チキンの盛り合わせやらを枕元に並べる。自分はファーストフード好きなのかもしれないが見舞いに持ってくるのはどうなんだろう。病院なのに匂いが凄い事になってる。通りがかる他の患者さんや看護師さんもさすがに非難の眼を向けてくるのだが、こいつらの空気読まないスキルはビクともしない。
「まぁまて。それは手術までは、だ」
そういうと古田の食べ物を出す手がピタリと止まる。
「まさかとは思うが」
「そのまさかだ。ついさっき、手術後初めてのウンコをしてきたんだが、手術したらすっかり治った。体質も。普通のウンコ色したウンコ臭いウンコが出てきた。思わずいつもの癖で素手でキャッチしちゃって悲鳴上げたよ。ちょっと体温より熱いのな」
「そんな情報要らない。ダイヤモンドは出てこないってことか? 一個も?」
右手でウンコを掴んだ時の感触を思い出しながら、枕元の古田の手を握る。必死で振り払おうとしているが、衰えたとはいえ握力は60近くある。そうそう外す事はできない。
眉間に皺を寄せながら定時がまだダイヤにこだわっている。
円座も食べ物も、買ってきたのは古田だけ。古田は一応心配してくれているっぽいのだが、定時はダイヤにしか目が行ってないな、こいつとの付き合い少し考えよう。
「ダイヤモンドは出てこない。普通のウンコに戻った。でも俺はこれで満足してる。まだダイヤが出てきたらもう俺の穴はもたない。傷口を抉るどころの話じゃないんだぞ」
「まぁ、今までに結構売れたし、棚ぼたで大儲け出来たと考えればいいんだけどさ。でも勿体ない話だよな」
「損はしてないしイインジャネ?」
古田がいい事を言った!
「それに黒川の事だからまた馬鹿みたいに筋肉鍛えて腹筋割れて、ダイヤ体質になるよ。そしたら今度は尻にホースでも突っ込んで痔にならない様に取り出そう」
だめだ、古田はもっと酷い事考えてた! 俺の尻はバキュームカーじゃないし、ダイヤ工場でもないぞ!
「……そうだな、次にまたダイヤ出たら連絡してくれ。次はもっと高く売れる様にいろいろ探しとく」
「もうヤダッつってんだろ!」
叫ぶと痛い。こんな目に会うのはもう御免なので、筋トレもほどほどにする。筋肉とダイヤはたぶん関係ないけど。
「じゃ、入院中のダイヤがラストって事か。それ売って入院費とか払ったら打ち上げでもするか」
「そこに入ってるから持ってってくれ。最後のレッドダイヤは凄いぞ、たぶん世界最大級。美術館とかに展示するべきかも」
ようやく諦めてくれたっぽい定時に、病院備え付けの引き出しを指さして取り出す用に伝える。
残念そうな顔を浮かべた定時と古田が引き出しを開けて、そのまま絶叫した。
「お前何やってんだよ! これ、生のウンコじゃねぇか!」
まさか。手術痕が痛むのを無視して起き上がると、引きだしの中を覗き込む。
そこにあったのは、でろりとした血の塊を纏ったゴルフボール大のウンコ。そして水気を切った細かいウンコの群れ。モンキーバナナ大の細長い茶色いウンコ。すべて健康です。
「おい、まさかとは思うが、ただのウンコも念の為取っといたのか?」
「それとも俺達へのドッキリか?」
二人の言葉を聞いて、同じ物が見えている事を確信する。幻じゃない。間違いなくここにあるのはウンコだ。
「手術前に出てきたダイヤは全部ここに入れてた。手術の後は全部普通のウンコだったからここに入れてない」
「まて、じゃあ手術の後はここを開けてないって事か?」
「うん、そう。あ……」
全員同時に気が付いた。もしかして。手術の後から普通のウンコが出る様になったんじゃなくて、手術の後、今までのダイヤも全部ウンコに戻ったんじゃないかって。
古田が真っ青な顔で財布を取り出す。
「あ゛あ゛あ゛ーーー。小銭入れの中がウンコまみれになってゆ゛ー」
定時の携帯が鳴る。着信をチラリと見てから、何も言わずに電源を切った。病院なんだから電源切っておけよ?
「今のは例のオバサン? それともお店?」
「お店の担当者の人。これからも持ち込むって言って連絡先交換してあった」
たぶんフリマで大量に買ってくれたオバサンからもメールがジャンジャン来ているのだろう。そして俺の家のテーブルの上には、俺が退院する事にはすっかり乾いてしまって虫なんかも集ったりする凄い塊が盛り付けられているのだろう。
売りつけた店、宝石商、フリーマーケットで売った人達、しまい込んだ場所。それらで一斉にダイヤモンドがウンコになっているとしたら、どんな阿鼻叫喚の地獄になっているのか、想像したくも無かった。
一生分、ウンコウンコって書いたと思います。