014:診療所 ~地獄と聖女~
「だーれも来ない」
門を開いて、東屋で座って待つこと10分ちょい。
誰も、来ません。
「宣伝とかしてないしなぁ。でも師匠はみんな求めてるって言ってたけど……? いや宣伝とかしてないしなぁ!」
需要はあるんだと思う、けど供給が絶たれ過ぎて今更誰も診療所が再開してるなんて思わないわけだ。
ということで。
「特別! 出張診療所! どんどんぱふぱふ!」
宣伝を兼ねて街に出てみようかと思う。
思えばボクってこの世界のことまだ全然見て周れてないもんね。
散策しながら怪我で困ってる人がいたら治療する、一石二鳥の大作戦だ。
開いた門から外に出る。
そもそもここってどこかすら確認してなかった件。
外に出て真っ先に視界に入るもの、それは近未来的でありながら中世の面影の残る、聖堂のようなでっかい建物だった。
うん……ここ学院の中じゃなかったんかい。
聖堂の周りの建物もどこか近未来的で、始めに降り立ったチュートリアルのときに見た光景もこんな感じだった。
魔女学院は如何にもな魔法で溢れた魔法の街って感じだったけど、学院の外だとこれが普通なんだよね。
そしてそんな中に背後にあるは中世に時代戻りましたか? ってな感じの診療所。
場違い感半端ね……。
師匠はいったいいつを生きる人なのかと疑問に思う。
サクラちゃんから聞いた話でも命の魔法使いって数百年前の人らしいんだよね、いや師匠なら不老を獲得してても驚かないけどさ。
にしても……。
「なんかあの聖堂騒がしくない……?」
晴れてボクの所有になった診療所を嘲笑うかの如く目の前にそびえ立つでっかい聖堂。
聖堂っていっても別に回復魔法が使えるってことはないんだろうけど、なにやら看護婦さんみたいな恰好の人たちが慌ただしく走り回ってる。
これは、お仕事の匂いがぷんぷんしますね。
まず診療所の宣伝にはもってこいやろ! と思ってとりあえずの目的地を聖堂と定めた。
さぁさぁ師匠直伝の回復魔法が火を噴くぜ!
……と、思ってたんだけど。
「こっちに薬持ってきて! 急いで!」
「包帯足りません! 調達お願いします!」
「ドクター! 急患です!」
「いてぇ、いてぇよぉ……!」
「俺の……足が……」
そこは、地獄絵図だった。
いかに没入型といえど残酷描写にはしっかりとフィルターがかかってる。
だけどそんなものを貫通するくらいに、鬼気迫った命の現場。
両足を失った人がいる。
身体中火傷で今にも死に絶えそうな人がいる。
母親らしき女性の前で涙を流す女の子がいる。
ここは、本当にゲームの中なのか?
そう疑いたくなるほどに、生々しい現実が目の前に広がっていた。
「なに……これ……」
言葉を失うとはこういうことか。
ボクには回復魔法があるのに。
このために師匠は回復魔法を教えてくれたはずなのに。
甘かった。
師匠がいう、侵略されるたび増える怪我人の意味。
ボク程度の回復魔法でも待ち望まれているという、その意味を。
ボクは今、この場で初めて本当の意味で理解した。
「おいあんた! 突っ立ってないで動け! 気持ちはわかるけどよ」
「……え? あ、あなたは?」
「あんたと同じプレイヤーさ。あんたもクエストを受けてここに来たんだろ? まったく、俺も軽い気持ちで受けたらこの惨状で参っちまうよ」
呆然と立ちすくむボクに、横から大柄な男性が声をかけてきた。
短い赤髪に筋骨隆々な赤い衣装の魔法少女だった。
この人もボクと同じプレイヤーらしい。
普段ならすっげぇ世界だとそんな感想でも浮かぶのに、今はその人の真剣度合やこの惨状を見てただただ気圧されていた。
でもいつまでもこうしてはいられない!
ボクは現状でできる回復魔法から優先して癒すべき危険域の患者や応急措置だけでも済ませるべき人を見極める。
といってもボクにそんな熟達した目なんかないから、パッと見て危なそうな人を確かめてるだけなんだけど。
とりあえず今にも息絶えそうな女性が娘らしき子に泣きつかれてるのを見て、その人の下へ駆け寄った。
「あ、おい! 包帯くらい持ってけって!」
後ろからさっきの男性が声をかけてくるが、今は説明している暇もない。
この世界の住人は、一度死んだら次なんてないんだ。
NPC、なんて言葉で括りたくないくらいに同じとしか思えない人たちだから、ボクは。
「ヒールナイト! 来て!」
ブラックな魔法少女衣装を纏って、覚えたばかりの魔法でヒールナイトたちを呼ぶ。
急に近づいてきて魔法を使ったボクに女の子が驚いた顔をしてみてきた。
その目は涙で赤く腫れている。
「大丈夫、ボクがお母さんを治すから!」
「……治す? 治せるの?」
「任せて!」
涙に揺れる瞳にばちこんとウインクする。
お母さんの容態はお腹から血を流して顔が真っ青だ。
それ以外にも身体の至るところが傷だらけで、もう怪我の部分がどんな有様なのかもわからない。
それでも。
「ヒールナイト! 全機集中治療で回復するよ!」
『『『キャキャキャ!』』』
初めての治療。
ヒールを行使するのだってこれが初めてだ。
師匠からヒールナイトたちはボクの回復魔法を遠隔で行使するための中継子機のようなものだと言われた。
それは子機がバラバラになるほど回復量も減少すると。
でもそれなら全機揃えてボクのヒールをぶつけるまで!
手を前に翳して女性のお腹辺りを強くイメージ。
大丈夫、魔法はイメージ、らっきーがそう言ってた。
だから──!
『ヒールダスト』
聖堂に、上空からボクの声で魔法名が響く。
想いとは裏腹に静かに告げられたその声は、しかしボクの目の前で緑色の光となって具現化した。
光が女性の身体を包み込む。
傷口に吸い込まれるように身体のあちこちの傷が光で覆われていく。
血はサラサラと粒子となって消え。
青かった顔色は次第に健康な色を取り戻し。
血が消えたことで見えたお腹には大きな裂傷のようなものがあったけど、それも強く念じることでゆっくりとだが確かに塞がっていった。
「……ふぅ。間に合った」
治療をやめ、緑色の光が散った後には綺麗な姿の女性がすぅすぅと穏やかな寝息で横になっているだけだった。
うん、大丈夫、これはただ寝ているだけだ。
ボク程度の回復魔法であんな重体の人を治せるか正直不安だったけど、結果治せたからならばヨシ!
「お、お姉ちゃん、今のって……」
「ん? 回復魔法だよ。もうお母さんは大丈夫だからね」
額の汗を拭うボクに女の子が瞳を揺らして声をかけてくる。
でもそれはさっきの涙で揺れる瞳じゃない、驚きと希望で揺れる瞳だった。
ボクは安心させるように女の子の頭を撫でる。
きっとこの子は回復魔法を初めて見たんだと思うから不安もあると思って。
……それにしてもなんか静かじゃない?
さっきまで看護婦さんたちの鬼気迫った声が飛び交ってたのに……と思ってチラと周囲に目をやると。
みんなこっち見てるがな。
「回復、魔法……?」
「命の魔法使いさまが再誕されたのか?」
「夢じゃないわよね? これって本当に……?」
えーと……とりあえず注目されているようなので軽く手を振っておく。
横たわる患者さんまで顔上げてこっちガン見してくるのは大丈夫なのか……?
と、衣装の裾を女の子に引っ張られた。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんは……聖女さまなんだね!」
「え? は?」
「そうだ……聖女さまだ! 回復魔法を使う聖女さまが現れたぞ!」
「え、ちょ、まっ」
「聖女さま! 黒の聖女さま!」
「黒の聖女さまだ!」
「いや、ちょっ、まって……」
聖堂に聖女さまコールが響き渡る。
衣装が黒いから黒の聖女さまだってか?
はは。
いや、どうしてこうなった!?




