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楽しい修羅場の歩き方  作者: 和久井 透夏
第二章 ドッペルゲンガー殺人事件
13/41

2-1

「このマンション、オートロックだよね……?」

「ええ、でも正直オートロック自体は他の人と一緒に入ったり入れ替わりで入ったり出来て、セキュリティとしては脆弱だから過信は禁物よ」

「そうだね……」

 僕は小夜子さんの言葉に頷く。

 目の前には祭壇か何かかな? と思ってしまうような大量のプレゼント? 貢ぎ物? がある。

 小夜子さんと出かけようとしてドアを開けたらコレが目の前に積まれていた。

「最近のゴンぎつねは季節を考慮してドライアイスまで用意して差し入れをくれるのね~、あら、こっちは冷蔵の荷物ね。わかりやすくラベルまで張って……」

 慣れた様子で小夜子さんはいくつかのプレゼントの箱をどけて一番下にある二つのクーラーボックスを確認している。

 その後ろから覗き込めば、冷凍の方にはアイスクリーム、冷蔵の方にはパックのおかゆや食事代わりになるゼリー飲料なんかが入っていた。

 液体スープやジュースなど、普段小夜子さんが食事代わりの液体に混ぜている飲み物も何本か入っていたけど、なぜかネギだけ単体で入っていたりもした。

 ラインナップが謎だ。

 クーラーボックスの周辺には一箱五十枚入りの使い捨てマスク、目薬、鼻炎の薬、他にも妙に大きくてパンパンに膨らんだバッグやファンシーな包装紙に包まれた謎の物体、分厚い封筒が置かれている。

「ふむ、これはいいタオルね。へえ、すぐ使えるように買った後わざわざコインランドリーで一回洗ってふかふかに乾かしてくれたのね」

 大きめのナイロンバッグの中身を確認しながら小夜子さんは一緒に添えられたメッセージカードを読む。

「これはまた随分と重量級の手紙ねえ……違った。お金だわ。そしてこっちは抱き枕……」

 一つ一つ小夜子さんは荷物の中身や手触りを丁寧に確認しては僕に見せてくる。

「とりあえず、爆発物や劇薬なんかは無さそうだから、一旦全部室内に運んじゃいましょうか。これは良い教材だわ」

 それを聞いて僕はちょっとがっかりする。

 今日はこれから小夜子さんオススメの美味しいパフェを食べる予定だったのだけど、それを食べるのはもう少し時間がかかりそうだ。

「ではクイズです。この差し入れの中で注意すべき物はどれでしょう? 毒物や食中毒等の危険についてはさっき私が確認したので大丈夫なものとします」

 溶けるからとアイスクリームだけ冷凍庫にしまった後、他の玄関先に置かれていた荷物を一通りリビングに並べると、小夜子さんは楽しそうに出題してきた。

 クイズ……クイズなのかな、コレ。

「え、えっと……」

「ヒント、まずこの場合に警戒しなきゃいけないのはなんでしょう?」

 まごつく僕に小夜子さんがヒントを出してくる。

「……発信器と盗聴器? あ、でもここに荷物があるって事はもう住所はバレてるから盗聴器かな? となると、怪しいのはこの抱き枕?」

「すごいわ! 前に私が言った事ちゃんと憶えててくれたのね。それにもうその場の情報から自分で考えて可能性を取捨選択出来るなんて、由乃くんは将来有望ね」

 うさぎのぬいぐるみ風の抱き枕を僕が指さして言えば、小夜子さんはちょっと大袈裟に褒めてくる。

「だって、あれからまだ一週間も経ってないし」

 僕は照れ隠しに呟いて、小夜子さんのストーカー達が次々に下田さんに殺されていったあの事件からまだほとんど時間が経っていない事を改めて自覚する。

 あの事件によって小夜子さんのストーカー三人は殺害され、犯人であり小夜子さんのストーカーでもあった下田さんは逮捕された。

 つまり、あの一件で小夜子さんのストーカーは一気に四人減ったはずなのに、まだこんな事をしてくるストーカーがいる。

 魅了体質ってこわい。

 そんな事を僕が思っている間にも、小夜子さんはトランシーバーみたいな機械をリビングの引き出しから取り出す。

「それじゃあ、今から盗聴器の探し方を教えるわね。由乃くん、まずはそのスマホでなんでもいいからしばらく音が鳴るようにしてちょうだい。なるべく大きい音でね」

 小夜子さんは僕の首から下がっている子供用のスマホを指さして言う。

 僕は言われるがままに着信音の設定画面で一番上にあるものを再生して、音量も最大まで上げた。

 うるさい。

「盗聴器の中には何かしらの音を拾った時だけ起動するタイプもあるから、こういう時は音の出る物を鳴らしてないと発見機に反応しない場合があるの」

小夜子さんは手に持ってる機械の電源を入れて、僕に操作方法を説明しながらリビングに並べられた差し入れの品に向ける。

だけど、発見機に反応はない。

「ふむ、アナログ式の反応はないわね」

小夜子さんはもうスマホの音を切っていいと言った後、発見機の電源も切って引き出しにしまう。

「じゃあ、盗聴器はなかったって事?」

「まだわからないわ」

 僕が尋ねると小夜子さんは首を横に振る。

抱き枕の縫い目から不自然な場所を見つけ、ハサミでその部分の糸を切って抱き枕の中を開いていく。

 すると、バッテリーに繋がれたボタン式の携帯電話のようなものが出てきた。

「これは携帯電話を改造したデジタル式の盗聴器ね。今もストーカーさんに聞こえてるはずよ」

 このお肉がタン、牛さんの舌だよ。みたいな軽さで小夜子さんは僕に説明してくる。

「こんにちは、ストーカーさん。抱き枕から出した分、クリアに声が聞こえてるんじゃないかしら?」

 そして、あろう事か小夜子さんは発見した盗聴器を通してストーカーに話しかけ始めた。

「私ね、紳士的な人が好きなの。節度をわきまえたストーカーさんは黙認してるけど、そうでないストーカーさんには退場してもらう事にしているわ」

 節度のあるストーカーってなんだ。

 そもそも節度のある人間はストーキングなんてしない。

「私の事を知りたいのはわかるけど、勝手にプライベートスペースにまで入って来て、無断の盗聴や盗撮、動画撮影をする人は嫌い」

 ゆっくりと優しく言い聞かせるように小夜子さんは言うけれど、もっと早い段階で嫌いになっていいと思う。

「あなたは初犯のご新規さんみたいだから今回は多めに見るけれど、次やったらこちらからあなたの住所氏名を特定して被害届を出すから、そのつもりでね。あと、これは忠告なのだけど、私の他のストーカーさん達には気を付けて。それじゃあね」

 そう言って小夜子さんは盗聴器の電源をオフにする。

 その後は盗聴器に追加で取り付けられているバッテリーを外し、盗聴器そのもののバッテリーも外す。

「小夜子さん、なんで盗聴器を仕掛けた相手が新規のストーカーだってわかったの?」

 もはや、小夜子さんが盗聴器ごしにストーカーに話しかけた事に対してはつっこまない。

「ここしばらくはこういう風に贈り物へ盗聴器が仕掛けられてた事ってなかったから」

 しれっと小夜子さんは答える。

「ええ……」

 何か論理的な推理があるのかと思ったら感覚的な経験則だった。

「私は毎回盗聴器とか仕掛けてきた人間に対してはいつもこうやってガイダンスをしてて、それでも辞めないストーカーさんは警察に被害届出したり探偵を雇って逆に個人情報を暴いて家族や勤め先に連絡してるの」

 ……まあ行動としては当たり前なんだけど。

「でもそれは、間違って他のストーカーさんが捕まったりしないの?」

 いや、ストーカー行為をしてる時点で捕まっていいとは思うけれど。

「捕まるわよ? そして家捜しされたらガイダンスに従っていたストーカーさんにももちろん被害は及ぶわ。それに警察の見回りが強化されるとそれだけで動きにくくなる。するとガイダンスを守ってくれる善良なストーカーさん達は、どうなるでしょう?」

「えっと……どうなるの?」

「自分達はルールを守って私に黙認されてたのにその環境を壊された訳だから、ストーカーさん達同士で犯人捜しが始まるわ。善良なストーカーさん達はいざという時には頼もしいボディーガードになるのよ」

 つまり、ストーカー同士で潰し合わせるという事か。

「複数のストーカーさん達が互いに牽制し合う状況が生まれると、結果的に私の生活が安全になるわ。そして、そんなストーカーさん達の暗黙の了解を知らないのは?」

「ご新規の、ストーカーさん?」

「ええ。この人も善良なストーカーさんになってくれると良いわね」

「善良なストーカーさんって、育てるものなの?」

「育てるというよりは、調教かしらねえ。放って置いても勝手に集まってくるから、せめてお互い安全に暮らせるようにしたいの。犬の躾みたいなものかしら」

 ストーカーは野犬かなにかなんだろうか。

「一般的に盗聴器見つけた場合、行動がエスカレートする可能性があるから犯人に盗聴器を見つけた事を悟られちゃいけないとか言われてるけど、それは犯人が身内だったり、そうじゃなくても単独の場合の対処法よ」

 言いながら小夜子さんは盗聴器を横に置いて何かメモ帳に書き付ける。

「私達みたいな魅了体質の場合、いちいち丁寧に毎回犯人探しをしても、対処してる側から次々別のストーカーさん達が同時並行で迷惑行為を働いたり、あんまり人数が多すぎて警察からむしろこちら側に問題があるんじゃないかと言われたりもするわ」

 あと、親身に話に乗ってくれていた警察の人がストーカーさんになったりね。と小夜子さんは付け加える。

「それは……困る」

 もはや人間不信になりそうだ。


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