07 再起
大陸歴521年。4月。
旧城塞都市グランデ――現在ではアルバトロス北部領と、南部領を繋ぐ窓口としての役目を持った街。
嘗てはログニス王国の国境の守り手だったが、僅か一年でそれは過去の話となった。
アルバトロス帝国の第二皇子、レグルス・アルバトロスによる電撃的な王都の陥落により、長引くと予想されたアルバトロス、ログニス間の戦争は幕を閉じた。
その隙を伺っていた他国は余りに早い幕引きに驚愕すると共に、アルバトロスが実用化した量産型魔導機士、アイゼントルーパーの性能に戦慄した。ログニスの姿は他人事ではない。数年後の自分たちだと思わせるには十分な戦果だった。
ログニスの崩壊と同時、大陸では軍事拡張の機運が高まる事になる。
そして、主戦力はほぼ無傷のままであったログニスグランデ派遣軍は当然の様に王都の開放を目指した。しかしながら突如として大量発生した魔獣の群れ――複数の迷宮の発生によってその計画はとん挫した。
魔獣と、進軍してきたアルバトロス主力軍に挟み込まれ、彼らも降伏した。
降伏したログニス軍には一切手を出さずに、苦境に陥っていた魔獣を攻め滅ぼしたアルバトロス軍の姿はログニス側としても感じいる物があったのだろう。敗軍としては統率が取れていた。
降伏した主力軍と、王都延いては王家に対してレグルス・アルバトロスは寛容だった。軍を率いていたアルド・ノーランド。そして国王であるハインツ三世の処刑などは行わず、あくまで平和裏にログニス王国を解体したのだ。
その後、公爵家の令息と王家の王子は全てアルバトロス帝国首都、ライヘルへと送られた。言ってしまえば人質であり、そしてログニス王家の血を残すのならばアルバトロス帝室の血の中に組み込む以外は許さないという宣言だった。
国の中枢はそのまま残っていたため、レグルスは最低限の己の手勢を頭に据えて、暫定的な統治機構とした。
ログニスの国民にとって、それらの戦争の影響は然程なかった。元より、上の人間が誰かなどと言うのは関係が無い。こちらでも大した混乱は起きなかった。
むしろ監視を兼ねてログニス王国各地に派遣したアイゼントルーパーによって魔獣被害は激減。――皮肉にもカルロス・アルニカの理想をアルバトロス帝国が叶えた形になる。大義名分であったはずの魔獣被害の放置と言う文句はアルバトロスからすれば当然の意見だったという見方さえ生まれた。
税は若干重くなったが、それでも民衆からはアルバトロスの統治は歓迎された。安全と言う言葉が広く広まった結果だった。
そして、大陸西部を手中に収めたアルバトロス帝国は占領地域の統治を固めると同時、渇望していた新たなエーテライト採掘地を手に入れ、更なる軍備拡張を押し進めた。
その狙いが東――大陸全土である事は明白であった。
◆ ◆ ◆
「新種の魔獣が出たらしいぞ……大型だ」
「本当かよ……アルバトロスの魔導機士のお陰で最近中型の魔獣だって滅多に見なくなったっていうのに」
「東の方から流れて来たんじゃないのか……? あっちの方はまだ魔獣がうじゃうじゃいるだろうからな」
エルロンド。かつては王立魔法学院が存在し、学生で溢れていた街だったが学院が閉鎖されて以降めっきりと人の数が減ってしまった街だ。
だが最近はまた以前のにぎわいを取り戻しつつある。立地がアルバトロスの今後の戦略――大陸東部へと進出するための前線基地として見込まれている土地だった。
一年足らずで住人の顔ぶれもすっかり入れ替わってしまった。今は一山当てに来た荒くれ者と、それを相手にする商売人が集う街となっていた。
そんな街を興味深げに眺めている一人の青年がいた。砂埃でくすんでいるが、地は鮮やかな金髪。旅を続けて来たのか。外套は砂に塗れ、足元から覗く靴はすり減っていた。
適当な店に――酒場に彼は入った。新客にちらりと視線が向けられ、そして興味を無くして逸らされた。
「注文は?」
「酒。あと適当に摘まむ物」
「あいよ」
愛想の無い店員だと彼は思う。ふと、注文を終えたにも関わらず店員が立ち去っていないことに気が付いた。
「何か?」
「先払いだよ」
「ああ、なるほど……」
それはどかない訳だと思いながら彼は懐から財布を取り出す。
「これってまだ使える?」
「ルクス紙幣か……まあ使えない事も無いけどぐっとレートは下がったよ。上がる事は無いだろうから使い切った方が良いだろうね」
「それじゃあこれで」
以前だったら今ので十倍は買えたのにな、と思いながら彼は頼んだ品が来るのを待つ。酒だけは木のコップに入って一杯置かれた。舐める様に飲んでいると隣に座る男がいた。
「何だ兄ちゃん。外から来たのか?」
「ああ。数年国外に出ていてな……戻ってきたらびっくり。ログニスは滅びたっていうじゃねえか」
「はっはは。そりゃ驚いただろう」
「腰が抜けるかと思ったよ。まあ滅んだっていう割には雰囲気が明るくてびっくりしたけどな」
「アルバトロスの統治はログニス時代とそう大差ないからな。むしろ、魔導機士を各地に置いてくれたから魔獣被害が減って平和になったくらいだ」
「なるほどな……色々と詳しそうだな」
「まあな。酒でも入ればもっと口も軽くなるんだが」
露骨とも言える言葉に彼は苦笑を浮かべた。
「酒をもう一杯」
「悪いね」
乱暴に置かれたコップから酒が溢れた。木のテーブルに染み込んだのを勿体なさそうに見ながら男は酒をグッと一息に煽る。
「くぅう! この一杯の為に生きていると言っても良いな! 兄ちゃんももっと飲め飲め!」
「旅中は粗食だったから腹がまだ目覚めてないんだよ。それよりも、話の続きを聞かせてくれ」
「酒一杯分は喋らんとな……まああれだ。ログニス時代とそこまで極端な違いはねえ。金を儲けたいのなら、南部に行くと良い。開拓中だった砂漠でエーテライト採掘が活発になってるからな」
「採掘か。結構出てるのか?」
「少なくともバンバン北の方――要するに元々のアルバトロス側に運んではいるな」
「なるほど」
「逆に、魔獣退治をするつもりだったならやめた方が良い。魔導機士があちこちにいるから小型が偶に森から出てくるくらいだ。小遣い稼ぎなら兎も角、生計を立てるのは難しいな。魔獣狩りを生業にしていた連中は皆東の方に行っちまったよ」
「そうか……当てが外れたな」
「後はそうだな……ああ、魔獣で思い出しそうなことがあるんだがな……アルコールが足りんなあ」
彼は苦笑を深めると、もう一杯酒を注文する。コップと、炙った肉が一緒に置かれた。
「お、美味そうだな。貰っていいか?」
「ああ、構わんよ。油がたっぷりと乗ってるからな。口の滑りも少しは良くなるだろう」
「こいつは一本取られた。それじゃあ話の続きだが……」
そこで男は声を潜めた。先ほどまでの話は言ってしまえば誰でも知っている様な情報だ。だがここからはまだ知っている者の少ない情報だ。何れ皆が知る事になるが、その期間で少々の酒と美味しいつまみにありつくことが出来るかもしれない。男にとっては大事な事だった。
「ここ数日、この辺りで新種の魔獣が見つかったらしい」
その話題は彼にとっても興味を引く様だった。ほう、という相槌が低く打たれる。
「新種、か」
「ああ。今までに見たことの無いタイプだったらしい」
「どんなのだ?」
「パッと見は四足歩行の大型……何だが、どうも見たやつらによると前傾姿勢だっただけで二足歩行じゃないかって話だ。何か道具っぽい物を持っていたらしいぞ」
「二足歩行で道具を使う……」
神妙な顔で彼は考え込む。
「情報が少ないから何とも言えんが知能が高そうって話だ。まあ近い内に魔導機士が来て倒しちまうだろうけど、上手く見つけて情報を提供できればそれなりの謝礼は貰えると思うぜ」
「良い話を聞かせて貰った」
「それはそうと兄ちゃん。宿は取ったか? いい宿紹介してやろうか。何故か同じ部屋に美人がいる宿だが」
「紹介するなら普通のでいい。普通ので」
「あいよ。たっぷり飲ませて貰ったからな。サービスだ」
その後も幾つか男と話をして彼は店を出た。その背を男は見送って、ちらりと隣に残った彼が注文した物を見て呟いた。
「おいおい。兄ちゃん全然飲んでねえじゃねえか」
並々と酒の残ったコップを勿体ないと男は煽った。
そんな後ろの出来事を気にせず、彼は真っ直ぐに道を歩く。その足取りに迷いはない。多少、配置が変わったとしてもこの街は勝手知ったる場所だ。
街外れの倉庫街に足を運んだ。学院の跡地に足を運んだ。アパートが立ち並ぶ一角に足を運んだ。貴族街と呼ばれていた高級住宅地に足を運んだ。第三十二工房と言う一時だけ存在していた場所に足を運んだ。
「……取り戻してやるさ」
嘗ての光景を思い出す。その輝きをもう一度この手に掴めるのならば彼はどんなことでもするつもりだった。
「クレア……」
奪われた人の名を呟いた。
彼の名はカルロス・アルニカ。四年前。この地で死んだ少年の名だった。




