01 新種の魔獣
爆発。
旧ログニス領のとある森の中。一機のアイゼントルーパーが肩部から火柱を上げる。損傷自体は軽微。
だがその一撃に操縦者は恐慌状態となった。
「何だっ? 今のはどこからの攻撃だ!」
アルバトロス帝国のアイゼントルーパーは三機を一小隊として運用している。逆三角形の陣形で進軍していた内、攻撃されたのは右前の機体。
後方に控えていた小隊長機からは突然火柱が上がったようにしか見えなかった。
「落ち着け。損害自体は大したことが無さそうだ……三番機。周辺警戒だ」
「了解」
小隊長はこの短距離魔導通信と言う物は便利な物だと感心した。以前までは拡声器で大声で会話をするしかなかったので機密も何もあった物では無かったが、操縦席同士で会話が出来るこの装置は距離に制限があるとはいえ非常に役立つ物だった。
「二番機。こちらに肩を見せて見ろ。損傷を確認する」
「は、はい」
落ち着いた小隊長の声に、二番機の操縦者も落ち着きを取り戻したらしい。多少は動揺の残っている声で、機体の向きを一番機側に向けた。
「……ふむ。どうやら先ほどの爆発は殆ど音と光だけだった様だな。損傷は装甲が少し焦げ付いた位だ」
「隊長。周囲に魔獣の影は見当たりません」
警戒していた三番機が簡潔にそう報告する。端的に言えば周囲に攻撃して来るような存在はいなかったという事になる。そうなると、と周囲を注意深く見渡してそれに気が付いた。
「三番機。そのまま動かずに腰の辺りを確認しろ」
「腰……? 何かありますね」
無意識の動きだったのだろう。それに触れようと腕を伸ばした操縦者に小隊長は強い口調で叱責した。
「触るな! 爆発するかもしれん」
「っと……なるほど」
そこにあったのは木の枝からぶら下げられた魔導炉に良く似た物体だった。人の頭よりも一回り小さい位のサイズの人工物。森の中にある物としては不釣り合いだった。
「罠、ですかね」
「我々が支配下に置く前に魔獣狩りの為に設置した物とか」
そうかもしれないと小隊長も思った。だが、それにしては――。
「位置が高すぎる。この辺りに大型魔獣が出たという報告は無い。魔導機士の肩辺りに設置した罠など中型魔獣相手では無意味の筈だ」
「つまり……」
「我々を狙った罠という事になるな」
より正確には魔導機士を狙った罠という事だ。比較的平穏に掌握されたログニスだが、中には命よりも権力の方が大事と言う貴族も少なからずいる。今回もその類の可能性はあった。
「……どうしますか、小隊長。一度退きますか?」
「我々の今回の任務はこの辺りで目撃されている新種の魔獣の調査、撃退だ。何もしていない内から退く訳には行かない」
「了解しました」
「罠の仕掛けた相手が何を狙っているかは不明だ。慎重に進め」
そう指示を出して、彼らは捜索を続ける。罠は目を凝らさないと見つけられない。故に彼らは常以上に警戒していた。
――にも拘らず奇襲を受けたのは大きな衝撃だった。
突然目の前に現れたように見えた。それは黒い人型。頭部には昆虫めいた複眼を持ち、獣めいた巨大な爪を左手に携えていた。右腕側は暗がりに隠れていて良く見えないが、左手側と比べると異形さは薄い。
そんな人型に上から襲い掛かられたのだ。
二番機が真っ先に餌食になった。その爪で頭部を掬い取られた。それだけで魔導機士の視界はほぼ無くなる。周囲の状況が掴めない内に流れるような動きで腹部に付きこまれた爪。揃えられた五本の爪は、魔導機士を貫いて余りあるほどの長さを備えていた。
致命傷だった。あの位置では魔導炉は破壊されているだろう。そして爪先に付着した赤い液体が、操縦者の末路を物語っていた。
「っ! 三番機援護だ!」
最も年若い二番機がやられた事に小隊長は忸怩たる思いを抱える。もっと早くに気付いていればと言う後悔が無いとは言えなかった。だが今はまず生き残る為にすべきことを考える時だった。
小隊長は相手を観察する。前傾姿勢を取り、バランスを取るかのように尾が揺れている姿は猿系の様だった。小隊長の記憶の中に、猿型の魔獣と言うのは存在しない。知能が高い生き物は魔獣化しないというのが定説だった。――そうでなければ人が魔獣化することがあってもおかしくは無い。
だが、猿がその例外から外れたのだとしたら。魔獣化すると知能が上がる例が散見される。元々知能の高い猿が魔獣になったのならば、人間の子供くらいの知能にはなるのではないかと言う危惧が生じた。
思い返せば、ここに至る前の罠は人が仕掛けたにしては稚拙だった。もしかしたらこの魔獣が仕掛けた物かもしれない、と。小隊長はそう判断した。
下手に長引かせると危険。それ故に真っ先に前に出て剣と盾を構えた。その判断は悪くない。
ただ小隊長はもう少し警戒すべきだったのだ。相手が罠を仕掛けるくらいの知恵があるのなら、今この場にもあるかもしれないと。
小隊長機が何かに突っ掛かった。敵との距離を詰めようとした矢先だ。元々バランスを崩して移動をスムーズにしている魔導機士だ。そこから更にバランスを崩されては直立姿勢を維持できない。簡単に言うのならば転倒した。
うつぶせに倒れ込んだアイゼントルーパーの背に影が取りつく。何をしようとしているのか分からないが、それが友好の挨拶でないことは確実。
三番機の操縦者は足元に気を付けながら前に出る。
「小隊長! 今助けます!」
だがその足取りは三歩進むことも無く途絶えた。
敵の尾らしき部分。そこが真っ直ぐに伸びて三番機に襲い掛かってきたのだ。盾と剣で防ぐが、完全に足止めされている。その間に彼らの敵は左手で小隊長機を押さえつけ、左手の爪で器用に背部ハッチを抉じ開けていた。
「よ、よせ! やめろ!」
開けたハッチから指を突っ込み、そっとつまみ出したのは小隊長その人だ。
態々止めを刺すつもりはないのか。ゴミを捨てるかの様な気軽さでその辺りに小隊長を投げ捨てる。
短距離通信の魔法道具はまだ生きていた。小隊長の叫び声が聞こえてくる。
「こんな魔獣が住む領域に丸腰で放り出されたら――い、嫌だ! 喰わないでくれ!」
魔導機士では相手にもならない小型魔獣の群れ。どこから出て来たのか――或いはこの魔獣が率いているのかもしれないと妙に冷静な心地になった三番機の操縦者は思った。余りにタイミングが良すぎた。
小隊長の叫びはもう聞こえない。そして、相対していた影も尾で玩ぶのは止めて、彼の方に向き直っていた。
知らせなくてはと思った。知恵のある魔獣。自分一人では勝てない。ならば一刻も早くこの情報を伝えなくてはと彼は考えたのだ。
土の槍の設定を変える。砂煙の様に噴出するようにして目晦ましとした。その隙に逃げる。全速力で背を向けて逃走する。相手の尾もそれほど長距離までは伸ばせない、と言う予想。今はソレにすがるしかない。
果たして賭けには勝った。尾は伸びてこない。
代わりに――彼が撒き散らした目晦ましの砂煙も巻き込んで、らせん状に突き進む砂の渦が三番機の右足を貫いた。
片足では魔導機士は走れない。そのまま転倒した。
視界は地面しか移さない。首を百八十度回して後方を見ようとして――見なければ良かったと後悔した。
魔獣の群れ。小型魔獣だけではない。中型魔獣も多くいる。何よりも悪夢的な事に、どの魔獣も無傷では無かった。中には何故動いているのか不思議な程の傷を負っている魔獣もいる。
そして、その全てが捕食欲求に瞳を満ちさせている事は明白だった。
「ああ、畜生……」
背部ハッチが抉じ開けられた。彼が最後に見た光景は、涎を垂らしながら頭を突っ込んでくる狼型魔獣の咥内だった。




