02 開戦
大陸歴520年。
長く続く戦乱自体の中で、この年代が注目を浴びるのは量産型魔導機士が初めて実戦投入されたという事実が大きい。
後に大陸戦乱と呼ばれる時代の幕開けは、アルバトロス帝国のログニス侵攻と言う形で始まった。
それは第十三大隊の離反時点で予測されていた物であり、そこから流出したと思われる量産型魔導機士による侵攻に対する備えも取られていた。
宣戦布告の理由としての、魔獣被害によって荒れ果てた国土を放置し、魔獣の駆除も行わない現王政を打倒すべく、王家の血を引く公爵家令嬢クレア・ウィンバーニがアルバトロスに助力を求めて立ち上がった。などと言う戯言を信じる高位貴族は一人たりともいなかったが、国民延いては兵士たちに多少の動揺を与える効果はあった。
セスタス河と言う二国間を隔てる国境線代わりの大河。そこを超えてアルバトロスのラグラ要塞から進軍してきた部隊が城塞都市グランデを望む位置に布陣する。
その陣容を見てログニス側の人間は呻き声を上げた。
「……何と言う数だ」
北部を預かるアルドの呟いた言葉がそこにいる全ての人間の心情を代弁していたと言えよう。
総数は二百を軽く超えている。それだけの数の鉄の巨人が整然と並んでいるのは威圧感を与えるどころの話ではない。ログニス側のほぼ全戦力がグランデに集結しているが、そこにいる魔導機士は総数で25機。
四機の王都守備隊機は王都の守りを固めており、一機は海上専用の為ログニスで唯一大型船が入港できる港湾都市エルドの備えとして配備されていた。それ以外の全機がグランデにいる事になる。
本来ならば頼もしい筈の陣容が、薄っぺらに見えてしまうのは相手の統一感と言うのもあるのだろう。寸分違わぬ魔導機士が並んでいるというのはそれだけで練度が高そうに見える。対してログニスの魔導機士は工房ごとに意匠が違う。統一感など欠片も無く雑多な印象があった。
戦う前から士気の落ちている部隊を鼓舞すべく、アルドは声を張り上げる。
「聞けい! 敵の数に惑わされるな! 所詮あれらは紛い物! 我々の機士達が敗れるような事は有り得ん!」
その堂々とした言葉には、僅かの偽りも込められていなかった。希望に縋りたい兵士たちはその言葉に顔を上げる。
「紛い物は我らが機士が蹴散らしてくれる! 我々はその後を追い、敵の歩兵どもを粉砕するのだ!」
そこまで単純ではないだろうとアルドは思いながらも味方を鼓舞し続ける。
数少ないログニスに残された量産型魔導機士に関する資料。そこには新式の量産型魔導機士で行った実戦試験の結果があった。
それと同じ内容をログニスにある魔導機士で追試を行えば、向こうの性能も大体予想が着く。流石に二年と少しではあれだけの数を揃えるのが精いっぱいだっただろうとアルドを始めとする軍部は推測していた。つまり、基本性能はほぼ残された資料通りと推測される。
そこから導き出された戦力比は大凡四対一。新式量産型四機で古式の魔導機士一機と釣り合う程度の戦力だろうと。
つまり、今の戦力差は約倍という事になる。だがその程度ならば幾らでもやりようはあるとアルドは算段を立てる。
むしろ問題は、相手の数が予想をはるかに超えていた事だ。
(……向こうの魔導機士も我々と同様に工房で作っていたはずだ。いきなりそんな大量に配備できるほど技師の余裕があったのか?)
そんなアルドの疑問にログニス側では回答を出すことが出来ない。それもそのはずだ。
アルバトロスの大量生産の種は、ライラとテトラが作った魔導機士用の剣量産の魔法道具にある。
カルロス達はその応用法に思い至らなかったが、形状を好きに設定できるという事は作れるものは剣だけに限らないという事だ。
魔導機士の骨格と装甲。その二つを魔法道具で容易に作成する。そうする事で、工数の大幅な圧縮を行ったのだ。技師の出番は最後の組み立てだけとなるという寸法だ。
むしろ操縦系の魔法道具の複製がネックとなっていた。改造できる人間がおらず、完全な複製を作る事しか出来ない。その複製も時間をかけて一つと言う有様だ。
だが、それらを乗り越えてアルバトロス帝国は二百を超える新式の魔導機士を揃えたのだった。
その代償として、アルバトロス国内に流通するエーテライトの在庫は平時の二割を切っている。骨格と装甲を量産するための魔法道具の起動に、本来の用途だった刀剣の量産。そして魔導機士の魔導炉の燃料としてのエーテライト。それらの需要が高まった結果だ。
アルバトロス帝国側も見た目以上に追い詰められていた。かつてのアズバン侯爵の推測通り、帝国は長期戦に耐える事は出来ない。
だがこの大戦力は、そもそも長期戦など不可能と思わせるほどの圧力を与えていた。
「魔導師部隊に陣地の強化を急がせろ。堀は深さだけでなく、幅も重視するんだ。それから対土系統の魔法をレジストする準備を整えておけ」
ひとしきり備えとして指示を出してアルドは小さく息を吐く。
「……遠距離攻撃は土の槍か。一種類に限られているのは幸いだな」
単一の属性ならばまだ抵抗もしやすい。例え生身の人間による魔法でも、複数人の合体魔法ならば中和も可能の筈だった。
量産型魔導機士の左腕に取り付けられた魔法道具は限られた魔力を使用しているため、遠距離では致命的な威力には成りえない。
先の見えない状況でそれは数少ない安心材料だった。
「搭乗者の錬成も半数は不十分だろう……対して我々の魔導機士乗り達は経験豊富な精鋭だ。穴はある」
とは言え、相手側にも古式の魔導機士は存在する。十年近く前の内戦で大きくその数を減らしているが、それでもまだ十数機が存在する。量産型の中に紛れて侵攻されれば厳しい戦いになるだろう。少なくとも、内戦を生き残った猛者が乗っている可能性がある。対人戦闘を経験した相手となると、油断はできない。
だがそうした不確定要素を加味しても、十分に持ちこたえられることが出来るとアルドは判断していた。
最大の問題は時間だ。
「……中継都市ロズルカの要塞化作業の進捗はどうか」
「大凡80%と言った所かと。道中に複数の補給拠点兼城塞を建造中です」
「ふむ。レクターの仕事は早いな」
南部を開拓しているウィンバーニ領には土木工事に長けた人材が魔法、技術を問わずに集まっていた。そうした専門家の力を借りてグランデとロズルカを繋ぐ街道の要塞化を推し進めていた。例えそこまで押し込まれたとしても、アルバトロスは最長でも三年は持たない。
そして、どんな天才であろうとそれらの密接に連携した要塞群を攻略するには五年はかかる。
グランデに詰めたアルドたちの仕事は、それらの要塞が機能するまでの時間稼ぎだ。大凡三か月。その期間を持ちこたえればログニスの勝ちだった。




