08 新工房の構想
結論から先に言うと、アリッサは非常に優秀だった。
後にクレアが歯軋りしながら忌々しげにそれを認める程には。
アリッサの適性は融法。カルロス程ではないが高い適正を持つアリッサは、カルロスが難航している操縦系の魔法道具作成に大いに貢献した。
ただ問題は、その作成風景にあった。
「先輩。ここはどうなっていますか?」
「ん? ああ。ここは根幹部分だね。超大事。ここがうまく働かないと操縦者の意思に沿って機体を動かせないから」
「なるほど! それってつまり、こうで、こうすると……」
「ん? ああ。確かに。そっちの方が人の鼓動に合わせた相乗効果でより深い同調が可能になるな」
カルロスにとって、アリッサの存在はこれまでに欠けていた第三者的な視点の持ち主だった。一人では見落としがあったりする箇所もアリッサがフォローしてくれる。新たな発想のきっかけを与えてくれる。それは融法の適性が皆無のクレアには不可能な仕事だった。
その事をクレアは理解している。自分の専門は創法。魔導炉を始めとした動力系でこそ力を生かせると。分かってはいるのだが。
「……ねえ、そこの二人くっ付き過ぎじゃないかしら」
青筋を浮かべながら震える声でそう言うクレアにカルロスは背筋を震わせた。夢中になって気付いていなかったが、今のカルロスとアリッサは密着と言うのも憚れる程側に寄っている。と言うよりも、半分アリッサがカルロスの膝の上によじ登っていた。
二人が融法の使い手だというのが災いした。何しろお互いに相手への同調が可能なのだ。下手に言葉を交わすよりもお互いの魔力の流れ、魔法道具に使うエーテライトへの魔法式の転写。そう言った物を共有する方が余程捗る。
そしてこれはもう俗説の域になるが、接地面積が広ければ広い程魔法の効果は高まるという。故に密着するのも致し方ない事なのだ。決してカルロスが無意識に鼻の下を伸ばしていた事は関係が無い。
「ウィンバーニ先輩ごめんなさい。でも私の融法はまだ位階が低いのでこうしないと上手く伝達できないんです……あ、先輩。こここうしましょう」
「いや、ここはこっちの方と合わせて記述圧縮できるんだよ」
「なるほど。わざわざ冗長な書き方をしているのはそれが理由だったんですね。流石先輩です!」
一瞬で二人の世界に戻ってしまった事にクレアは怒ればいいのか悲しめばいいのか分からない。憤慨しているとイーサが控えめに声を掛けた。
「あのーウィンバーニさん? こっちの話も進めたいんですが良いでしょうか?」
「……ええ、お願いします」
「それじゃあこれが今後の予定です。二人の下に新規の魔導機士工房が一つ立ち上がる事になりますね。まあ人材としては現在の工房からあぶれた様なのばかりだけど最低限の腕はあるかと」
魔導機士工房。数少ないコアユニットを有効活用するためにコアユニット一つに付き一つの工房がその機体を仕上げるという形式を取っている。魔導機士が完全に手作業で作り上げられた最も高価で野蛮な芸術品と揶揄される由縁だった。
コアユニットが新たに見つからない限り増えることの無いその工房が、今日この瞬間からカルロスとクレアの元で立ち上がる事になったのだ。
狙いは言うまでも無く新規のコアユニットなしで稼働する魔導機士の技術確立である。
「……思ったよりも大事になったわね」
「いやあ、俺もまさか魔導機士を飛脚代わりにしてまで国王が指示を出してくるとは思いませんでした」
この大陸で最速なのは短距離に特化した馬だ。その速度は魔導機士であっても追いつける物では無い。だが長距離となれば魔導機士の独壇場である。何しろ、交代要員が居れば一晩掛けて走り続ける事が出来る。それも並みの馬を上回る速度でだ。
王都にカルロスの作ったエフェメロプテラの報告が入り、そこから対応を協議。そして魔導機士での伝令。僅か二週間でそれらの話がまとまったのはそれだけ多大な期待を掛けられている事になるだろう。
クレアとイーサがその報を受け取ったのはカルロスが図書館に向かってすぐの事だった。偶々ガル・エレヴィオンを見つけて接触してきた伝令役の魔導機士からの伝達だ。
「エルロンドの魔導機士整備場を使って良いなんて剛毅ね」
「機密保持の問題もありますので。空きスペースを有効活用したい、王都から離れた土地で他国の目を逸らしたい……そんな所でしょう」
なるほど、とクレアは頷く。
「私たちの同期に何人か手伝いをお願いしたい人たちがいるのだけれども」
「ああ、カルロスからも聞いています。こう言ってはなんですが……今更学生レベルで出来る事は少ないと思いますよ?」
「それを言うのなら私たちだって学生レベルですよ」
「これは失礼」
「後は単純に、生産工程の簡略化と操縦系の簡略化について彼らに手伝って欲しいんです」
「ほう、量産を視野に入れていると?」
「少なくともこれまでの物とは比べ物にならない効率になると考えていますので」
何しろ数に限りのあったコアユニットが不要なのだ。技術が確立すれば量産は容易になる。その際に制作の難易度を下げる事は重要だった。乗り手への負担もそこに含まれる。作れたとしても乗れなければ意味が無い。理想的なのは今の一般騎士が簡単な訓練だけで乗れるようになる事だ。
「なるほど。それなら確かに学生の視点で無いと中々気付けないかもしれませんね。工房の人間ともなるとエリートの集まりですから。難しい物を難しく作れれば今までは良かったが、そうではなくなると……」
後半は呟く様にイーサは言った。楽しげに操縦系の魔法道具を作成している義弟を見て小さく溜息を吐く。カルロスは気付いているのだろうか。魔導機士の量産化。それは大陸に存在する国家の悲願だ。まだ多く存在する魔獣への対処。だが事はそれだけに留まらない。
魔導機士は兵器だ。どれだけ言い繕ったところで、人と人の争いに使える武具である。
魔導機士が量産された国同士の戦いは、嘗て起きた争いのどれよりも大規模で凄惨な物となるだろう。その未来図は考えたくない。だがいつか必ず訪れる未来だった。
「凄いです先輩! こんなに小さなミニチュアで操縦系の検証が出来るなんて!」
「これ作ったのはクレアだけどな。良い仕事してるよなあ……」
クレアが作った検証用の魔導機士のミニチュア――人が普段使う携帯型の魔導炉サイズに合わせた物がチューブで繋がれた操縦系の魔法道具の制御に合わせて手足を動かしていた。
クレアも己の作った物の成果と、難航していたカルロスの魔法道具が大きく前進した事を目にして満足げな笑みを浮かべていた。
「ウィンバーニ先輩……凄い人だったんですね。てっきりカルロス先輩を罵倒する女王様みたいな人かと……」
「……後輩。今すぐにその認識は捨てなさい」
そんな風に三人で楽しげに――少なくとも憎しみが渦巻いている訳ではない空間をみてイーサは願う。どうかこの様な時間が続くと良いと。彼らが血生臭い大人の事情に巻き込まれ無い様にと。




