07 第一次接近遭遇
「…………」
「うーん。カルロス。義兄としてはちょっと如何な物かと思うな」
「違うんです……イーサ義兄さん」
断りきれなかった。意外とアリッサ押しが強いと思いながらカルロスは街外れの倉庫に彼女を案内していた。
既に魔導機士はテグス湖の底に沈み、あるのは残骸めいた部品と作りかけの操縦系の魔法道具だけだというのは説明してあったのだが、それだけでもいいから見たいと頼み込まれてしまったのだ。
そうして彼女を引連れて来たタイミングで丁度戻ってきたクレアとイーサの二人に鉢合わせたのだった。
先ほどから無言のクレアが怖くてカルロスは足が震えそうになる。
「先輩。こちらの方は誰ですか?」
先輩、と言う呼び方にクレアの表情が動いた。やはり怖い。カルロスとしては全てを投げ出してこのまま逃走したい気分になってきたがそうも行かない。何故だかカルロスは浮気の誤解を解くために言葉を尽くしている気分になってきた。
「えっと、こっちの女の方がクレア・ウィンバーニ。俺の研究パートナー」
チラリとクレアの表情を伺うと吊り上った眉は先ほどから変わってはいない。少なくとも悪化はしなかったらしいと胸を撫で下ろす。
「初めまして! カルロス先輩と同郷のアリッサです! よろしくお願いします!」
カルロス先輩、と呼んだ辺りでクレアの眉が危険域にまで吊り上った。後で酷い目に合わされそうだとカルロスは己に降りかかった不条理を恨む。
アリッサが差し出した手をクレアははた目からも乗り気で無い事が分かる表情で握り返した。無視する様な無礼は出来なかったのだろう。
「クレア・ウィンバーニよ。よろしく」
事務的にそれだけ言って手早く手を離した。握手していた時間は一秒にも満たないだろう。アリッサが残念そうにそれを見ていた。年上なのに大人げないとカルロスは思う。
「それでこっちがイーサ・マカロフ。俺の義理の兄。こんなんでも一応騎士だ」
「騎士様……」
そう伝えた時に僅かに強張った表情をした。王から任じられる騎士と言うのは下手な貴族よりも格が上だ。緊張するのも無理はないとカルロスは思う。クレアが公爵家令嬢と言ったら卒倒するかもしれないのでしばらくは伏せておこうと思った。
「一応は酷いな……。イーサだ。同郷ってことはアルニカ領の子か?」
「うん。カルマの村の村長の娘さん。イーサ義兄さんもきっと結婚式でアルニカ領に移動して来た時に会ってると思うけど」
「ああ。確かに一泊した時に一人世話係に付いたが――」
少し記憶を辿る様にイーサが視線を彷徨わせた。何かを口に仕掛けたタイミングでアリッサが手を差し出す。
「カルマの村の村長の子、アリッサです。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
流石にイーサは一瞬で手を振り払う様な真似はせず、しっかりと握り返して二度三度と上下させる。
そうすると得心したような表情になった。
「ああ。思い出した。あの時の子か。随分と美人になったな」
「ありがとうございます。騎士様だとは知らなくてびっくりしました」
先ほどまでの怪訝な表情はどこに行ったのか。打って変わってイーサはフレンドリーな笑みを浮かべていた。
「……それで、カス。一体この子は――」
「すみません。ウィンバーニ先輩」
「……何よ」
カルロスに声を掛けたタイミングでアリッサに遮られたクレアは不機嫌その物の視線をアリッサに向ける。その視線を向けられたらカルロスはそれだけで意味も無く謝ってしまいそうだった。だがアリッサは怯むことなく果敢に口を開く。
「幾ら親しい仲でも『カス』なんて呼ぶのはどうかと思います!」
「うっ……」
正論であった。カルロスはすっかり慣れきってしまっていたが、道理である。第三十二分隊の面々も次第に慣れて行ったが、いきなり聞けば普通は驚くだろう。
そしてクレアも開き直ってしまえばいいのに真正面からそれを突きつけられると口籠ってしまうのだ。
「アリッサ。クレアのそれはあだ名みたいな物だから……」
「あだ名でも人が不快になる呼び方はどうかと思います!」
またもや正論だった。クレアが眉をハの字にして困っている姿と言うのは非常にレアだ。しばし言葉を探す様に視線を彷徨わせた挙句、助けを求める様にカルロスに視線を固定した。
「アリッサ。実は、その呼び方は俺が頼んでいるんだ」
「え」
今度はアリッサの表情が凍りついた。当然だろう。カスと呼んで欲しいと他人に頼んだなどと言ったら普通はそんな顔をする。そして一歩距離が離れた。悲しい。
「それはその、どういった理由で……?」
「まあ、趣味だな……」
イーサがこいつすげえな、と言う顔をしていた。果たしてそれが酷い嘘をついてまでクレアを庇ったことに対してなのか。それとも嘘だと気付いておらず自分の性癖を後輩の前で暴露している事についてなのか。カルロスには判断が付かない。
「趣味……そうなんですか……?」
戦慄したような表情でクレアの方を見る。クレアはまたも困ったような顔をしてカルロスを見てきた。当然、そんな頼みごとをされた覚えは無いだろう。クレアだけはそれを確実に分かっている。カルロスが軽く頷くと渋々クレアも頷いた。それは何も知らなければ忌々しい出来事を思い出したかのようだった。
「ええ。そうよ」
「何て、何てこと……」
アリッサはショックを受けたようにまた一歩後ずさった。そこで何かに気付いたようにクレアの顔を見つめる。
「そう言えばウィンバーニ先輩はカルロス先輩の研究パートナーなんですよね? 魔導機士を作る」
「え、ええ。そうね」
そこでクレアが軽くカルロスを睨む。視線だけでそれに謝った。自分でも喋りすぎたという自覚はあったのだ。
「ここで、ずっと二人で?」
「そう、ね。かれこれ一年位かしら」
「カスって呼んでってお願いしてくる人と一年間も二人きり!」
叫び、と言う題を付けて絵画に押し込めたい程見事な表情を作ってアリッサは叫んだ。そしてふっと凪の様に表情が落ち着く。
「分かりました……私もここで魔導機士の作成に加わります!」
そしてそんな宣言が飛び出した。カルロスを始めとして他の二人も状況に追いつけず、間抜けな面を晒す事しか出来ないのであった。どうしてそうなる。




