06 後輩
自分の名前を呼ばれて、カルロスは改めて正面の少女を見る。
肩口辺りで切りそろえた茶髪。少し横髪が跳ねている。そして小柄だ。クレアが比較的長身と言うのもあって、自分の胸元辺りまでしかない相手の顔を見るというのは新鮮な体験だった。
そう新鮮な体験である。後輩との接点がほとんどないカルロスにとって、知己がいるはずもない。故に初対面という事になる。はずだった。
縋るように少女が握ったままの手に力を込める。
その時ふっと頭に浮かぶ物があった。
「確かカルマの村に住んでいた……」
「はい、アリッサです!」
名前を口にされた事でカルロスの中に連鎖的に記憶が溢れる。むしろどうして忘れていたのかさえ不思議だった。
アルニカ領にあるカルマの村。比較的人口が多く、街道を繋ぐ位置に存在しているため人の出入りが激しかった村だった。旅人の無聊を慰めるための施設が――もっと直截に言ってしまうと娼館の類が規模の割に多かったのが特徴と言えば特徴か。
稀に貴族がお忍びの旅で立ち寄って種を蒔いていっていた事で平民としては珍しく魔力の扱う能力が高い者が多い場所でもあった。カルロスにとっては身内の恥になるが、先々代当たりのアルニカ家の人間が通っていて平均魔力制御力の向上に大いに貢献していたらしい。
大半はそのまま村で一生を終える。だが魔力制御力が高く、本人が望めばアルニカ領では王立魔法学院への進学を援助している。と言っても数年に片手の指の数で足りる数の希望者を纏めて馬車で送るだけだが、長い旅路を安全に出来るというのは価値が大きい。アリッサもそうした制度を利用した娘の一人だったはずだ。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「はい! 斜向かいのお爺さんも元気です!」
「あの爺さんまだ元気なのか……」
かれこれ三年振りだろうか。確か村長の娘だったため、父の名代としてカルマの村に行った際に世話役として就けられたのだった。
そこでカルロスは未だに引き起こした時のまま、手を握っていた事に気が付いた。さりげなく手を離す。僅かな抵抗と「あっ」という小さな声。そして微妙に残念そうな顔。何だか悪い事をした気分だった。
「しかしそうか。アルニカ領からも魔法学院に入学した生徒がいるんだな……他の人もいるのか?」
「いえ。今年は私だけです」
「そうか」
去年まで在校生にアルニカ領出身の生徒が居たのだが、カルロスの進級と同時に卒業した。今はアルニカ領に戻ってカルロスの実家で何らかの役職を与えられているはずだった。同郷がいるのならば一言くらい実家から何か欲しかったとカルロスは思う。飛び出してきたのは自分なので余り強くも言えないが。
「じゃあアリッサ。ちょっとこっち来て。渡したいものがあるから」
「渡したいものですか?」
閲覧スペースにまで戻って、そこでアリッサを待たせる。閲覧制限エリアから自分の羊皮紙とインク壺、羽ペンを持ってくる。
羊皮紙に手早くカルロスが普段いる倉庫の簡単な地図と錬金棟十階の部屋番号、自分のアパートの地図を書き記す。
「何か困ったことがあったら何時でも相談に来て良いから。特に貴族関係であった時は俺の方に話を持ってきてもらえれば引き継ぐよ」
他に進学した生徒が居るのならば、全員集めて今と同じことを伝えるが一人ならば今この場で済ませてしまえばいいだろう。カルロスはそう考えた。こう言ってはなんだが、王立魔法学院で平民と言うのは少数派だ。トラブルになる可能性はそれなりにある。
「えっと、その良いんですか?」
「まあ一応領主の息子だからな。領民を守るのは当然の義務だ」
「分かりました。ありがとうございます、先輩!」
そうして渡したメモ書きを見てアリッサは首を傾げた。
「すみません。先輩。これは校舎のどこかと言うのは分かるんですが、この二つの地図は一体どこなんですか?」
「すまん。説明が足りてなかった。こっちは街外れの倉庫でこっちは俺の下宿先」
と、口にしてカルロスは気付く。これは余り良くないのでは無いだろうか。魔力加工研究室は兎も角、若い男の下宿先に、街外れの倉庫と言うのは少女が一人で来るには敷居の高い場所だった。と言うよりも、下手をしたら如何わしい目的で連れ込もうとしていると思われてもおかしくないチョイスだった。
「先輩の下宿先……」
「いや、うちの研究室に伝言でも残しておいてもらえばそれで良いから、そっちの方はあんまり気にしないでも……」
「街外れの倉庫って何をしているんですか?」
カルロスのフォローは余り聞いていない様だった。と言うよりも、この反応を見るにカルロスが考えた様な事は考えていなかったらしい。それはそれで自己防衛が足りない気がしてカルロスとしては心配になる。
「倉庫の方だと魔導機士を作成してるんだ」
「魔導機士!」
アリッサはやや興奮気味に叫んだ。人が少ないとはいえ図書館だ。唇の前に人差し指を立てて静かにのジェスチャーをする。
「すみません、先輩……」
「いや、良いよ」
「それで、話を戻すんですけど」
意外な程の食い付きだった。カルロスの知る限りで魔導機士にここまで興味を示した女子はクレアくらいしかいない。カルロスの袖口を引きながら続きを急かしてくる。指と指がぶつかった。
「魔導機士って普通には作れないって聞いてたんですけど先輩作っちゃったんですかっ?」
「作っちゃったねえ」
「凄いですっ!」
厳密には未完成品なので作ったかと言われると微妙だが。だが後輩に見栄を張ったカルロスを攻める事は出来ないだろう。
「もしかして、もしかすると。噂で聞いたんですけど、この前の迷宮騒動の時に魔導機士が出たっていうのは――」
「多分俺のだねえ」
「滅茶苦茶凄いですっ!」
喋りすぎたな、とカルロスは口元を抑える。相手が同郷のせいか、ついつい口が軽くなってしまった。とは言え、カルロスも積極的に隠している話ではない。エルロンドで一日聞き込みをすれば分かる話だ。
「先輩!」
「ん?」
「魔導機士、見せて貰えませんか!?」
カルロスの額に汗が一筋流れた。作っていた魔導機士――エフェメロプテラは今はテグス湖の底だ。倉庫には今何もない。
予測すべき展開だった。自分だった場合、こんな話を聞いて見たくないと思うだろうか。否、見たいに決まっている。
「ダメですか……先輩?」
上目使いでのお願い。これを断れる人間がいるのだろうかとカルロスは思う。どうやら自分は後輩という者に対してとことん弱かった様だとカルロスは知った。




