3.桜の木と帰り道
千里が息を詰めているのがわかったのだろう。彼が「もう遅い、帰りながら話そう」といって千里を促すと、ぴんと張っていた空気が緩んだ。
依然180度かわった彼への印象に対する千里の戸惑いなど完全に無視し、自分だけさっさと教室を出ていくと千里のまわりを沈黙が覆った。
千里は先ほどまでのあの濃密な空気をあっさりと取り払った水無月にあっけにとられたが、話をするという当初の目的を思い出し、「よしっ」と再度気合を入れなおした。
そしてこれが最後のチャンスとばかりに水無月を追いかけた。
学校から駅へと続く桜並木。
千里は水無月の後ろをとぼとぼと歩きながら気まずい空気を感じていた。
正直言って沈黙がいたたまれない。正味十五分。話があると言った水無月は依然口を閉ざしたまま、ただ黙々と歩いている。
ちらちらと降り積もる桜の絨毯も千里の気分を持ち上げる材料にはならず、無情にも踏みつけられるだけだった。普段ならばもう少し気分も向上しただろうに。残念なことこの上ない。
前を歩く水無月をうかがうも何を考えているのかさっぱり分からない。ここはやはり、勇気を出して自分から話しをするべきだろうか。日の入らない教室とは違い夕日の光のある外で見ると、彼の様子は普段の目立たない少年に戻っていた。やはり先ほどのは千里の見間違いだったのだろうか。白昼夢とか。ううん~と悩んでいると唐突に水無月が口を開いた。
「ここは全然変わらない」
二人が足を止めたのは一本の桜の老木の前だった。
「十二年前と同じ」
「十二年前?」
急に話しだしたと思ったら十二年前にここで何かあったのだろうか。よくわからないがいつになく真剣な様子の水無月に「それがどうした」とも言えず、「へえ」と当たり障りのない相槌を打つ。
それが気に障ったのか水無月は眉を寄せた。
「花は今年で最後だって」
そう言われてみればどことなく元気がない。他の桜と比べてみても花の量が少ないようだ。
「それは―――」何と言えばいいのだろう。彼は、おそらく彼にとって何か大事な思い出のあるこの場所に自分を連れてきて、あまつさえその大事な桜が寿命幾ばくもないと自分に告げ、千里に何を言わせたいのだろう。今や正面から千里を見据えるその双眼にうっすらと期待の色が浮かんでいるのを千里は見つけた。
困ったことになった。かわいそう?いや違う。悲しい?寂しい?桜に同情するような言葉が思い浮かぶ。だがどれも彼が望んでいるものとは違う様な気がした。
「それは―――残念だね」
結局上手い言葉は思いつかなかった。
水無月は微かに落胆した表情をした。やはり違ったらしい。
何とも言えない空気が流れる中、再び口を開いた彼の言葉に千里は目を見開いた。
「やっぱり忘れてしまったんだね。忘れないって約束したのに」
一面のピンクに全身真っ黒な彼のコントラストが妙におかしい。
しかし忘れている…。何が?
今日は彼に驚かされてばかりな気がする。
展開きた―――。連続投稿です。このまま書けるところまで書きたいですね。今回はちょっと長くなっちゃったかな。
読んでくださった方に感謝!