第11話 せめて、人間らしく
――アルシオスは、弱い。
なのに。
背中へ回された腕は、
思ったよりずっと重かった。
髪を撫でる手のひらも、
昔みたいに小さくない。
胸元へ頭を押しつけられるたび、
鼓動が深く響く。
(……生きてる)
今の私は、
指先ひとつでこの腕を壊せる。
抱擁ごと。
呼吸ごと。
簡単に奪えてしまう。
(……人間は、脆い)
けれど。
この腕の中では――
私はまだ、“幼馴染のノクス”でいられた。
そのことに少しだけ、安心する。
「……アル」
そっと鼻先を寄せる。
優しい匂いがする。
鼓動を聞くたび。
触れた指先が熱を帯びるたび。
兵器と人間の境界が、
曖昧になっていく。
(……ちがう)
兵器とか。
人間とか。
そんなことじゃなくて。
絡まる指先も。
触れ合う呼吸も。
このまま――
(私は、ただ……)
触れた所から溶けて、
混ざり合えたらいいのに。
――最強の兵器は、
あなたのために在りたい。
気づけば、
そんな言葉が零れていた。
「……学校、辞めたい」
今さら、学ぶことなんてない。
有名な魔術師の名前は知らない。
けれど、困ったことは一度もなかった。
詠唱だって必要ない。
口を開く前に、
術式が頭の中へ流れ込んでくる。
なにより。
アンノウンと接触したせいで、
アルシオスは死にかけた。
守りたいのに。
私は、
あなたを危険に晒してばかりだ。
「……アルが、死ぬかもしれない」
「足手まといで、ごめんね」
「ちがう……!」
思わず、語気が強くなる。
どうして、
そんな受け取り方をするんだろう。
アルシオスの腕に、
さらに力が籠もった。
「僕は弱いから。ノクスがいなければ、生きていけない」
苦笑混じりの声。
「情けないけどそれが、アルシオス・レダリウスだ」
違う。
そんなことを、
言わせたいわけじゃない。
「……それでも僕は、君を愛してる」
耳元へ、
甘い声が落ちる。
「幼馴染として。ひとりの女の子として」
――ひとりの、女の子。
その言葉が、
暗い心へ小さな灯を落とした。
けれど。
「……そして、“兵器”として」
熱が、消える。
分かっていた。
分かっていたのに。
言葉にされるだけで、
こんなにも苦しくなる。
「レダリウス王国にとって、君は必要不可欠な主戦力だ」
嬉しくはない。
悲しくもない。
そう思おうとした。
それはただ、
覆せない事実だから。
「だから僕は、命令し続ける」
低く、
強い声。
もう、“幼馴染のアル”じゃない。
「僕が王子で――君が、“アンダー・リム”である限り」
レダリウス王国第一王子。
そして、
軍総司令官としての声。
――嫌いだ。
その顔をする、アルは。
「……でもね、ノクス」
ふいに、
声音が柔らかく変わった。
「“幼馴染のアル”は、そんなこと望んでない」
視線を上げる。
青い瞳が、
真っ直ぐ私を見つめていた。
「ただ、大好きな君と。もっと、人間らしいことがしたい」
「……人間らしいこと?」
「一緒に授業を受けて」
楽しそうに、
アルシオスが笑う。
「ランチして、図書室で課題をして。
たまには、ベンチでのんびりおしゃべりしたり」
「……それ、なんの意味があるの」
「僕が喜ぶ」
即答だった。
「あと、デートもしたい」
「……は?」
さらっと、
とんでもないことを言い出した。
額同士が、こつりと触れる。
「立場なんて忘れて、楽しもうよ」
額が触れたまま、
アルシオスが笑う。
「……せめて、学生でいられる間だけでも」
ずるい。
そんな顔でお願いされたら、
断れるわけないのに。
「……分かった」
「よかった」
心底安心したように、
アルシオスが笑う。
「じゃあ、戻ろうか」
その瞬間、
ようやく現実へ引き戻された。
ここは地下だ。
ついさっきまで、
命のやり取りをしていた場所。
(……なんで忘れてたんだろ)
気づけば、
涙はもう乾いていた。
転移魔法を使おうとして――
「ノクス」
再び、
強く抱きしめられる。
「これだけは忘れないで」
耳元へ、
静かな声が落ちた。
「僕は、どんな君でも愛してる」
優しく。
けれど、
縋るみたいに。
「……たとえ君が、神のものだとしても」
その呟きは、
ワープの光に溶けて消えた。
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