第10話 愛しい兵器は「やだ」と言った
「……なんでアルまで落ちてくるの」
――手、振り払ったのに。
離さないとでも言うように、
強く抱きしめられる。
落下地点の強度を変換する。
重力を書き換え、
衝撃を分散させる。
空気がふわりと弾けた。
シャボン玉みたいに着地したアルシオスを見て、
小さく息を吐く。
「……危ないでしょ」
「立場が逆なら、ノクスも同じことするでしょ?」
「……それは、そうだけど」
私は最強だけど、
アルシオスは違う。
あんな高さから落ちたら、
普通の人間は死ぬ。
だから守らなきゃいけない。
「……ふぁ」
欠伸が漏れた。
眠いすぎる。
最近なかった感覚だ。
「眠いから、さっさと終わらせる」
透明な球体が、
アルシオスを包み込む。
何重にも重ねた術式。
最強度の防壁。
――私が死ぬまで壊れない。
「この中、ちょっと空気重いね」
アルシオスが少しだけ嬉しそうに笑う。
指先を入れると、
ぎゅっと優しく握られた。
(……ずっと入れておこうかな)
そうしたら、
公務に行けないし。
――なんて。
らしくないことを考えた、その時だった。
肌を魔力が撫でる。
地下空間を見渡した。
湿った岩肌。
蠢く魔力。
奥の方で、
何かが呼吸している。
(……最悪)
本能が告げる。
これは普通のモンスターじゃない。
「出てきてくれる?」
静かな声が地下に響く。
――次の瞬間。
「うわああああああ!?」
空から人が降ってきた。
(……デジャヴ)
一歩だけ横へずれる。
――どさっ。
「ちょ、なんで避けるんですか!?」
ネモだ。
「君、落ちてくるの好きだね」
「不可抗力ですよ!」
勢いよく顔を上げた声が空洞に反響する。
ぱっぱっと服の汚れを払い、
そのまま立ち上がった。
小さく息を吐く。
「人間舐めすぎ」
「……ノクス、さん?」
視線ごと魔力の膜を向ける。
右手の小指を軽く握り込んだ。
ゆっくりと。
順番に。
薬指。
中指。
人差し指。
ネモの体が、
下から絞られていく。
「なに、痛いですよ、やめ……っ」
親指と人差し指の間に、
妙な違和感が引っかかった。
軽く指先を滑らせる。
ネモが首を傾げた。
「脆くて、すぐ壊れる。それが普通の人間」
岩肌に叩きつけられて、
無傷なはずがない。
それに。
あの子に、こんなことはできない。
「……私たちとは違う」
――プチュ。
指先に力を込める。
軽い音が鳴った。
けれど。
「――憂慮するわけだ」
潰れたはずの首から、
黒い液体が溢れ出る。
ぼこぼこと音を立てながら、
生きていた。
無意識にシールドが展開する。
「神が嘆いていた。“アンダー・リムに情が芽生えた”と」
――神?
背中がぞくりとした。
黒い液体が、
ゆっくり人の形を取り戻していく。
黒褐色の肌。
黒髪の若い男。
左手首には、
アンノウンの刻印。
「仮初の学園ごっこが拍車をかけているのではないかと。
今さら人間になれるとでも思ったか?」
低い声。
感情のない声。
「大戦中のお前なら、声がした瞬間に俺を消しただろう。
――相手が誰であろうと」
耳障りだ。
一言ごとに、
胸の奥を抉られる。
「――二つ名持ちは兵器だ。武器に情はいらない」
冷たく言い切る。
「神の寵愛が深い内に、このふざけた遊びはやめろ」
「……どういう意味?」
「看過するにも限界があるということだ。気に入っているものなら、尚更な」
男が横目でアルシオスを見る。
その瞬間だった。
空気が重く沈んだ。
「忠告はした」
男が静かに片手を上げる。
黒い液体が、
ゆっくりと周囲へ広がった。
(――しまった)
私が動くより、
ほんの僅かに早く。
炎の龍がアルシオスへ襲いかかる。
瞬く間に、
球体が炎に包まれた。
「アル!!」
何重にも張った結界が、
皮肉にも内部の酸素だけを焼いていく。
「……っ」
アルシオスが小さく眉を寄せた。
――その瞬間。
「……ふぁ、ああ」
最近で一番大きな欠伸が出た。
目尻に浮かんだ涙を、
指先で拭う。
雫が唇の上で震えた。
「おやすみ」
――瞬間。
世界から音が消えた。
炎も。
呼吸も。
鼓動さえも。
まるで世界そのものが眠ったみたいに。
空間の支配権が、
私へ移る。
(……殺すか)
問いかけは闇に沈む。
一瞬で?
いや、足りない。
けれど。
次の瞬間には興味を失っていた。
殺し方なんてどうでもいい。
心臓を止めて。
体が壊れれば終わる。
粉々に砕くのが一番早い。
手を翳そうとした時だった。
「……神様?」
頭の奥で、
神様が静かに語りかけてくる。
――この男を殺してはいけない。
「やだ」
優しい声が返ってくる。
「……やだ」
さらに優しく。
けれど。
逆らえない。
「……」
――悔しい。
その言葉が、自然と零れた。
神様は正しい。
でも、
アルは私が守らなきゃいけない。
なら……
アルを傷つけるものは排除しなきゃいけない。
「……死ななければ、いいよね」
見た目と心臓はそのまま。
中身だけを壊す。
二度と目の前に現れないように。
(……この感情は、なに?)
指先に力が入る。
楽しい。
次はどこを壊そう。
『ふふ、やはり君は愛しい兵器だ――アンダー・リム』
頭の中に声が響く。
『兵器としての本能が、排除を優先する――人命よりね』
息を呑んだ。
私は――
「……アル?」
声が震える。
途端に全身の血が冷えた。
脳裏を過ぎるのは、
苦しそうな幼馴染の顔。
助けようとしたのに。
なのに。
「……ノ、クス?」
魔力を呼吸に乗せて送り込む。
肺が上下するたび、
彼の吐息がかすかに唇を震わせた。
そっと瞳を覗き込む。
「……今」
頬を生ぬるい液体が伝う。
ぽた。
ぽた。
拭うより先に、
アルシオスの頬へ落ちた。
目が合う。
慌てて涙を拭う。
「君にそんな顔をさせたのは、誰? 僕? それとも――」
震える声が止まる。
――次の瞬間。
アルシオスの腕が強く私を抱き寄せた。
まるで、
心ごと包み込むように。
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次回は【6月28日(日)】に更新予定です。
どうぞお楽しみに!




