プロローグ 国境が消えた日、彼女はあくびをする
初投稿です!
本日はスタートダッシュとして、この後【19時10分】と【20時10分】にもお話を更新します!どうぞよろしくお願いします!
国境が一夜で十キロ消えたらしい。
――たぶん、私だね。
それより卒業式は間に合うだろうか。
◇
「――昨夜、東の大国の国境が、十キロメートルほど消失しました」
報告官の声は、細く震えていた。
机の上に広げられた最新の羊皮紙。
そこに描かれた世界は、昨日までのそれと明らかに形を変えている。
線が、違う。
川の流れも、山の影も、国境も――
昨日までのそれと、わずかに、けれど決定的に噛み合わない。
国家最高峰の術師でさえ、せいぜい川の流れを捻じ曲げるのが限界のはず。
それが、たった一晩で――消えた。
誤差、と呼ぶには広すぎて。
災害、と断じるには静かすぎる。
「原因は」
議長の短い問いに、報告官は首を振った。
「不明です。ただし――昨夜、例の術師が無断で国境を超えました」
沈黙。
誰も、その名を口にしない。
口にした瞬間――
その恐ろしい天変地異が『人災』であると確定してしまうからだ。
窓の外で、旗が鳴った。
乾いた音が、やけに遠い。
「……報告は以上です」
紙の端を掴む報告官の指が、かすかに震える。
それだけで十分だった。
――《あれ》が動いたのだ。
理由はない。証明もない。
ただ、すべての状況が「彼女」を示している。
誰かが、重苦しい息を吐いた。
「処理は」
「従来通り……“大規模な地殻変動”として処理します」
一瞬、室内の空気が歪んだ。
「正気か。他国の大地を消し飛ばしておいて、地殻変動だと?」
「他に、この世界の分類にありません!」
悲鳴のような叫びに、誰も返せない。
分類できない規格外の怪物は、
存在しないことにする。
それが、この国のやり方だ。
「……“未確定領域”は、今回もだんまりか」
議長が、わずかに視線を落とす。
「あの女さえいなければ」
その表情には、憎悪が滲む。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
――あれは、人類の管理下にない。
「……《アンダー・リム》の現在位置は?」
「……不明。監視の目をすり抜け、完全に足取りを失いました」
また、沈黙。
笑う者はいない。
冗談にするには、あまりにも現実的な脅威。
――その時だった。
コン、コン。
扉が、軽く叩かれる。
場違いなほど、気の抜けた音。
全員の視線が一斉に突き刺さる。
「失礼します」
入ってきたのは、ひとりの少女だった。
長い黒髪。
黒い縁取りの眼鏡。
肩にかけた外套の裾が、少しだけ土で汚れている。
足音は羽のように軽い。
誰もが息を潜める中、彼女だけが別の世界を歩いているみたいだった。
「呼ばれたって聞いたんだけど」
間の抜けた声。
誰も、すぐには反応できなかった。
国家の重鎮たちが、呼吸の仕方を忘れたように硬直する。
少女はトコトコと歩き、机の上の地図を覗き込んだ。
数秒、黙ってそれを見て――
「あー、そこ、ズレてるね」
白い指先で、消滅したはずのウーヌス共和国の国境線をなぞる。
「もう少し削った方がよかったね。ガタガタになってる」
室内から、音が消える。
誰かが恐怖で椅子を鳴らした。
それすら遠く感じるくらい、世界が静まり返る。
「え、なに」
少女は首を傾げる。
「……なんか問題あった?
『神様』に言われて、直しただけなんだけど」
本気で何も分かっていない顔だった。
少し考えて、少女はパチパチと瞬きをする。
「あー……まあ、どっちでもいいか。直っちゃったし」
ふぁ、とあくびを一つ。
「アルシオス殿下に言っといて。頭が冷えたら連絡して、って」
そっと眼鏡を外し、胸ポケットにしまう。
誰にでもなく、話しかける。
「もしかしてやりすぎた? 今回、誰も死んでないんだけど」
髪を耳にかけ、小さく呟く。
「……怒られるかな、アルに」
そう呟いてから、私はその場を後にした。
(まあ、卒業しろって言ったの、あっちだしね)
――そうして、『人類最悪の問題児』は、卒業式へ向かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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第1話は、この後【19時10分】に更新します。 ぜひまた覗きに来てください!




