56.復讐なんて、悲しい
無言の時が流れる。
震える手を叱咤して淹れた紅茶を、ミサキ様がゆっくりと飲んでいる。
ふうと息を漏らしてカップをソーサーに戻し、ミサキ様が室内の面々を順に見た。困ったように眉を下げている。
「たくさんお話しして、喉が渇いちゃったわ」
空になったカップに、お代わりを注いだ。
「ありがとう、リカちゃん」
言い終わると同時に、魔王様がミサキ様の体を抱き寄せた。
「えっ、ちょっとっ。カップ持ってるのに危ないわよ!」
ミサキ様からそっとカップを受け取ってテーブルに置いた。
抱きしめている魔王様の方が震えているようだった。細い肩に顔を埋めて、激情を堪えているように見える。背中を優しく、ミサキ様の手が撫で始めた。
「平気そうにするな。無理に話させて悪かった」
消え入りそうな声に、ミサキ様が苦笑を浮かべる。
「平気よ。貴方がいてくれたもの」
「だが……っ」
「戻って来て初めの頃なら、無理だったかもしれない。でも、今は大丈夫よ。ほら、こっちを向いて、顔を見せて」
のろのろと顔を上げた魔王様が、ミサキ様の黒い瞳を覗き込んだ。
「あらあら。そんな泣きそうな顔しちゃって。イケメンさんが台無しよ?」
「ミサキ……」
苦しそうに眉を寄せる魔王様の頬に、ミサキ様の白い手が伸びた。そっと、大切だという想いを伝えるように優しく、撫でている。
「お前は、強いな」
吐息のように零された言葉に、ミサキ様が微笑んだ。
「言ったでしょ?貴方がいてくれるからよ。それに、ジフジちゃんたちだってついててくれた。今のあたしは無敵かもしれないわ」
悪戯っぽく言ったミサキ様を、再び魔王様が抱きしめた。
「……殺してやる」
部屋の温度が一気に下がったような気がした。
恐る恐る、振り返る。すべての表情を消して、銀灰色の瞳をギラギラと光らせているジフジ様と、褐色の肌に青筋を立てているカイダル様が立っていた。お二人から漂う冷気で、凍死してしまいそうだった。
驚いたように目を見開いて、ミサキ様がソファから立ち上がった。お二人に歩み寄る。
魔王様が不満そうな表情を浮かべたが、ミサキ様は構わずジフジ様の手を握った。
「ジフジちゃん」
「ミサキ、何故怒らない。あんたが優しすぎてできないってんなら、あたしがあの小娘を殺してやるよ」
静かな声がより一層恐ろしかった。
首を横に振って、ミサキ様がジフジ様の大きな手を両手で包み込んだ。
「ジフジちゃん、ダメよ。そんなことしないで」
「どうして……」
「ジフジちゃんの手が汚れちゃうわ。そんなの、悲しい」
ハッとして、ミサキ様に握られている手に視線を落とすジフジ様。その肩に、カイダル様の手が置かれた。
「大事なお友達だもの。怒ってくれて嬉しいけど、ジフジちゃんの強さを、優しさを、そんなことに使わないで」
「……ミサキ」
「あたしだって、許せないと思うわよ。だけどね。死んでしまったらそこでお終いじゃない。あの子、それで楽になっちゃうでしょ?」
驚いたように、ジフジ様とカイダル様が目を見開いた。
「あたしのいたところでもね。どうしてこんな酷い人が、死なずに済んでるんだろうってことが、よくあった。ニュースでご遺族の話とか聞くと、たまらなくなったわ。復讐とか、させてあげればいいのにって、思ってた」
でも、とミサキ様が続ける。
「ジフジちゃんが復讐なんてしちゃったら、あたしは悲しくなる。他の被害者の人たちがどう思ってたかはわからないけど、あたしは嫌。ジフジちゃんに、そんなことで時間も感情も使ってほしくない」
「ミサキ、でも……」
「ちゃんと、シュヴァンダルとアイルーン様が裁いてくれるんでしょう?あたしは、シュヴァンダルを信じてるわ。きっと、一番いい形で罪を裁いてくれるって、わかってる。死ぬより辛い罰を、与えてくれるかもしれない。あたしには、それで十分。もう二度と会わないなら、それでいいわ。
だから、ジフジちゃん。あたしとお茶しながら、のんびり待ってましょう?」
最後の言葉に力が抜けたのか、ジフジ様が呆れたように吐息を漏らした。
「……お人好しだねぇ。それは、優しすぎじゃないかい?」
疲れたように呟くジフジ様の口元には、それでも笑みが浮かんでいた。




