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魔王様のお嫁様  作者: 紫月 京


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56/61

56.復讐なんて、悲しい


無言の時が流れる。

震える手を叱咤して淹れた紅茶を、ミサキ様がゆっくりと飲んでいる。

ふうと息を漏らしてカップをソーサーに戻し、ミサキ様が室内の面々を順に見た。困ったように眉を下げている。

「たくさんお話しして、喉が渇いちゃったわ」

空になったカップに、お代わりを注いだ。

「ありがとう、リカちゃん」

言い終わると同時に、魔王様がミサキ様の体を抱き寄せた。

「えっ、ちょっとっ。カップ持ってるのに危ないわよ!」

ミサキ様からそっとカップを受け取ってテーブルに置いた。

抱きしめている魔王様の方が震えているようだった。細い肩に顔を埋めて、激情を堪えているように見える。背中を優しく、ミサキ様の手が撫で始めた。

「平気そうにするな。無理に話させて悪かった」

消え入りそうな声に、ミサキ様が苦笑を浮かべる。

「平気よ。貴方がいてくれたもの」

「だが……っ」

「戻って来て初めの頃なら、無理だったかもしれない。でも、今は大丈夫よ。ほら、こっちを向いて、顔を見せて」

のろのろと顔を上げた魔王様が、ミサキ様の黒い瞳を覗き込んだ。

「あらあら。そんな泣きそうな顔しちゃって。イケメンさんが台無しよ?」

「ミサキ……」

苦しそうに眉を寄せる魔王様の頬に、ミサキ様の白い手が伸びた。そっと、大切だという想いを伝えるように優しく、撫でている。

「お前は、強いな」

吐息のように零された言葉に、ミサキ様が微笑んだ。

「言ったでしょ?貴方がいてくれるからよ。それに、ジフジちゃんたちだってついててくれた。今のあたしは無敵かもしれないわ」

悪戯っぽく言ったミサキ様を、再び魔王様が抱きしめた。


「……殺してやる」

部屋の温度が一気に下がったような気がした。

恐る恐る、振り返る。すべての表情を消して、銀灰色の瞳をギラギラと光らせているジフジ様と、褐色の肌に青筋を立てているカイダル様が立っていた。お二人から漂う冷気で、凍死してしまいそうだった。

驚いたように目を見開いて、ミサキ様がソファから立ち上がった。お二人に歩み寄る。

魔王様が不満そうな表情を浮かべたが、ミサキ様は構わずジフジ様の手を握った。

「ジフジちゃん」

「ミサキ、何故怒らない。あんたが優しすぎてできないってんなら、あたしがあの小娘を殺してやるよ」

静かな声がより一層恐ろしかった。

首を横に振って、ミサキ様がジフジ様の大きな手を両手で包み込んだ。

「ジフジちゃん、ダメよ。そんなことしないで」

「どうして……」

「ジフジちゃんの手が汚れちゃうわ。そんなの、悲しい」

ハッとして、ミサキ様に握られている手に視線を落とすジフジ様。その肩に、カイダル様の手が置かれた。

「大事なお友達だもの。怒ってくれて嬉しいけど、ジフジちゃんの強さを、優しさを、そんなことに使わないで」

「……ミサキ」

「あたしだって、許せないと思うわよ。だけどね。死んでしまったらそこでお終いじゃない。あの子、それで楽になっちゃうでしょ?」

驚いたように、ジフジ様とカイダル様が目を見開いた。

「あたしのいたところでもね。どうしてこんな酷い人が、死なずに済んでるんだろうってことが、よくあった。ニュースでご遺族の話とか聞くと、たまらなくなったわ。復讐とか、させてあげればいいのにって、思ってた」

でも、とミサキ様が続ける。

「ジフジちゃんが復讐なんてしちゃったら、あたしは悲しくなる。他の被害者の人たちがどう思ってたかはわからないけど、あたしは嫌。ジフジちゃんに、そんなことで時間も感情も使ってほしくない」

「ミサキ、でも……」

「ちゃんと、シュヴァンダルとアイルーン様が裁いてくれるんでしょう?あたしは、シュヴァンダルを信じてるわ。きっと、一番いい形で罪を裁いてくれるって、わかってる。死ぬより辛い罰を、与えてくれるかもしれない。あたしには、それで十分。もう二度と会わないなら、それでいいわ。

 だから、ジフジちゃん。あたしとお茶しながら、のんびり待ってましょう?」

最後の言葉に力が抜けたのか、ジフジ様が呆れたように吐息を漏らした。

「……お人好しだねぇ。それは、優しすぎじゃないかい?」

疲れたように呟くジフジ様の口元には、それでも笑みが浮かんでいた。



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