相談
部屋の空気が、重く淀み始めた。
少女の声が、再び別のベッドへと投げかけられる。
青ずきん。
その名を呼んだ瞬間、狼の胸に新たな棘が刺さった。
別の少女の声が、静かに、しかし確実に部屋に響く。
「私、二人の答えで思った事があるんだけど、おばあちゃん達、赤ずきんの事、さっきどういう風に呼んだっけ? もう一度確認させて」
言葉は穏やかだ。
だが、その穏やかさの奥に、鋭い刃のようなものが潜んでいる。
右のベッドのおばあちゃんが、のんびりと答える。
「アタシは『赤ずきん』って呼んだよ?」
その瞬間、狼の鼓動が、獣のそれとは違うリズムを刻み始めた。
記憶を遡る。
自分の声が、喉から漏れた言葉を、冷静に、冷たく思い出す。
「……左のベッドのおばあちゃんは?」
青ずきんの視線が、こちらに注がれる。
毛布の下で、爪がシーツを抉る。
嘘は危険だ。
ここで偽るのは、自ら首を差し出すようなもの。
だから、正直に。
安全策を、選ぶしかない。
「え、え〜っと……アタシは……『お前』……」
声が、わずかに震えた。
少女たちの記憶に、まだ鮮明に残っているはずだ。
あの瞬間、獣の本性が零れ落ちた一言。
『お前』。
親しみなどない、ただの獲物に対する呼び方。
青ずきんは、静かに頷く。
「うん。おばあちゃん、二人共答えてくれてありがとうね。じゃあ、ちょっと皆で相談させてね?」
相談……だと?
狼の胸の奥で、何かが音を立てて砕けた。
やめろ。
やめろやめろやめろ。
相談なんて、必要ない。
直感で決めろ。
こんなところで、じっくり話し合う必要なんてないだろう!?
少女たちの声が、重なり合う。
赤ずきんたちの声が、柔らかく響く。
「ねぇ、どう思う?」
「私は、おばあちゃんに『お前』って呼ばれた事はないかな? いつも『赤ずきん』って呼ばれてた記憶がある」
「……それ、おばあちゃんが機嫌悪い時とかでも?」
「うん。おばあちゃん、機嫌悪い時でも、私の事『赤ずきん』って呼ぶよ?」
狼は、毛布の下で息を殺す。
やめろ。
相談なんて、よくないよ。
やめようよ。
質問は『どうしてお口が大きいの?』でいいはずだよ。
それで、俺が『お前を食べるためだよ!』と叫んで、飛びかかって、すべてを終わらせる。
それが、テンプレートだよね?
それが、この物語の定められた流れのはずなんじゃないかな?
なのに、少女たちは、ゆっくりと、確実に、狼の構築した幻想を解体していく。
鼓動は、止まらない。
獣の心臓が、ただの人間のそれのように、怯えながら鳴り続ける。
部屋の隅で、時間が、静かに、残酷に流れていた。




