その指導はアッシには必要だったと思う。
アッシは一度、社会から追い出された事がある。保育所の年長の時だ。父の仕事の都合で見知らぬ土地の保育所に通う事になった。幼い頃のアッシはよく泣く子供だった。ふとした事で感情が爆発。抑えようともせずに泣いていた。数十年前の事である。その当時の社会は今とだいぶ違っていて先生は強かった。何度も泣かないよう我慢するよう先生は勧めてきたが、それでも我慢する事なくただ泣くアッシに、先生の堪忍袋の緒が切れた。
「そんなに泣く子はこの保育所には要りません!!」
保育所にあるアッシの荷物を両手に持たせて、外に放り出されたのだ。
突然の事だった。しばらく呆然としていたが、誰かが来るわけでもなく、時間だけが過ぎていく。次第に気持ちが落ち着くと同時に背筋が凍るのを感じた。
これはとんでもない事になってしまった。
お母さんにはなんて言えばいいんだろう。
先生を怒らせてしまった。悪い事をしてしまった。
僕はこの先どうすれば良いんだ?
色々考えてもどうしよう?しか湧いてこなかった。ただ、もう保育所には戻れない。と覚悟して、保育所から出ようと歩き出してから程なく、先生が声をかけてきた。
先生はもう泣かないと約束したら、戻ってきても良いよと言って、アッシは約束する。と答えた。約束を破ったら今度こそ追い出されてしまう。その気持ちがアッシに我慢する気持ちを植え付けた。効果は絶大だった。
まぁ、結局その後も何度か泣く事はあったが、我慢している事が伝わっていたのか、追い出される事はなかった。
今の時代で考えたらとんでもない事をされていたと思うし、大人になってからこの話を母にしたらそんな事があったの?と驚かれた。
まぁ、今のアッシが似たような事をされたら、戻って良いよと言われても、誰が戻るか!って言い返してしまいそうだ。
今の時代にそんな事をしたら、先生の方が責められるのだろうが、それでアッシは泣く事をやめる事は出来たのだろうか?アッシの感情を抑える事を覚えただろうか?
感情の赴くままに行動するアッシである。これほどのショックな事でなければ、アッシの中にブレーキは出来なかったかもしれない。
その指導はアッシには必要だったと思う。




