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イヴのキセキ 前夜祭4


かつて、彼等は神に仕える者たちだった。

ではなぜ――なぜ彼等は狂ってしまったのか。

なぜ、人々を憎むのか。

なぜ……?


それもこれも、人の身では知れぬこと。

人々では語り継ぐことのできないほど昔の物語。

それでもいいと私は思う。

忘れてしまえば、彼等の誇りは守られるだろうから。

真実を知らぬと、あざける事が出来るから。自らを慰められるから。


しかし、それも……『彼』がいるのならば別の話……。




天使の様な様相をしたエネミー。

ユイシャンと自らを名乗る彼がいたのは、白銀の剣を中心に幾つもばらばらな場所に配置されたにび色の剣の一つだった。

そこには、先ほどまでいた研究者や柄創師の残した研究機材やなにやらが転がっている。

持ち主たちは既に逃げて居た。

そこにいるのは、ユイシャンだけではない。

その目の前には、白いコートの男がいた。

「ティアロナリアの……?」

ユイシャンが彼に問いかける。

「御名答。そうだ、ぼくこそがティアロナリアだ――サンテラアナの使い」

「……ならば、我々がここにいる意味もわかるだろう」

「あぁ。使いごときが止められると思っているのならば」

二人はお互いの立場を分かっている。それゆえに二人は口数少なく、ほんの少しの会話だけで終わらせる。

対峙した二人。

方やエネミー。方や人間。もしも柄創師や空操師がいたのならば、どちら側に着いたのだろうか。

おそらく、白いコートの男なのだろう。

「始めようか、サンテラアナの使い」

悪魔にも似た笑みを浮かべていた男は、何時の間にか集まっていたエネミーを見渡していた。

「殺せ――そして、壊せ」

一斉にユイシャンに向かってエネミー達が躍りかかる。

ある者はその牙で、爪で、刃の様に鋭くなった体毛で。ある者は遠距離から魔術を使い。

それを――嗤う。

エネミーに囲まれ、喰いつかれ、魔術に身を焦がす。その姿が見えなくなっていく。

それを、男は無感情に眺めていた。

おもむろに後ろを向けば、手が届くその位置にユイシャンが――いる。

その様相からかけ離れた笑顔を浮かべる。

「狂ったのは自己責任。って言う事で、死ぬのに文句は言わないでね?」

その手に、槍を創りだす。それには、旗の様な物が巻きついていた。

にぶく光る刃を、一閃。

残撃からは衝撃波が放たれてその轍にあるもの全てを吹き飛ばしていく。

無論、目の前に居た男も、だ。

さらに、二撃目。三撃目。

そのうちに、近くに居たエネミーは全て肉塊に変わっていた。

消えていくエネミーを傍目に、それでも無傷の男を睨みつける。

しかし、男はユイシャンを見てはいなかった。

ただ、どこかを見て居た。

その先になにがあるのか、ユイシャンは知らない。この場所の地理を知らないから。いや、この世界事態を知らないから。それは仕方が無いことだ。

「へー、よゆーってこと」

いささか頭に来たようすで、男の元に迫ろうとする。

迫ろうとして、突如吹き飛ばされた。

「まったく、ユイシャンは変わっていないのね。何年たっても、短気で面倒くさがりで……いつまでたっても変わらない」

影が差し、衝撃で目をつむっていたユイシャンはゆっくりと目を開けると、そこにはその声の主が手を差し伸べて居た。

「なんで、せんぱ……追放者フェタ。貴様が」

「もちろん」

いつまでもその手を取らない事にしょうがないとため息をついて、フェタはその腕をとった。

「君の無様な姿を見る為だよ、ユイシャン」

無理やり立たせても抵抗をしないユイシャンにそっと微笑み、その膝を腹に打ち付けた。

息を詰まらせて咳き込むユイシャンに、さらにその手を放して回し蹴りを放つ。

地面に打ち付けられた姿を見ながらも、表情はひとかけらも変えない。

一歩、また一歩と歩み寄るフェタに、ユイシャンは忌々しそうに唇を噛みながら立ちあがろうともがいた。

「ねぇ、あれからどれくらいたった? どれくらい変わった? どれくらい頑張った? 強くなった? ムニエルよりも勝っているのがその口先だけなら……」

ユイシャンの創る槍と同じような形、色、装飾の施された槍が握られた手に創りだされていく。

それをユイシャンの両の目の間に突きつけて、凄惨に嗤った。

「このまま、何も分からないままに、一瞬で殺すよ?」





ミントが気づいた時、既に壊れた剣は五本を越えて居た。

モニターの向こうでは、上層部からの命令通り剣を破壊する柄創師や、突如現れたエネミーの大群に押されて撤退する部隊が映し出されている。

どの映像でも、人々は傷ついている。

それを、ミントは待機して、見続けることしか出来ない。

いや、モニターを見ながら『場』で現場を援助しているのだから、なにも出来て居ない訳ではない。しかし、今まさに傷ついていく仲間たちをただ安全な所で見て居るという事に、ミントは我慢が出来なかった。

それでも、そこから離れることは出来ない。

今、現状を全て把握できるこの場所で、『場』を創り続けることがミントに課せられた使命だからだ。

モニター越しでしか戦場を見られない悔しさは、身を切る様な痛みに変わる。

いつの間にか握りしめていた拳には、少しだけ朱が混じっていた。

「ミント」

心配そうに声をかけて来る万由里に、ミントははっとした様子で周りを見る。

「ごめん。ちょっと考え事を――」

「貴方はよくやってます。だから、自分を責めないでください」

そう言いながらミントの両手をとると、ゆっくりと開かせた。

血のにじんだ手の平を持って来ていたハンカチで優しく覆う。

「……まゆ――」

その名を呼ぼうとした時、雪がやんだ。

先ほどの剣の事もある。慌てて空を見上げれば、そこにはドラゴンの身体があった。

灯りを煌々とつけ、モニターを回し、人々が情報に翻弄されているその場所に、その上空に――エネミーが現れた。

「万由里、行くぞ!」

「はいっ」

近くに控えて居た斑目がすかさずドラゴンに向かって走り出す。

その後ろには、万由里が。さらには、突如現れたエネミーに驚いていた柄創師が続いた。

よく統制された動きで空を飛ぶドラゴンの周りを囲う。すぐに攻撃できるように。

さらに、柄創師では無い隊員達も、腰元のホルダーから銃を抜いて空を飛ぶエネミー相手に銃弾を撃ち込むべく構えている。

ドラゴンは――全てのエネミーの中でも注意すべき種だ。これだけの人数が居てもなお、警戒は少しも緩めない。小柄のワイバーンのようだが、油断はしない。

翼がある。空が飛べる。そんなアドバンテージだけでも厄介だと言うのに、その知能も攻撃力も底知れない。しかし、臨戦態勢の柄創師達をよそに、ドラゴンは不機嫌そうに顔をそむけて飛んでいく。

まるで、こちらの事など眼中にない様に。

呆気に取られるミント達の目の前で、ドラゴンは剣のオブジェの一つへとその炎のブレスを吐いた。炎上する町並みが辺りを照らす。

その炎に照らされて、ミント達は眼下の風景を見て居た。

一般人がいないことだけが救いだと言えよう。

柄創師を無視して、剣の元へと向かうエネミーの集団。それらは、前に在るものを破壊して行進する。

そしてまた、一つの剣が破壊された。

燃やされ、巨人――ギガントによって折られる。

日々の入った刀身が少しずつ壊れて逝く様が、すぐ近くだった為によく見えた。

壊れた剣は、瞬間うっすらと発光すると、砂の様に塵の様になって宙に解けるように消えてしまう。

残ったのは、町を焼く炎とエネミーだけ。

そのエネミーも、すぐにどこかへと向かう。

「……銀の、剣」

「いったい、こいつらの目的は何なんだろうな」

傍でミントを守るように立っていた斑目が、ミントの言葉を聞いて言った。

その言葉を聞いた万由里がゆっくりと歩いて来る。

「……彼等エネミーの動きは明らかにおかしい。今まで、なかった動きです。すべてはあの剣の形を模した何かが理由でしょう……が、いったいそれが何なのか、わからない。そして、報告のあった天使と悪魔のエネミー。彼等の正体と目的は一体何なのかもまだ分かっていません」

「それなら、分かりますよ」

万由里の声を遮って、青年の声が響いた。

その声に、ミントは勢いよく顔をあげる。

「暮羽地さんっ! 無事だったんですね……」

「ミントちゃんの『場』のおかげ、ですけどね」

息を着きながら、暮羽地はミント達の元へと歩いて来た。

その後ろでは、暮羽地とともに撤退して来た柄創師達の姿がある。

違う場所でも撤退して来た、もしくは剣が壊されて目的を達成した柄創師達が少しずつ集まってきていた。

「それで、先ほどの言葉の意味は?」

「天使と悪魔のエネミーと接触した際、彼等が話していました。といっても、ほとんど意味の分からないことだったんですけど……」

そう言って暮羽地はエネミーの言葉を思い出しながら彼らに告げる。

剣に近づいた柄創師達に突如接触して来た天使と悪魔のエネミー。彼等の言葉を、その行動を。そして、現れた謎の集団とヴィオルールと呼ばれた謎の男のことを。

言い終えると、彼はミント達の顔を見回す。

「いったい、何が起こっているのか……僕には分かりません。けど、ほんとうに僕等はこのまま剣を破壊し続けていいのでしょうか?」


本当に、あの天使と悪魔はエネミー《敵》なのか?

暮羽地結城が問いかける。


「分かっている事もこれからおこなう事も、一つだけだ。俺たちは、エネミーを倒す。それが、役目だからな」

斑目が、そう言って身を翻した。

向かう先は柄創師達の集まっている場所。

かなりの数の柄創師達を見まわし、一喝する。

「これだけ柄創師がいるんだ、あれっぽっちのエネミー、俺たちで倒せる。だろ?」

挑むように、口端を持ち上げて笑う斑目の声に、多くの柄創師達の声が続いた。

「反撃、開始だ――」

なにがおこっているのか、斑目達には分からない。いや、ここにいる人間達で分かっている者などいないだろう。

それでも、彼等は戦うのだ。

人間の事など眼中にないとばかりに進むエネミーだが、その刃がいつ人間に向くとは分からない。

これだけの量のエネミー。一斉に人々に襲いかかれば柄創師たちが止められるかどうか……。それなら、今。まだ、人間に牙をむかないうちに――「ぶちのめす」


エネミーを狩りに向かう柄創師たちにまじって、結城の姿を見つけ、ミントは声をかけようとする。が、口を開いてもなにも声が出ない。

ただ、ミントの視線に気づいた結城が足を止める。微笑みながら口だけ動かし、足早に去った。

目的は大量に現れたエネミー。

空操師であり、巨大な『場』を創り続けているミントはここから動く事はない。

だからまた、これでしばしの別れだ。

「くれうち、せんぱい……」

対するミントもまた、その口元に笑みを浮かべていた。



あとで、またあおう。

たのしみに、してるから。



このぶんだと、クリスマスに一番最初に会えるかもしれない。とんでもないクリスマスイブの前夜となってしまったが、それが嬉しい。

そう、ミントは知らず知らずのうちに頬を緩ませた。



戦場へと戻る結城は、その異変にすぐに気づいた。

先ほどとは何かが変わっている。何かが、変わり始めている。

エネミー達の動きが、少しずつ変わり始めている。

『気をつけてください。エネミー達が、人間にも攻撃を始めています!』

オペレーターの声に柄創師達はすぐに気を引き締めた。

様々な種族のエネミー、様々な魔法が入り乱れ、固有の能力が使用される戦場。そこで、結城達は得物を振るう。





狭い廊下。そこで、陸とヴァリサーシャは姿の見えないエネミーと対峙していた。

じりじりと二人は後退する。

なにしろ、相手は姿が見えない。

しかし、その身体に少しでも傷を与えることが出来たならば、姿を見ることが出来るだろうとういうヴァリサーシャのその言葉を信じ、陸は指示に従っていた。

「来る……伏せろ!」

ヴァリサーシャが陸が動く前にその身体を押し込めて床に押し付けた。その彼女は床を蹴りあげて宙を舞う。

その間を、何かが通った。

ヴァリサーシャはもっていた短刀をあてずっぽうに振るうが当たる筈が無い。

早い、だとかそうではなくて、単純に姿が見えないせいだ。

「くそっ」

一撃でもいい。それだけ当たれば……。

そんな思いなど知らぬように、エネミーは視えぬ体で二人を追い詰めて居た。

ヴァリサーシャには何か考えがある様で、動いていたが、陸にはそれが分からない。

少しずつヴァリサーシャとの距離が離れていくことに不安を感じながらもどうにかエネミーからの攻撃をぎりぎりの所で回避し続ける。

突如、ひっきりなしに非常用のベルやなにやらが鳴り始めた。

その音にヴァリサーシャと陸は反応する。

「なんだ、こんな時に」

耳障りなその音に、ヴァリサーシャは不愉快そうに音の出所を見た。

何箇所かに設置されているスピーカーを、睨みつける。

そこに、少女の声が響いた。


『あ、あ、ちょっと? 聞こえてる?』


「白野さんっ?!」

陸が思わず名前を呼んだ。

後ろから雑音の様に数人の声が聞こえてくるが、そんなこと気にも留めない梓月の声が聞こえて来る。

『聞こえてるみたいね。……今から、私が援護する。それで、あのエネミーに一撃を与える算段はあるんでしょ? ロイリエリーヌさんとやら』

どうやら、ここから梓月のいる場所にまでこちらの様子や音声が届いているらしい。

ヴァリサーシャはその笑みを挑戦的に歪ませる。

「当たり前だ」

風が起こる。

慌てて回避するヴァリサーシャのいた場所に、小さなクレーターが作られた。

「ロイリエリーヌさん?!」

「大丈夫だ」

起こった煙が晴れると、ロイリエリーヌの姿が現れる。その周囲には、黒い影の盾が出来ていた。

その姿に安堵する陸の周囲に、黒い影が形作り盾の様な物が創られていった。

その盾が何かにぶつかる。

陸を狙ったエネミーの攻撃が、それに当たったのだ。

「白野さんには見えてる……?」

見えないエネミーの攻撃を動いて防いだその盾を見て、陸は僅かに眉をひそめた。

『違う。気配を辿ってるだけ。それより、来るよ』

見えないエネミーの気配を追って、盾が動く。

その動きでなんとなくエネミーの場所を把握した陸はぎりぎりのところを回避した。

盾の動きでエネミーの場所が分かる、ということだ。

「ロイリエリーヌさんっ」

迷いない動きでエネミーはヴァリサーシャの元へと向かう。

あたりの細かい砂などを吹き飛ばして進むのが陸にも分かるが、姿は見られない。

ヴァリサーシャはそれを睨みつけて、短剣を構える。

明らかにその長さでは足りない。そう、モニター越しで梓月達は見守っていた。

この建物内に柄創師はもういない。みな、外のリザードマンとミノタウロスの元へと行ってしまったのだ。

だからと言って、彼等を呼び戻す事は出来ない。

ドラゴニトとミノタウロスがセットで現れたと言うのに、これ以上人員を裂いては確実に死傷者が出るだろう。

故に、彼等は姿の見えないエネミーは陸とヴァリサーシャが対応しなければならなかった。

とはいっても、陸は武器を持っていない。そもそも、ヴァリサーシャは追われていたはずの身だ。今は緊急時だからこそ、この様な事が起こっているだけだ。

そして、緊急時だからこそ――

「リク、受け取れ!!」

「えっ?! な、なんで白野さんがっ?」

太く、銀色の棒の様な物が陸の元へ投げられる。

それを投げたのは、陸のクラスメイト――おそらく、今現在『場』を創り、戦場を支えて居るはずの空操師だった。

その後ろには、銃を構えた風間陽香が控えている。

どこにエネミーがいるのか分からない為、構えてはいるがそれ以上の行動はしないしできない。

「柄創師が居ないから、空操師が来たんだけど」

「それは、無駄足だったようだ」

ヴァリサーシャの下に伸びる影が形を崩した。

それは梓月によるものではない。

短剣を構えたヴァリサーシャは迫ってくるエネミーにそれを振り上げる。もちろん射程の距離が分からない為あてずっぽうだ。

しかし、別にそんな事は関係ないとばかりに振るう。

形を崩した影がそれに追随するかのように幾筋もの針金の様に形を変えてヴァリサーシャへ向かうエネミーを迎え撃った。

針金の様な外見とは裏腹に、それは簡単に曲がって何かにまきついた。

「くっ……」

それが、激しく揺れる。何かが抵抗しているのだ。

それを押しとどめる為に、ヴァリサーシャは必死な形相で影を操る。

しかし、それも長くは続かない。

エネミーの大きさが大きすぎる。そして、力が強すぎた。

「ロイリエリーヌさんっ!!」

その呼び声に、彼女は陸を見て……何かに気づいたように笑った。

「リク……頼む」

「は、いっ!?」

一瞬、驚いた様子だったが、すぐに合点すると走り出す。


頼む。


たったそれだけの言葉。

小さな小さな一言。だが、それだけでいい。

そんな事だけでも、陸は少しだけ顔をほころばせた。

そして――

「姿を見せろっ!!」

――その剣を振るう。

人と同じ赤い血が、周囲に飛び散った。

雲が晴れる様に、姿が少しずつ見え隠れする。

数秒、その間にエネミーはその全貌を露わにした。

褐色の巨大な鳥。いや、上半身は人間の様な奇妙な姿をしている。

翼を持った異常なその姿に、梓月は嫌悪に眉をひそめる。

その隣で、陽香が発砲をした。

姿が見えるのならば、戦える。当てずっぽうではない。

アクト・リンクの銃弾に怯むエネミーに、さらに陸は踏み込んで切りこむ。

翼を持っているアドバンテージはこの室内では良い方向に向かなかったらしい。エネミーは未だに巻きついて来るヴァリサーシャの影によって身動きを阻害されている。

酷く不愉快な叫びが周囲に響いた。

しかし、エネミーがそれだけで終わる訳が無いのだ。

一瞬、動きを止めると、その翼を広げて羽ばたく。風を切る音と共に、鋭利な羽が周囲にまき散らされた。

「っつ!!」

慌てて回避するヴァリサーシャと、陸の周りにそれは刺さっていく。

そして、それがいっせいに燃え上がった。

室内での炎だ。このまま周囲に燃え広がれば、唯では済まない。

が――。

「……って、やらせる訳が無いでしょ」

火を消すのならば、水。

それならば……ここに適任がいる。

『場』が変容する。

このエネミーの周りだけ、瞬間的に水が集められる。

時雨日和は雨の降る世界。雨――つまりは水だ。

魔法で創られた炎だろうとなんだろうと、全て鎮火させてやる。そう、梓月は笑いながら雨を操っていく。

「……こちらも負けて居られないね」

炎が消えた廊下を、陸は大剣を両手に持ち奔った。

捕縛から逃れたエネミーは、その場から逃れようとしている。

敵に背を向けて、逃げる。そんなこと、赦さない。

陸にはあまり似あわない無骨な得物。それが、翼を叩き折る。が、それに対してすぐに反撃。

身体をひねり、もう片方の翼で陸を壁に叩きつける。

衝撃で埃が舞った。

「リクっ!?」

「ぼくのことより、早く止めを!!」

エネミーが壁に体当たりをして周囲に衝撃が走った。

少しずつヒビが割れていく壁。それに穴が開いて逃げる前に――。

エネミーのすぐ前に、ヴァリサーシャは走りこんで手に持った短剣を振り上げた。

一瞬のうちに影がその短剣にまとわりついて刃を巨大化させる。

より長く、より巨大に、より鋭く――影が、その姿を変えていく。


――黒の剣がエネミーの身体を両断した。




生まれた時から、同族と言う物が無かった

それでも……

誰も私と同じではないとしても

確かに彼等は私の仲間だった


そう、確かに彼等は私の大切な……




「ロイリエリーヌさん……?」

呆然と立ち尽くす女性に、リクはおそるおそる声をかけた。

自分をなぜか助けようとする少年の声に、ヴァリサーシャは現実に目を向ける。

目の前には何も無い。破壊の痕跡が残る壁だけだ。

それが唯一、目の前に先ほどまで自らの『仲間』がいた事を示していた。

「サーシャ、だ」

「?」

首をかしげるリクに、ヴァリサーシャはゆっくりと語り始める。

「みな、私のことをサーシャと呼ぶ。……」

「サーシャ、さん?」

いいなれない名前に、リクは緊張した様子で繰り返した。

ヴァリサーシャ・ロイリエリーヌ・シェイドは、仄かに笑う。

「もう、そう呼んでくれていた仲間は、いない。……リク、聞いてほしい。そして、シラノシヅキ……貴女も。私の犯した罪を――」

それは、悔恨の物語。


本当のことを、話そう

自らの知る、真実を、悲劇を

とある人間の抱いた愚かな夢を

守るべき者と帰るべき場所の物語を


そう、ヴァリサーシャ・ロイリエリーヌ・シェイドは口を開いて



「ずっと探してましたよぉ。どこにいらっしゃるんですか、ダリアロッドさまぁ?」




世界は無情に変わる。




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