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イヴのキセキ 前夜祭3



何時だって、気づいた時にはもう遅い。




度重なる何かの壊れる音。音。音。そして、声。

一般人のいない町中で繰り広げられる戦闘は、混沌を極めていた。

柄創師と空操師、謎の集団、そしてエネミー。三つ巴の戦いとなっていた。

(いや、違う。これでは四つ巴だ)

その戦闘の真っただ中にいた結城は、そう冷静に判断した。


ゲートが開いたことで、エネミーが現れた。それも、今まででは考えられないほどの数のエネミーが。

町は瞬く間にエネミーで埋め尽くされ、至る所で戦いが始まった。

それにより、謎の剣のオブジェと天使と悪魔のエネミーの討伐を命じられた柄創師達はゲートから現れた新手のエネミーと対峙しながら任務を遂行しようとする。

しかし、それを謎の集団達と戦いながらも悪魔が阻止する。その悪魔はなぜか仲間であるはずの他のエネミーまでも攻撃し、それを謎の集団が止める。

彼等は人間だ。それなのに、なぜエネミーを守るのか訳が分からなかった。

それとともに、彼等がこちらの事を何も思っていないことにもすぐに気づいた。

彼等は――柄創師達の事などまったく目にとめていない。ただ、邪魔な物としてしか見ていない。

エネミーを殺そうとすれば、彼等は躊躇いもなく発砲をする。エネミー達はそれを知っているのか知らないのか、彼等をも餌食にしようと口をひろげても、動じることもない。

いったい、どういうことなのか、まったく理解不能だった。

エネミーはこちらの気など知らず、人間――結城達を、そして謎の集団の人々を、果ては悪魔のエネミーまでもを攻撃対象として認識し、攻撃をしてくる。その動きは、なぜか異常で、まるで剣のオブジェに吸い寄せられていくかのように移動していく。

「いったい、どういう事なんだ……」

未だに情報系統が混乱している事もあいまって、深刻な情報不足に結城達は翻弄されていた。

誰が敵で、誰が味方なのか――エネミーが敵なのは変わりない。だが、人であるはずの者たちにも攻撃を受けている。その心理的なストレスが、柄創師達を襲う。

動きが鈍る。

誰を斬るべきなのかがまだ、決まらない。

彼等は、敵なのか、味方なのか。

襲ってくるエネミーを斬りながらも結城は思う。

「どうすれば――」

どうすればいい?

何が最善で、何が安全で、何が適切なのか。

顔をあげた時、第二の爆発が起こった。

ここからかなり離れた場所にあった剣のオブジェの一つが消えて居る。

「くそっ……チョットお前達、自分たちが何をやっているのか分かってるっ?!」

悪魔――ムニエルが叫んだ声は、戦場の音にかき消されながらも結城の元に届いた。

最初の冷徹な声では無い。切羽詰まった叫び。

それでも、戦いは終わらない。

「いくらミントちゃんの援護があるからってこれは――」

結城は得物に付いた血糊を払いながら、苦々しく戦場を見渡す。

殺しても殺してもわきだす様に現れるエネミーに、柄創師達は苦戦していた。

さすがに連戦では堪える。なにしろ、そこまで柄創師は人数が居ないのだ。謎の集団もまたそうなのだが、しかし苦戦している様子は見せない。どころか常人外れの動きを見せてあの悪魔のエネミーを追い詰める様に攻撃をしている。

彼等は敵なのか、味方なのか、いまだに分からない。

それでも戦い続けなくてはならない。このままエネミーが増え続けたら、何が起こるか分からない。

だが――。

「結城、引くぞっ!」

柏崎の声に、結城は慌てて味方を探す。

数の暴力に翻弄されながらも柄創師は戦っている。だが、拮抗は徐々に崩れ、このままいけば敗北の色が濃くなっていた。

ミントの『場』は守護。護りだけに特化した完全なる防衛の『場』だ。

今の戦場でもその効果はいたんなく発揮されているが、それでもこのままでは『数』で押される。

「一旦立て直してからだっ」

少しずつ剣のオブジェから離れていく。しんがりは柏崎がいつの間にか担っていた。

ちらりと戦場に残る集団を見て、視線をそむける。

無論、彼等は退く様子はない。

一歩、戦場から遠ざかろうと踏み出す。

影がかかった。

何かが、その後ろに――そう結城は後ろを見て――。


そこに、最悪の翼は舞い降りた。


日が沈む。それは、暗闇の中での戦闘という不利な戦いの始まりを意味している。

しかし、今は……今は、そのようなことを考えている時では無かった。

降り注ぐのは真白の雪。しかし、降りて来た帳に黒く染まる世界に降り立ったのは――不吉を纏った男。

結城が気づいた時、そこにはすでにソレがいた。

ソレとは、黒髪に妙に赤い瞳の男。ニンゲンなのか分からない。

おそらく、人外の化物。

その周囲には凝り固まった暗い闇が集まり、翼の様な物を模っている。

剣のオブジェのすぐそばの宙に、浮いていた。

すでに飛行に対する驚きは結城にはなかった。

それよりも、問題なのは――。

「やあ、ムニエル」

気軽に悪魔のエネミーに声をかける彼が、誰の敵なのか――

「……ヴィオルール? なぜ、ここに? いや、ちょうどいい……このままでは、『ティアロナリア』が――」


――誰の味方なのか。


「残念だけど、ムニエル」


――なぜここに現れたのか。


「ヴィオル?」

ムニエルが、彼に近寄ろうとしたその動きを止める。

ヴィオルールと呼ばれた青年に、危険を感じたから。

その纏う闇の中に狂気を感じたから。

しかし、一番の理由は、彼のその手に――ムニエルへ向ける剣があったから。

「死んでくれないか、サンテラアナの使い『ムニエル』」

歪んだ笑みが広がる。

三日月の口元が、嫌に目につく。

「……また、繰り返すんだね……ヴィオルール。ほんと、苦労性……ばかなやつ」

牙をむくエネミー達をあしらいながら、ムニエルはその上空にいるヴィオルールに視線を送る。

その目には、侮蔑や軽蔑はなく、ただ憐れみの感情だけが映っていた。


高層ビルに囲まれた町の中。彼等は対峙する。

周囲は既に暗くなり、どうにか電気が通っているらしい町中には幾つもの電灯が灯る。

無機質な灯りはエネミーと柄創師達の戦いを虚しく浮き上がらせていた。

対峙するムニエルとヴィオルール。最初に動いたのはムニエルだった。

その理由は、彼を必要に狙う人間――結城達とは相容れぬ様子で戦闘を行う謎の集団からの攻撃だった。

発砲音と共に銃弾が放たれ、それが炎を纏った。

暗い周囲を明るく照らすその一撃に、結城は撤退を忘れて見いってしまう。

「な――なんだ、あれは?」

見たことが無い。あれは、いったいなんだ?

『場』の効果? いや、そんなはずがない。そんなこと、ありえるはずがない。

なぜなら、今『場』を創っているのは結城の良く知る女性なのだ。

あのミントが守りを捨てて攻撃に力を裂くとは思えない。

炎を纏った弾丸は、ムニエルの肩を引き裂き、その炎は肌を燃やす。

痛みに顔をしかめた彼は、ひらりと二弾目、さらに続く三弾目を避け続ける。

それだけならば彼だけでも対処できただろう。しかし、そこにエネミーが姿を見せる。

飢えた獣の様に、いや、実際獣であるエネミー、フェンリルがそのしなやかな俊足を持って翼をもつと言うアドバンテージを持つムニエルに飛びかかる。

それをひらりと宙を回転して避けるが、さらに死角から蛇の様な外見のエネミー、バアジリスクがその牙から猛毒を滴らせて襲いかかる。

一瞬動きを止めたムニエルは、その手をバジリスクに向けると何かを放った。

魔法――そう言うしかない何か。

悪魔と言うには神々しい光の波動。現代的に言えば、ビームの様なモノがバジリスクにむかって放たれ、その胴体を二つに分ける。そのままソレは移動し、近くに居たエネミーを分断して一掃する。

血痕が地面に飛び散った瞬間にそれは蒸発していく。死んだエネミーは消滅する。その消滅はそこにエネミーがいた痕跡すら残さないのだ。

それに目をくれず、ムニエルは戦闘を続行する。

巨大な槍を振るう。その残撃は光の軌跡を描く。あまりにも美しいそれは、まるで魔法を纏っているかのようだった。

いつの間にか、ムニエルの動きに、その戦闘に、思わず見いってしまっていた結城は肩を誰かに叩かれてようやく正気に戻る。

「ユウキ、大丈夫か?」

「は、い……あの悪魔は……エネミーは……」


敵では無いのかもしれない。


エネミーを躊躇いもなく殺していく。


敵なのかもしれない。


それとともに、周囲に居たあの謎の集団を魔法のようなもので吹き飛ばし、一人、またひとりと減らしていく。


分からない。

にやにやと不快な笑みを浮かべながらあのヴィオルールと呼ばれたエネミーらしき青年は未だに宙に留まっている。


「ぐずぐずするな、退くぞ!」

柏崎の声に、結城はその止めていた足を動かした。

しかし、それもすぐに止まることとなる。

近くの壁に、何かが激突して破壊する。それは、黒いぼろ雑巾のように見えた。

しかし、違う。瓦礫となった壁に打ち付けられたのは、あの悪魔のエネミーだ。

彼は、蒼い瞳を爛々としながら、傷だらけとなった服の埃を払いながら立ちあがった。

周囲にはエネミーもあの謎の集団もいない。

その目は、自然と結城達の元へ向けられる。

思わず身構えた結城を一瞥すると、彼はなにも言わずに翼を広げて飛んでいく。

向かう先は、彼を吹き飛ばしたエネミーの元だ。

その彼とは逆方向へ、結城は退いて行く。何度か後ろを振り返りながらも……。






町に霧がたちこめている。雪と共に、不可思議な霧が。

乳白色の視界だが、不思議と遠くまで見渡す事が出来た。しかし、そこを彷徨うエネミー達はどこか困惑した様子で町中を彷徨っている。

それが、『場』の能力だった。

「エネミーにのみ視界を阻害する霧、か。こんな使い方があるなんて……ふふ、面白いねぇ」

「もともと、考えてはいたものだけど、初めてだから上手くいくとは限らなかったんだけどね」

面白そうに周囲を見渡す桐原に、梓月はたんたんと答えた。

霧は無数の細かい水滴、水であり、雨と同じようなものだ。時雨日和は雨を操る『場』。それの応用である。

梓月がいるのはアルカディア対策本部の情報統括室、久留橋たちが詰めている一室だった。

そこに連れて来た溝呂木はすでに外に出てエネミーとの交戦中である。彼が来たのは単純明快な理由で、梓月に空操師として『場』を創って欲しいというものであった。

部屋一面に広がるディスプレイには町の至る場所からの映像が送られてきていた。

その映像の一つ一つを見ながら梓月は『場』を操る。町を彷徨うエネミーを探し、近くの柄創師に情報を伝えていくオペレーター達の傍に混じっていた。

梓月が外に行けば護衛が必要となるだろう。唯でさえ柄創師は少ないというのにそのような事は出来ない。それに、各所からの映像を見て援護をすることもできる。そのために梓月は本部にいるのだ。

なぜ桐原がいるのかとちらちらとオペレーターからの視線が飛んでくるが、そこは無視をしている。

「他に空操師は居ないんですか?」

梓月が溝呂木に聞くと、彼は困った様に笑う。

「ここだけでなく、全国各地でゲートが現れ、エネミーが出現しているんです。数人、いちおう控えの空操師は居ますが、大規模な範囲での戦闘では使えない能力の『場』ばかりなので……。現在唯一エネミーと複数回交戦したことのある控えの空操師は白野さんくらいしかいなかったんですよ」

溝呂木――ではなく代わりに久留橋が答えた。

柄創師にしても空操師にしても、そこまで人数がいる訳ではない。そのために梓月はかりだされていた。

絶え間なく流れる映像の中で、ちらりと梓月の見覚えのある顔が見える。

――矢野冬真。知らない青年と共に避難中の住民の近くで、襲ってくるエネミーと戦っていた。

ただ、その手に在るのは何時もの槍では無く小さな拳銃だ。

「……あいつ」

そういえば、柄を没収されていたとか言っていたか。

最近の事を思い出していた梓月だったが、『場』の異変に気づいて口を開いた。

「この本部に一番近い柄創師は?!」

「え? あ、オレがここに――」

「本部にエネミーが三体接近中。おそらく、ここを狙ってる」

思わず飛びだしてしまいそうな衝動を抑えながら、梓月は近くの映像が無いか探し――、見つけた。

「これは――ミノタウロスです!」

言わずと知れた、牛の頭を持った人間の様な化物――ミノタウロス。その大きさは人間よりも大きく、周囲の住宅から比較するに二メートルほどと推定される。

そこまで大きいエネミーではない。が、その恐ろしさは大きさで決まるものではない。一体のミノタウロスによって襲撃部隊が全滅した事は教科書にも載っているほどだ。

そして、その後方。一本外れた道には、翼のない二足歩行をするドラゴンの様なエネミーが確認される。

「後方にはリザードマン、どうやら二体いるもよう」

リザードマン――竜人とも呼ばれるエネミーだ。だがその大きさはミノタウロスよりも巨大。四メートルを軽く超えている。

「くそっ、こんな時にっ」

「このあたりには柄創師二名居ます。が、上位エネミーのミノタウロスとリザードマンに二名では――」

「オレがでる。あと、数人はまだ本部に居るはずだ」

近くにあった上着をひっさげ、溝呂木が足早に部屋を出ていく。

「上層部から、待機柄創師の呼び出し許可が下りましたっ、避難所に連絡を」

様々な情報が行きかう。

ただ、『場』を創るだけの梓月には、それを聞いていることしか出来ない。

「三体……か……」

故に、話を聞きながらも映像を見ていた。

三体、という数字に疑問を持っていたのだ。

『場』の索敵は完全ではない。が、かなりの精度を持っている。

今回、本部の近くを彷徨っているエネミーは三体。しかし――

「あと一体は……?」

「どうしました?」

「あと一体。気配を感じるのに、見つからない」

このあたりに居ることは分かるが、近くには居ないために具体的な場所が分からない。

「……上空にいるか、ビデオの死角、もしくは小さいために捕捉が出来ないのかも知れません。溝呂木さん、聞いていましたか?」

つけたままのマイクに呼びかける。

『了解、りょうかい』

先ほど部屋に出ていったばかりの溝呂木の声が応答した。

「このままでは柄創師が合流する前に本部に接触しますっ」

そう、オペレーターの一人が叫んだ時、映像の一部に溝呂木と他数人の姿が映った。

これで――。


衝撃が走った。


「えっ?」

揺れた床に、思わず数人が手をついた。

周囲の映像に揺れはない。この、建物が揺れた。

「なんで……?」

思わず、声を出す。

いつの間にか、この建物内にエネミーが侵入している。

そんな筈が無い。だって、今どれだけ探しても映像はないから。

しかし――いる。

確かにいる。

途を彷徨っている。

どこから侵入したのか、なぜかかなり上の階だ。

飛んで入った? だからここまでの道のりで映像が無かった?

だといても、アルカディア対策本部の中ではそうはいかない。

そもそも、あの揺れが侵入の為のだとしたら、そうとうの大きさだったはずだ。それなのに、姿は――視えない。

破壊された壁が映し出された。

そこには土煙と空いた壁から見える空だけが見えて居る。

突如、映像が巻き戻される。さきほどの揺れが起こった時間だ。

まき戻っていく。壁が、もとの白い壁へ。

全ての瓦礫が、破片が、元通りに。

そして――再生される。

「なにも、いないっ?」

「いや、違います。これは……おそらく、私達は……エネミーが見えていない」

なにかの足跡が、つく。

瓦礫の破片と砂で汚れた床に。

しかし、その姿は見えない。

「姿の見えない、エネミーだっ。はやく検索にかけろ!」

慌ててエネミーの種類を、名前を調べる音が響く。そのなかで、だれかが、ぽつりと呟いた。


「あそこって、たしか――学園の生徒がいましたよね?」





揺れ。

突然の衝撃に、思わず壁に手をついて耐える。

すぐ近くで音が聞こえたような気がした。

「なにが……」

ずいぶん前、突然アルカディア対策本部は騒がしくなり、自分は置いて行かれていた。

いや、おいて行かれたと言うより、かまってられなくなったのだろう。

そう、陸は判断する。が、そこから逃げられない。

ご丁寧な事に、騒がしい中でも職員がしっかりきっちり鍵をかけていったからだ。

先ほどの揺れがなんなのか、今の陸には分からない。

というよりも、考えたくない。

おそらく、自分の考えている通りだとすれば、それは――何かが殴られるような音が響いた。それとともに、目の前で鉄製の扉が変形する。なにかがぶつかったような跡に。

メキメキと音を立ててさらに歪んでいく。

「いやな考えって、どうして当たっちゃうのかな……」

金属の扉が、飴細工のように形を変えていく。その間から、廊下の壁が見えた。

誰もいない?

そんなはずはない。

確かに今も音を立てて扉が壊れているのだ。

目を疑いながら、陸は冷たい壁に後ずさりをした。

手元には何も無い。いつも持っていた柄も回収されている。

おそらく、この現象はエネミーによるモノだろう。どうやら、姿を消すか念力の様な能力を持っている面倒なタイプの。

音を立てて扉がひしゃげていく。

それに対して、陸は唇を噛みながら見て居ることしか出来ない。この部屋に、逃げ道はないのだ。

このままでは――。

それを止めるかのように、何かが吹き飛ばされて壁にぶち当たる音がした。

扉の破壊が止まり、一瞬沈黙が下りる。

何が起こったのか、見えない為に陸はそろそろと扉に近寄った。

これで、実はまだエネミーが近くで待ち構えて居ましたなんてことだったら笑えない。

慎重に、一歩、また一歩と近づく。

その目の前で、扉が乱暴に開かれた。

「リク、無事か?」

「え、あ、あの、ロイリエリーヌさんっ?!」

先日、目の前を去っていったはずの女性が、その手を差し伸べて居た。

「すまなかった。まさか、君が捕まっているなんて……やはり、私は本当のことを言えばよか――」

よかった。おそらくそう言いたかったのだろう。が、それを何かが引きとめた。

慌てて回避しようとしたヴァリサーシャの立っていた場所とその肌すれすれに何かがぶつかる。

ちょっとした血が舞った。

それに陸が悲鳴を上げながら、ヴァリサーシャの腕を掴んで部屋の外へ飛び出す。

「どうしてっ、どうしてロイリエリーヌさんがここにっ?! 追われてるんじゃないんですかっ?!」

「……君の友人と会った」

「え……」

「怒られてしまったよ。私はいったい誰なのかと、言われてしまった。君の事を心配していたよ、彼等は……」

呆気に取られる陸の横で、ヴァリサーシャは笑った。

やさしく、その髪を撫ぜる。まるで、我が子を見守る母親の様な……そんな、温かい笑顔だった。

「すまなかった」

「なんで、あやまるんです」

「私が君を巻き込んだ。なにも、教えてもいないのに」

「なら……」

正面に立ち、彼は正体不明のエネミーに襲われている事も忘れて言った。

「教えてください。貴方が何に巻き込まれているのか。どうして戦っているのか、追われているのか……貴方を助けたい」

「リク……なぜ」

なぜ、見知らずの正体不明の女に、そんなことを言うのか。こんな、不審を絵に描いたような自分を、どうして知ろうとするのか、理解できない。

ヴァリサーシャは自分がどれ程不審な人物であるのかを自覚している。それなのに、陸は彼女を助けたいなんて言う。

それに、ヴァリサーシャは疑問を呟いていた。

「理由なんてありません。ただ……貴方を助けたいと思ったから。それに、今さっき助けてもらったばかりですし」

「それは――」

ヴァリサーシャの瞳を捕らえる。腕は掴んだままで、そのぬくもりを離す事をどこか躊躇っていた。

苦悩するかのように彼女は顔を伏せ、何かに気づいたかのように顔をあげると突如その手を引っ張った。

バランスを崩してヴァリサーシャの腕に抱かれるような格好になる。

突然の事に赤くなった陸のすぐ後ろ、彼がさっきまで経っていた場所を何かが通り過ぎる音が聞こえた。

「今は、こいつをどうにかするぞ」

「え? は、はいっ」

何事もなかったかのようにヴァリサーシャは陸を話すと、彼を背に庇うかのように数歩進んだ。その視線の先には何も無い。が、確かに何かがいる。

エネミーは、その姿を消してそこにいるのだ。

おそらく、人間を殺すために。

「こいつは――おそらくインビジブル……空を飛んできたという事は鳥か飛竜かなにかだろう。どちらにせよ、彼等は大抵、攻撃を受けて血を流すとその姿を現す」

「じゃあ、どうにかして攻撃を当てればいいんですね?」

「そうだ。それが、やっかいなのだが……今回は運がいい。どうやらかなり大物らしいからな。的が大きいのは攻撃がしやすい」

そういいながら、ヴァリサーシャは懐から小さな短剣をとりだした。武器はそれだけ。さらに言えば、陸はなにも持っていない。

「さて、どう料理しようか」

それでも、ヴァリサーシャは口元に笑みを灯した。

どれだけ目を凝らしても敵は視えない。壊れた床の破片、砂が周囲に散った細い廊下で、彼等は見えない敵と対峙する。




人々の、不安そうな声が辺りにさざ波の様に広がっていた。

それを聞き流しながら、少年――クロムは妹弟の人数を数えて全員居ることを確かめる。

彼の周りでは、良く似た年下の兄弟たちが固まって、無機質なコンクリートの床に座り込んでいた。

周囲は灰色の壁。エネミーから人々を守る盾だ。場所が地下であるせいか、少しだけ湿っぽい。どこか、壁も黒ずんでいる。

避難所には、人であふれかえっていた。それでも、この町の住人全員が入っても足りるような設計で創られているらしいここは、まだ多少の余裕を持っている。

「ねー、にい。これからどうなるのっ? たたかわないのー? もしかして、リストラ?」

「ねぇ? こゆりねえちゃんは? 最近見ないけど、ふられたの? 我が兄ながらだらしがない」

「おまえら、勝手に言うな。リストラってなんだよ、リストラって。つか、ふられてないしっ!」

「あ、告白する気なかったんだっけ。メンゴ!」

「……お前ら」

好き勝手に言う妹や弟に微笑みかけ、すぱーんと頭を叩いておく。ちなみに、優しくなので音の聞こえだけはいいが叩かれた本人達はクスクス笑いながら逃げまどっていた。

その様子に、暗い中でも少しだけ明るさを取り戻せたような気がした。

場所が暗ければ、心までも暗くなってしまう。そんな言葉を思い出しながら、クロムはあたりを見回す。見知った顔がちらほらいる。学園の生徒だ。

しかし、目的の友人達の……湖由利の姿を見つけることは叶わない。

「……あいつ、どこ行ったんだろ」

どうして、何も言ってくれなかった。

それが気がかりで、クロムは万由里に話を聞こうとしたが、忙しく逢うことすらできなかった。

そろそろ湖由利が転校して一ヶ月になる。問いかけのメールすら帰ってこない。

上を見ると灰色の天井が見える。黒い染みと電灯しかない天井だ。

「ねぇ、にい。なんかにいのこと呼んでるよー」

「ん? なんだー?」

そろそろ夕暮れ時。寝むそうに目をこする妹の呼びかけに応えると、クロムはゆっくりと歩きだした。


その時、彼等は達観視していた。

今まで、何度もあったエネミーの襲来。

そのたびに、彼等は守られていた。

無論、避難に遅れた者や、柄創師が死亡する事はあったが、それはあくまで戦場に立っていたから。しかし、ここは戦場では無い。

すでに、危険な場所から離れた避難所。

これまでも、これからも、ずっと守られると思っていた。いや、確信していた。

なぜなら、今までそうだったから。

故に、この場では明日への不安やエネミーへの恐怖こそあれど、自らの死についての恐怖はまったくといってよいほどなかった。

それほどまでに、守られていた。


何も知らずに眠る赤子の様に。







欲しいモノがある。

その為に歩き続けた途に、いつの間にか……大切なモノがいた。

それに、彼等は気づかない。

気づけない。

気づこうともしない。


それが幸せなのか、不幸なのかは、また別の話。



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