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二重世界の修正4



世界は理不尽で満ち溢れている。




自分のために人を守る世界と自分のために敵を殺す世界。

その根本は、どちらも喪いたくないという願い。

喪いたくないから守る。喪いたくないから戦う。

とてもよく似た、まったく違うベクトルの世界。


それが、無理やり展開されていく。

「――っ」

想像以上に揺らぐ。それに舌打ちをする。

前回とミントの様子が違うせいもあるが、やはり自分が冷静では無いからだ。

落ち着こうと息をついても、目の前の敵に思わず心奪われる。

見たこともないエネミー。でも、この異様な力は知っている。

全部失ったあの時のドラゴンと、同じだ。

だから、負けたくない。喪いたくない。

戸朱はなんで死んだ? 分からない。どうしてなのか分からない理不尽。

でも、目の前のこれは違う。

元凶がいて、それが大切なモノを奪おうとしている。

なら、こんどこそ――守りたい。

「……馬鹿だな」

ようやく、自分の『場』を知る。

この世界は、本当に自分の願いの為だけの世界だ。

ミントとまったく同じ理論で展開された世界だ。


自分が傷つくのが怖いから、誰かを喪いたくない。だから、絶対に勝利をする、絶対に敵が負けて、私達が生き残るなんていう世界が、この『場』だ。

守りたいから、殺す。その為だけに攻撃力だけを求めた結果が、この『場』の能力だ。

でも、守りもないのにどうやって守るって言うんだか。自分の願いに自分でつっこんでしまう。


世界が、変わった。

「私は、誰も喪いたくないから、あいつを殺す」

あの鳥がなんであれ、自分の為に戦う。

誰だって、そうなんだろう。

みんな、自分の為に戦っている。

生き残るため、名誉のため、お金のため。世界の為だとか、他人のためだなんて言う人は言うけど、結局は自分のために世界や他人のためと称して戦っているんだろう。

あのエネミーがどうして戦っているのかなんて分からない。自分のためかもしれない。

でも、そんなことを考えていたら戦えない。

「左近堂」

「えと、なに?」

「こいつの弱点は――水、なんでしょ?」

「そうだけど……どうするつもり?」

「そんなの、こうするつもり」

さらに、世界を変異させる。

それに慌てるのはこの二つの『場』をどうにか安定させようと四苦八苦している冬真だ。

申し訳ないとは思う。が、だからと言って止めるつもりはない。


世界を、変える。

いや、付け足す。


「時雨日和――」


周囲に、雨が降る。

可笑しなことに、服は濡れないし視界も妨げられた様子は無い。

その雨が降るに従い、少しずつ身体が軽くなっていく。負傷していた傷。それはミントの『場』によって癒されていたが、さらにそのスピードが速まる。

戦闘のサポートと回復。それが、時雨日和という『場』の能力。

しかし、それでもなお、影は世界に蠢く。

「こんなこと、ありなの?」

ミントが、呆然とつぶやいた。

有りか無しかの前に、出来たんだから仕方ない。

影を操りながらも、そのどこから降ってくるのか分からない雨を見上げる。

「死乃絶対完結理論と時雨日和が、存在している……のか?」

まるで、一人のハーモニクスだ。

今、この戦場に四つの『場』が創られている。

ありえない。以前なら、絶対出来ないって笑い飛ばしていただろう。

でも、出来た。

思わず、嗤ってしまう。

「あとは、柄創師だよ」

これ以上、私は何もできない。

いや、影による支援くらいなら出来るか。

思い立ったらすぐに実行。

影を創りだすと、鳥からの攻撃から身を守る為の盾、そして攻撃のための矢へと変化させていく。

「白野さん」

「……なに?」

声をかけてきたのはリクだ。珍しい事に。

ミントはなにやら呆然自失っぽくなっているし、トーマは必死になって『場』を創っている。

ほかの柄創師達は呆気に取られた様子でこちらを見て居た。

「ミントさんに他の人達の守りだけに集中してもらって、君はあの鳥の動きを止めて」

「……動きを止めればいいの?」

「うん。動きを止めてもらえれば、どうにか出来るかもしれない。そろそろ、準備も出来た頃だろうし」

「……?」

リクの考えがそこまで分からないが、とにかく信じる。

自分が誰かを信じるなんて珍しいことだと思いながら、あのエネミーを見上げた。

最初こそよろよろとしていた鳥だが、なぜか少しずつ動きがしっかりして来たような気がする。

動きを止めることなく、周囲を旋回し攻撃を周囲にまき散らしている。

「了解――それくらいなら、できる」

空操師の『場』によってエネミーを傷つけることは難しい。しかし、それでも、動きを止めるくらいなら。


世界を変えよう。

この願いによって創られた世界を。

暗い影を纏めて、この雨を纏めて。


鳥の飛ぶ速度が突如落ちる。

その周囲に張り巡らされていたのは蜘蛛の巣のように広がり、動きを阻害する影によって創られた糸だ。

煩わしいとばかりに水晶を飛ばしてあたりを攻撃する。しかし、それはすべて光の盾によって防がれた。

ミントの『場』が、地上の私達を守る。

無論、柄創師達は守られてばかりでは無い。

落下しかけ、地上に近づいたエネミーを虎視眈々と狙い、待っている。

梓月の『場』によって攻撃力をあげられている。それが、今まで防戦の一方だった戦局を覆した。

しかし、それも最後の一手にはならない。

足りない。勝つためにはあの鳥の翼をもがなければ、地上に堕とさなければ、決定打とはならない。

だから――。

「時雨日和――狐の嫁入らず」

周囲の雨が止む。

そして――梓月の周りで水が跳ねた。

濁流の如く、まるで水竜の如く、その周囲から水が渦を巻いて飛行するエネミーに向かう。

それは、すべて梓月が操っている事象。

降り続いていた『場』によって創られた雨を操り、攻撃に転ずる。

降り注ぐ癒しではなく、全てを薙ぎ払う力に。

「いけええっ!!」

エネミーと『場』が正面からぶつかり合う。

激しい水しぶきによって、エネミーの姿が隠された。

そして、何かが堕ちる音。砂煙。

もともと、水が苦手だと言っていた時から、こうしようと思ってはいたが本当に効くかは賭け。

梓月達は、そっとその堕ちた辺りを見て居た。


そして、煙が晴れた時、居たのは――黒い翼の様な影によって全身を刺し貫かれた、エネミーの姿だった。


「え?」

あれは、なに?

誰も、それに答えられない。分からない。

分からないのだから、答えることが出来る筈が無い。

エネミーが消えるとともに、『場』も消えて行く。

ただ、彼等は消えて行くエネミーを見て居ることしか出来なかった。

いや――一人だけ、走り出した柄創師がいた。

「お、おいっ、陸っ?!」

冬真が止めるのも聞かず、彼はエネミーに向かって走っていく。

思わず冬真はそれを追いかける。友人が走っていくその後ろ姿に、一抹の不安を感じたからだ。

「あ、ちょっとっ」

その後を、梓月まで追いかける。

無論、子ども達が走っていくのを、ミントは黙っていられるわけが無く。

「ちょっと待って下さい、みなさんっ!!」




黒水晶の鳥――正体不明のエネミー。

それが地上に堕ちた時、一番傍で見て居た女がいた。

堕ちて来るソレを、地上で影の凶器を創りだし、待ちかまえる女がいた。

あたりには人よりも大きな瓦礫の山が積み上げられていて、どこに誰がいるのかはよく解らない。おそらく、彼女がそこにいることに気づいている人はいないだろう。

エネミーが堕ちる。

それによって地面が揺さぶられ、あたりには砂煙がたった。

しかし、女はなにも動じない。

ただ、影の凶器によって貫かれた――知人を見て居た。

「こんな世界で人間達に殺されるのは、きっとプライドの高い君だから許せないと思うんだ――ねぇ、ミリアルズ」

そう、優しく声をかける。

目の前にいるのは、黒水晶の巨大な鳥だけ。

玻璃が弾けるようなおと共に、黒水晶が砕けて逝く。全身がひび割れ、修復できないほどの割れ目が創られていく。

『ああ、そうだ――愛しいヴィオに、何も残せない――だから――』

誰かの、声。

それが女の耳に届く。

『だから――せめて――途を』

かすれかすれの声が、何かを言いかけて消えた。

そのまま、エネミーも消えて行く。

砂の様に身体が風化し、風に乗って何処かへと運ばれていく。

それでも、幾つもの水晶のかけらがそこに残された。

光に煌めく水晶がそこらじゅうに溢れている。それは、どこか幻想的な光景だった。

「ロイリエリーヌさんっ!!」

たそがれるように立ちつくす女に、声をかける少年がいた。

慌てた様子で駆けよって、目の前の現状に息を飲む。

「さっきのは……」

貴方がおこなったモノなのか。それが、彼には聞けない。

聞こうとして口を開いて、何も言えずにまた閉じる。それを繰り返そうとして、ヴァリサーシャ・ロイリエリーヌは笑って手で止めるようにと示した。

「リクは優しいな」

そう、眼を細めて彼を眩しいモノを見るかのように見ていた。

その言葉はまるで最後に言い残すような雰囲気があって、思わず陸は手を伸ばす。が、その前に冬真と梓月、ミントが追いついてくる姿を見て、ヴァリサーシャは慌てて瓦礫の山に紛れて姿をくらまそうと走りだす。

「ロイリエリーヌさんっ!!」

その後を、困惑した様子の陸が追おうと走りだした。

途は瓦礫だらけで酷く足場が悪い。その中を、慣れた様子でヴァリサーシャは走っていた。

彼等の様子に慌てたのは、さらに追いかけて居た冬真達だ。

ようやく追いつきそうになった途端、またもやどこかに行こうとしている。

「おいっ、陸っ!!」

冬真がさらに追おうと足を速めた時――異変は起こった。


あたりに残されていた黒水晶が蠕動した。

耳なりの様な音がそこから漏れて瞬間、全てが四散。

黒水晶の全てが、一斉に壊れたのだ。

冬真、梓月、そしてミントはその現象に思わず足を止める。止めざる得なかった。

ゲートが開いたかのように、空間が歪む。

ゲートが開いている場所に更にもう一つのゲートが開く? そんな話、聞いたことが無い。

実際、開きはじめたそのゲートは、普通のそれよりも歪で――なにより美しかった。

「どういう、ことですか」

普通、ゲートが開いたとしても中は闇に閉ざされていて何が居るのか分からないモノだ。だというのに、歪に開いた空間が素の全貌を表すにつれ、中の闇が晴れていく。

どこかの樹海――第一印象はそんな様子だった。

住宅で埋め尽くされたこの町では一切見ることのできない、自然の風景。それが、外から窺う事が出来た。

まるで世界が違う。

こことは違う世界、エネミー達が現れるゲートの向こう側……アルカディアと呼ばれるゲームの世界が、目の前に広がっている。そう、確信する。

それほどまでに、そこはこの世界とは何かが違ったから。

「これは……」

「ちょっとっ」

トーマが不用意に近づこうとするのを止める。

中が見れるし、何も居ないように見える。としても、何が在るのか分からない。

「お前、気にならないのかよ」

「気になる以前に、何があるのか分からないだろ」

「だからって、虎の穴に入らないとどうのっていう言葉もあるだろ」

「……虎穴に入らずんば、虎児を得ず」

「そう、それ」

「……」

こいつ、馬鹿だ。そう、視線を明後日の方向に向けてため息をつく。

ゲートが開いてから十年くらいたっていると言うのに、未だに原因も何も分かっていない意味不明なこの現状。教授だか何だかの専門的な人が来るまで待っているのが普通だろう。

まあ、この向こうにエネミーがいたのなら、躊躇わず覗きに行ったかも知れないけれど。

「……風が、出てきましたね」

突然、それまで無言だったミントがゲートを見ながら言う。

風なんて気にとめて居なかった。

その言葉を聞いてなんとなく風が強く吹いている事に気づいた。

追い風で、いつの間にか髪が前になびいている。

「ゲートに向かって、吹いてる」

いや、ゲートが風を吸い込んでいる?

そんなように感じる。

そんな中で、ミントがなぜか一歩前に出た。

「虎穴に入らずんば、虎児を得ず。矢野君のいうとおりですね」

「は? え、ちょっと、まさかっ」

「先ほど、白野さんも言っていたじゃないですか。自分のために、私達は行動すると。私は、自分のためにこの先に行きたい」

「……」

このままこのゲートを放置して研究チームを待っていたら、何が起こるか分からない。

実は、エネミーが潜んでいるかもしれない。なにかしらの不測の事態が起こるかもしれない。

それが、誰かを傷つける結果に繋がるかもしれない。だからだ。

「一本取られたな、白野」

「うっさい」

すたすたと一人でゲートに向かうミントに、冬真は意気揚々とついていく。男子だからこういうの好きなのだろうか。

「ああっ、もうっ」

なんだっていうんだ。

いつの間にかミントは私達を囲むくらいの極小規模の『場』を創りだしている。そして、冬真は既に自分の武器を最適化させて片手に持っている。

このままでは取り残される。まあ、それでもいいのだが、とりあえず彼等について行く事にした。


ゲートに近づくにつれ、その異常性に思わず逃げたくなる。

なにか、嫌な気分なのだ。

ここから逃げ出したい様な、そんな気分になる。もしかしたら、エネミーが居るのかもしれない。

「ミントさん……」

トーマが思わずミントに声をかける。

「エネミーは、このあたりにいません。ですが、なんでしょう……これは……」

普段のゲートとは、何かが異なる。

もちろん、出現の仕方もおかしかったし、なにが起きても不思議ではないけれど。

触れそうなぎりぎりまでミントはそこに近付き、足を止めた。

さすがに、中には入らないだろう。そう思いたい。


『ああ、ようやく』


――ようやく?

誰かの声が中から、聞こえる。

いや、本当に中から聞こえているのだろうか。

「は?」

ミントとトーマにも聞こえているらしく、同じく不思議そうにあたりを見回して声の主を探そうとする。が、そんな時間、私達にはなかった。

突然ゲートが広がったのだ。

まるで、こちらを呑み込むかのように。

思わず目を閉じて――光を感じて目を開けた時、そこに在ったのは先ほどの風景。木々に囲まれた空間だった。

前にも後ろにも出口はない。ただ、樹海が広がっている。


『ようこそ、『アルカディア』の奏者たち』


また、その声が聞こえて来る。

今度ははっきりと。

優しげでいて、儚い。そんな女性の声だ。

「誰、ですか?」

ミントが私達が近くにいることを確認しながらミントは姿を見せない彼女に向かって問いかけて居た。

『本当に、ごめんなさい』

「あ、あの……」

こちらの声が聞こえて居るのか、居ないのか。困惑するミントなどそっちのけで声だけが一方的に響いて来る。気にくわない。

『こうしている間にも、世界は変容していく』

その声と共に、誰かの声までも聞こえて来る。しかし、その声は不鮮明で聞こえてこない。

どうやら、かなり遠くで誰かが集まって会話をしているようだが、良く解らない。

『そして、何もできない私は貴方達に託すしかない』

すぐ後ろで、その声が聞こえた。

それとともに、誰かが樹海を奔ってくる音まで聞こえて来る。

三人が四人か、何者かがここへと向かってきている。

『アルカディアを、この世界を、どうか――』

どうか――なに?

それを聞く前に、誰かが叫んでいた。


「レイムリア様っ!!」


『ロ、ローズ、マリア?!』

初めて、その声に焦りの表情が感じられた。

音はもうすでにすぐ近くまで迫っている。

それにつられて、思わず後ろを――見た。



そこにいたのは、紅の騎士だった。

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