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知らぬことを知らぬこと 3


その戦いはあまりにも異端な戦いでした。

ブラックドラゴンとキュウビ――エネミー同士が殺し合う。

そんな姿を一度として見た事は無かった私たちには、あまりにも異常な事でした。


「報告に合った通り、本当にエネミー同士が戦っているようだな」

斑目さんがそう言って戦いの様子を見守ります。

その横では万由里さんが待機。ガーメントさんは違う場所に行っています。

他、到着した柄創師の方々があたりに待機して、ブラックドラゴンとキュウビの戦いを見張っています。

この戦いがどのような終わりを迎えてもすぐに対応できるようにです。

そのブラックドラゴンとキュウビはこちらの事など意に介さず戦い合って、いえ、殺し合っています。

キュウビがドラゴンの喉笛を狙い噛みつけば、その巨体に向かってブラックドラゴンは炎のブレスを吐く。翼を広げたブラックドラゴンに、キュウビは狐火を出すとその鱗におおわれた身体では無く顔面を焼き、その炎からドラゴンは逃れるように地上に不時着すると地面に転がる。あたりの建物は崩壊して、私達は手も足も出せない状況です。

ブラックドラゴンは三階建ての家一軒ほどの大きさに対して、キュウビは少し大きめの屋台ほどの大きさです。しかし、その体躯差をものともせずにキュウビはブラックドラゴンに立ち向かっていきます。

その必死さ……自らが死んでもかまわないというような捨て身の攻撃まで行い、ブラックドラゴンを追い詰めます。

そう、ブラックドラゴンはキュウビに追い詰められているのです。

「……このままだと、勝つのはキュウビか」

「しかし、このままでは……」

ブラックドラゴンが尾でキュウビを薙ぎ払う。その攻撃を受けてキュウビは吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。コンクリートの破片がそこらじゅうに飛び散りました。

それが落ち終わる前に、キュウビはドラゴンにまた立ち向かい、体当たりを喰らわして……倒れます。

「共倒れ……」

万由里さんが冷静な一言を。

そうです。

彼等はこのままではきっと……共倒れとなるでしょう。

それにしても、彼等はなぜこんな事を。

どれだけ考えても私には分からない事です。

私はただの空操師で、教授の様に研究をしている訳でもなんでもないのです。

だから、今はただ……見守るだけです。


そして、遂に決着は訪れました。

私達の予想した通りの結末が……。

ノドブエを噛み切られたブラックドラゴンがもがき、そこらじゅうに転げまわりました。

キュウビはその最期の瞬間を見終える前に全てを無視して駆けだします。まるで、何かを追いかけるように。

ブラックドラゴンは止めとばかりに待機をしていた柄創師によって息の根を止められます。

少しずつ消えて行く身体。砂のように消えて逝き……どうなるのでしょうか。

彼等は、この世界で斃れたエネミー達は、死ぬと消えてしまいます。なぜ、消えてしまうのでしょうか。

私は宗教をしてはいません。魂だとか、神様だとか、信じてはいますが漠然としたものです。

しかし、信仰をしていない人でも死後は冥府に下るのだとか、冥界で裁きを受けるのだとかの話を聞いて育ちます。そう、死後は神によって裁かれて転生をするのか、楽園へ至るのか、罪によって地獄に落ちると言うのです。

だから、私もまた、人の死後は天国とかに逝くのかと思っていました。なら、彼等は?

エネミー達はどうなるのでしょう。

「……あ、れ?」

消えて行くドラゴン。その後、なぜかゲートの閉まる気配がしました。

ゲートは大抵、エネミーの討伐後に突如消えて行きます。

しかし、今回はまだキュウビが残っています。なのになぜ?


嫌な予感がします。斑目さんにアイコンタクトをすると、キュウビを追って走りだしました。その後ろを万由里さんと斑目さんが続きます。

「どうした」

「ゲートが……もう少しで消えます」

「なら、キュウビが死んだのか?」

「いえ。まだどこかへ向かっています……?」

その先に、何かがいるのを感じます。

本当に小さくて、キュウビという大きな目標がいるせいで気づかないほどの。

おそらく、今までキュウビとブラックドラゴンのせいで分からなかったのでしょう。

しかし、一体……エネミーだとしたら、私の『場』の索敵能力から察知されないようにしていたと言う事。

「まさか……」

そんな事、ありえない。なんて願いながら目的地に向かいました。



目的の場所には呆気なく到着しました。

キュウビとそれの位置はあまり離れて居なかったのです。

そこにいたのは小さなキュウビ。そして、それよりも何倍も大きなぼろぼろのキュウビ。

親子……でしょうか?

「ミントさん?!」

「矢野君、グリセルダ君っ?!」

なぜ、彼等が?

声のした方を見ると、やってしまったという顔をした陽香と驚く矢野君、そしてグリセルダ君がいました。……一応、近くの避難所に向かったはずなのに此れはどういうことでしょうか。

「陽香……あなた……」

「ち、違う! た、たまたまエネミーと遭遇してだな……」

何が違うのでしょうか。

明らかに動揺している陽香には後で少し話を聞かなくてはならないでしょう。

しかし、そんな事にかまっている暇などありません。

キュウビがこちらを威嚇して子どもをかくまうように後ろに隠します。

その姿は見ていて痛々しいものがありました。なにしろ、先ほどまでブラックドラゴンと死闘を繰り広げていたのです。

「子どもを、守るため……?」

その為に、このキュウビは格上のドラゴンと戦っていたと言うのでしょうか?

それは彼等と意思疎通の出来ぬ私では……


『是』


「え――?」


『口惜しや』


声?

少しお年を召した様な、それでいて若い様な、年齢の分からない声が、聞こえてきました。

それは、どうしてか――キュウビから発せられたような声のような気がして。

「貴方は、私の言葉が分かるのですか?」

矢野君とグリセルダ君が驚く声が聞こえてきます。

それはそうでしょう。エネミーと意思疎通が出来たことなど一度もないのですから。

金の瞳が私の顔を捕らえました。

『……是』

その目は、怨むように。憎しみの込められた視線に、思わず下がってしまいます。

『口惜し。……だが、託すことしか出来まい』

「え?」

託す?

忌々しげに見つめてくるキュウビは、そう言うと子狐を咥えて、目の前に落します。

『我はもう、永くはあるまい』

「……は、はい」

『異国の民。とく早く、この童を狭間に』

「狭間……?」

そう言っている間に、キュウビは少しずつ……足元から消えて行きます。

狭間とは一体何のことでしょう?

ふと考え込んで、はたと気づきます。

それはおそらく……ゲートの事では無いのでしょうか?

この世界とアルカディアを結ぶ「門」。それを狭間と言ったのではないでしょうか?

『同朋が……帰還を待っている』

そう言って、キュウビは空を見上げて咆哮を上げます。

『嗚呼、口惜しや。この異国。アルカディアの姫の元に至ることなく死ぬとは。このような元凶共に預けるなど。口惜しや……このような場所で、果てる等……嗚呼……呪ってやりたい……貴様等を……鏡を壊し、理を壊し、我等を……同朋を殺す貴様等を……だが……きっ、と……姫は、望まぬの………だろうな……』

もう、頭と胴が少し残る程度。どんどん消えて行くキュウビに、子狐は不思議そうに顔を傾げます。

今、何がおこっているのか、まったく分からないのでしょう。私だって分かっていません。

ただ分かるのは、エネミーが私達と接触し、言葉を話し、このエネミーを託したと言う事だけ。

「ミント」

陽香が完全に消えてしまったキュウビのいたはずの場所を見ながら名前を呼んできます。

「……『場』が、もうすぐ消える」

ゲートが、消えていくから。

「分かってます……」

このまま考えて居ても意味はありません。

斑目さんと万由里が何かを言いたそうにしていますが、今は待って下さい。

ここから少し離れた場所にあるゲート。そこまで、この子狐を運ぶまでは。

心持、心細そうなそのキュウビのこどもを抱き上げると、ゲートへと走りだしました。




このような空の下で果てたくなかった。

このような神の居ない場所で消えたくなかった。

このような同朋の眠らない場所で死にたくなかった。


嗚呼

ここは遠い異界だ

見守る者は敵

見送る者は郷


せめて、あの空の下で

あの神に見送られ

同朋等の眠る場所で

……逝きたかった


声なき嘆きが風に乗って世界を巡る。

悲しみに彩られた念が広がって逝く。

それは、眠りにつく彼女の最期の抵抗。

この世界と元凶への。

そして……異国へとそれは届く。


嗚呼、彼女は死んだのか、と――。







私がそこについた時、それは消える直前でした。


黒い歪――ゲート


世界が歪んだのではないか、壊れてしまったのではないかと錯覚してしまう黒い門。

人によっては亀裂の様だと言い、またある人は穴だと言います。

どちらにせよ、まだ私達が解明できていない異常。それがゲートという物です。

地上から一メートルほど離れた場所、出現時よりも小さくなったそれは在りました。

「どうにか……?」

消える前についた。

そっと子狐の様子を見ると、どこか元気がありません。

少し強く持ちすぎたのかと慌てて様子を見ますが、よく解りません。

「ミント、どうするつもりだ」

陽香が静かに聞いてきます。

こんなこと、前代未聞。その異常事態に恐い顔をしています。

「とにかく、ゲートに――」

消えかけのゲートに向かおうとした時、それは現れました。

黒いゲートの内側から、誰のものとも知れない手が伸びてきたのです。

大きな、がっしりとした男性の手。

消えかけていたゲートが、少しずつ消失を止めます。まるで、その手が消えるのを止めているような、そんな光景。

「なっ、ゲートから……」

斑目さん、万由里さん、そしてついて来てしまっていた矢野君とグリセルダ君達が武器を構えます。

一体、ゲートの内側にはなにがあると言うのでしょう。

まさか、本当にゲームの世界が広がっているとでも……?

エネミーが現実世界に現れるだけでも異常。さらに、ゲームの世界が現実に存在するなどと分かった日には、どうなることか分かりません。

そしてー、ゲートの奥、暗い闇の底で何かが動くのを――見たような気がしました。


『間に合ったか』


それは、先ほどと同じような声。そう、キュウビの声。

今回はどうやら男性のような気がします。

その声に、何があってもいいようにと斑目さんが私を守るように前に出ました。

さらに、矢野君まで前に出ます。

学生なのですから、後ろに。そう言おうとした時、抱いていたキュウビの子どもが飛びだし、その手に向かいました。


『……死んだか、リト。異国の空に抱かれ。哀れな……』


ゲートの前で、キュウビの子どもは座り込みます。

「お前は、エネミーか」

斑目さんが、静かに聞きました。その目は一片の油断もなく、鋭い眼光でゲートを睨んでいます。


『元凶。我等はエネミー《敵》などではない。強いて言うのであれば、貴様等が我等のエネミー《抹殺対象》』

「……なぜ」

抹殺対象……?

なぜ、私達が?

『何とも白々しや。全ての元凶は貴様等故』

思わず呟いていた疑問に、律義に彼は答えます。

「ま、待てよっ。何が元凶だよっ。おれたちは何もしてないだろ! 一方的に現れて、一方的に殺して来て、なんだって言うんだ!」

「や、矢野君!」

慌てて矢野君の言葉を止めさせようとしますが、もう言ってしまった事は取り返しがつくはずもなく。

重い沈黙が下りました。キュウビは何も言いません。矢野君は陽香と万由里さんによって下げられ、口を無理やり閉じさせられています。

そして――笑いが起きました。

自重気味の、暗い嗤い。

『知らぬのか。我等の嘆きも、我等の悲願も、我等の……理も』

「これまで、こうして、貴方達と接触をすることすらできなかった。私達は何も知らない。この狭間の事も、貴方達がなぜここにきて、我々を襲うのかも。知りたくても、わからなかった」

『知らぬ事は幸福。愚かしき愚行の元。しかし、罪では無い。……愚かな道化は知らぬことを知らぬ者。それは罪で在り、最悪。――同朋をここまで連れて来た、それに免じて告げよう。それが、貴様等の不幸であったとしても』

暗い笑いをぴたりと止めて、彼は一息に言いました。


『この世界()は狂っている。我等を狂わし、狭間より我らを誘う元凶はこの世界の民。彼等は私欲のために我等を貴様らに殺させるために暗躍をしている』

「な、なぜ?」

エネミーがここに来る理由。それが、私達にあると言うのでしょうか。

そんなこと、あるのでしょうか? 私達が、ゲームの中のモンスターをこの世界に呼びこむ、そんな芸当が出来るはず、ありません。

そもそも、なぜ私達に彼等を殺させる? いや、彼等は人間を襲うのだから、私達は抵抗するしかありません。

そもそも、私欲とは一体誰の、何?

『嘆かわしい。鏡を奪われ、異世界に呼ばれ、そして消えることを強要される。我等は、貴様たちを呪う他出来ぬ』

鏡?

彼等の言葉には私に分からないものがいくつかありますが――鏡?

何度となく現れるワード。

どうして、鏡なのでしょう。彼等にとって、どんな意味を持つと言うのでしょうか。

「教えてください。鏡とは? この事態を作りだした元凶は一体誰なのです? 私達はこれを止めたい。あなた達と戦う事を、誰も望んでいません! お願いですっ」

『……姫の鏡を奪った者を貴様らでは分かるまい、我等の神を知り得まい』

神――神とは、アルカディアの神の事でしょう。

アルカディアには精霊アルカディアとその下につく神々がいると聞きます。

しかし、キュウビはエネミー。ほとんどの神はエネミーではなく人間に味方をしていたはず。

なら、『我等の神』とは?

思いつくのは一柱しかいません。

名前の分からない、エネミー達の邪神です。

ゲーム、アルカディアの交錯ではその邪神を復活させるために魔王が蘇るなどのクエストがあったらしいです。

『そして、彼等の事など、異世の事など我らが知り得るはずもない。しかし――』

その言葉を遮るように、銃弾が地を穿ちました。

キュウビの子どものすぐ横。すれすれの場所にそれは着弾し、コンクリートに穴を開けます。

『無粋な真似をする』

「ま、斑目さんっ、こ、これは?!」

さらに、連続して降り注ぐアクト・リンクの銃弾。周りを見ても、誰もいません。

遠い場所から狙撃をしていると言うのでしょうか?

「っつ、何者かが狙撃している。気をつけろ!」

アーカイダは小さな拳銃でしかありませんから、そこまで遠い場所からこうして狙撃するのは難しいはず。それに、アーカイダかグリセルダ君の様な柄か何かでなければアクト・リンクの銃弾は撃てません。

「ちょ、なんだよっ、あれっ?!」

上、空を見上げて一歩下がり、グリセルダ君が何かを言っています。

一緒になって空を見上げると――そこに、炎が在りました。

『あの黒神め……』

その炎はゲートを呑み込むかのように肥大し、そして降り注ぎます。

それは、まるで魔法。

この世界ではありえない法則。

私達は魔法を使うことが出来ない。『場』ならばこのようなことも可能ですが、いまは私の『場』があるために他の『場』はありません。では、誰がおこなったのでしょうか?

他のエネミー?

だとしたら、先ほどの銃弾は一体どういうことでしょう。エネミーが拳銃を扱えるのでしょうか。

もしや、人が魔法を?

だとしたら、それは一大事。世界中でニュースになることでしょう。

しかし今はそんな事どうでもいいのです。

ゲートは炎の中に消え、あの手は――一体どうなるのでしょう。

気になりますが、炎の強さに近寄る事はいささか躊躇してしまいます。

いくら『場』の支援があるとはいえ、炎――魔法かもしれないそれの中に入ることには勇気がいりました。

が――。

「あっ、狐っ」

矢野君が何かに気づいたように走りだします。炎に気を取られ、それを止めることができませんでした。

ゲートに向かって――つまりは炎に向かって走りだした。それは、唐突でなぜなのか理解が追いつかなかったのです。

「や、矢野君!」

私が走りかけると、斑目さんがそれを止め、矢野君を追いかけて行きます。

炎は全てを焼き尽くすかのように、生き物の如く蠢き火の粉をあげていました。





とあるビルの屋上。

立ち入り禁止のその場所に、彼女はいた。

「――任務完了」

無機質な声。

感情のこもらないそれに、答える者はいない。

耳につけられたイヤホンとマイク。

その手にはスナイパーが用いる様なライフル。そして、辺りには身を守るかのように炎が燃えていた。

「あとは……」

赤目の視線の先にはここから少々遠い場所に白い建物があった。

アルカディア対策本部からあまり離れて居ない場所に建てられた、病院。

少女はライフルをギターの入れ物に入れ、あたりの自分がいた痕跡を丁寧に消していく。


それは誰も知らぬこと。

今はまだ、知られることのない暗躍。


炎が消えた後、少女――《紅蓮の魔女》春待(はるまち)はその場を素早く去って行った。



彼女が表舞台に立つ日は、そう遠くない。





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