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そして、彼の物語は閉ざされた

雨が降るのが楽しみだった。

わざと傘を忘れて家を出るのが常だった。

どうしてって、雨が降るといつも父は仕事を早く切り上げて迎えに来てくれるのだ。

傘を忘れた私の為に。

それを母と一緒になって待つ。

昔話や童話、絵本を読んでくれるその時間が好きだった。

家族がそろって、ちょっとした長話をする。

そこに時々来る父の友達と、お話しをするのも好きだった。

それが楽しみだった。




ツンとした消毒の匂いが鼻を突く。

昔は慣れた物だったが、最近は少し苦手になった気がする。

それを気にしない様にしながら歩く。

白い壁と似ている扉に、迷路のような錯覚をしてしまう。病院はどうしてここまで白いんだろう。

「白野っ?!」

今は聞きたくない声がする。

無視して歩きだすと、駆けよって来る音がする。

……振り向くと、案の定彼等がいた。

矢野冬真とクロム・グリセルダ。意外だが、自分は名前を覚えたようだ。

「ちょっと待てよ」

「焦げ臭い」

「……さ、さっきいろいろあってだな」

服が焦げている。

そして、髪の毛も焦げている。

髪の毛が焦げると異常に臭い。近寄りがたい。

なんだこいつは。

「なんで一歩下がるんだよ」

「そりゃ、お前が焦げてるからだろ。まったく馬鹿だよな」

笑いながらクロムがトーマの頭をはたく。

馬鹿って言うな、なんてトーマが抗議をしているが、あまり説得力が無い。

「でもってよぉ、トーマ君。君、焦げ臭い」

「お前、酷いな」

髪の燃えた後のあの言いようのない匂いは好きじゃない。

長い髪がコンロの火で燃えた時なんか、辛すぎて丸一日キッチンを使えなかった。

換気扇フル稼働と窓を開けたにも関わらず、だ。

「しょうがないだろ。火の中飛び込んだんだから」

「馬鹿だよな。そのせいで病院に逆戻り。見舞いから病人に」

「うっせ。それに病人じゃないし」

「で、なんの用」

さっさと用事があるのなら言って欲しい。

急いでいる訳じゃないけど、今はこいつらと話したくない。

そもそも、なんで火の中に飛び込んだんだ。

「お前、どうしたんだよ」

「……なにが」

「だって、ほら、学校休んでるし」

「そうそう。湖由利がうるせえんだよ。まだ病院で寝てるけど……。とにかく、さっさと来いよ。元気そうだし」

そんなことか。だからどうした。

ため息をつくと最初の目的地に行く事にする。

「あっ、ちょっと待てよ!」

後から追って来る男子二人をどうあしらおうかと考えていると、階段から見覚えのある様なない様な男性が下りて来る。

「白野梓月……?」

「……誰?」

「あ、館石さん」

「館石のおっちゃんだ」

「ばかっ、クロム! 一応あれでもちょっとだらしないけどさんづけしろよっ」

「一番酷いのはトーマ君のような気がするのだが」

少し遠い目の彼をよく観察する。と、ちょっとワイシャツがよれていたり、ボタンが取れかけて居たり……たしかにだらしが無いと言うかなんというか。いい年だが奥さん居ないのか。

でもって、館石ときいてようやく思い出す。

元柄創師のアルカディア対策本部の人だ。

初めての実戦の時にあった気がする。あと、何度か擦れ違ったりしたような。

「それより、正体不明の炎の中に飛び込んだと聞いたが……まったく、後始末をするこちらの身にもなって欲しい」

「しょうがないじゃないですか。……狐を助けられたし」

「狐? まあいいが……後でミント君にしっかりとおしかりを受けてもらうからな」

「は、い……」

「やーい」

「クロム君もだぞ」

「なん、だとっ?!」

わいわいと話し始める彼等を無視して歩きはじめる。

彼等は彼らで盛り上がっていればいい。

目的地は少し遠い。何も考えず、無心で階段を上がって行った。


錆びた音。扉がきしみ、開くと風が頬を撫ぜる。

屋上に出ると空は既に暗く日は沈んでいた。

「ふう……」

息をついて歩きだす。

少し一人になりたかった。誰もいない場所でゆっくりとしたかった。

いつの間にか力の入っていた肩を緩める。

涼しい風が、もう季節は冬に入ることを告げていた。

ちょっと、薄着過ぎたかもしれない。

厚めの長袖を着ているにも関わらず、風が冷たく感じた。

上着を持ってくればよかったと後悔しながら柵へと向かう。


俯瞰。


眼下に広がる世界が遠く感じる。

町の灯りが点々とともっている。

どれだけ手を伸ばしても届かない場。

見下ろしていると、自分とあまりにも離れていること事を感じる。

まるで、隔絶されているような気分だ。

ここと、地上はまったく違う場所。そんな気分になってしまう。

手を伸ばせば届くのに、ここからでは遠すぎて届かない。

自分で何を言っているのか分からなくなってきた。

屋上から見る風景は、どこか虚しかった。


『――哀しい?』

哀しくない。

『でも、苦しい』

苦しくなんてない。

『この場から飛び降りれば全て無くなる?』

……。

『でも、貴方はしないのでしょうね』


振り返る。

白い――白い人影があった。

形が定まらない、色もない、影。

暗闇の中で酷く浮いて見える。

「だれ」

そこまで驚く事は無かった。

ソレと会うのはこれで二度目のはずだ。

それでもすぐに逃げだせるようにとあたりを見回す。が、屋上には非常階段とさっきの扉しかない。

ソレはその逃げ道を塞ぐようにその場にいた。

『――――――』

「は?」

聞こえない。

さっきまで聞こえていたはずなのに、その声は聞こえない。

『――気をつけて』

「……なにが」

がたんと扉が叩かれる。

その一瞬。そう、少し扉を見ただけだと言うのにその白い影は、消えていた。

まるで白昼夢だ。今は昼じゃないけれど。

今になって、寒気がする。

さっきのはなんだったのか、分からない。

「あ、いた」

その声で現実に立ち戻る。

さっきと同じ声。まったく懲りないトーマだ。

ただ、クロムはいない。

「……なにさ」

「いや……その……」

何も考えていなかったのか。

「何かあったんじゃないかって」

「?」

「いや……その……」

「……」

はっきりしてほしい。はっきりすっぱり、なるべく早く終わらせてほしい。

……ただ、丁度いいタイミングで来てくれてよかった。

「大丈夫、なのか?」

「だから、何が?」

「オウリュウと戦ってた時、おれ……さ」

「……煩わしい」

まったくもってはっきりしない。

それが苛立つ。

「変われって、お前の事何も考えないで言って、悪かった」

「……」

風が吹く。

「…………とあ兄にも、同じことを言われた」

「え?」

変われと。

このままじゃダメだ、なんて。


…………だから、『場』が創れなくなった?


まだ、誰にも言えていないことだ。

『場』が、創れなくなったなんて、言えない。

一番相談したい相手はまだ目を覚ましていない。

「お、おい、白野?」

「……」

「な、泣くな……よ」

「は? 泣いて、なんて……いない」

慌てて頬を拭うと、濡れているのが分かって思わず顔をそむける。

どうしていいのか、わからない。

誰かに助けて欲しい。

けれど、その『誰か』は今、いない。

「泣いてなんて、絶対に、ないっ」

「強がりだな。分かったわかった。泣いてないんだな、うん」

「うっさい」

もう、黙って回れ右をしてどっかに行って欲しい。

本当に……。

「で、何があったんだよ」

「……」

「理郷さんに何かあったのか?」

「っ、なんで」

「ず、図星?」

勘で言ったのに。なんてトーマは言いながら頭を掻く。

まさか、かまをかけられたなんて。

いや、かまをかけたつもりはないだろうけど、それがさらにいらつく。

「ほんと、何があったんだ?」

気楽そうに聞いて来るトーマが嫌いだ。

「……あんたのせいで」

「え?」

「あんたのせいで、『場』が創れなくなったんだぞ」

「へ? え、マジ?!」

「とあ兄まで怪我して入院してっ、どうすればいいんだよっ」

「……白野」

「みんな、あんたのせいだっ」

それは飛躍しすぎ。

トーマはなんにも関係ない。それは解っている。

けれど――。

「ごめん」

「謝るなよ」

「いや、でもおれのせいだっていっただろ」

「だからって謝るなよ。ばか」

「お前、理不尽だな」

「うっさい」

それは自分が一番よく知っている。





「おやおやおやおや、ミント君じゃないか」

「あら、教授」

ふふふふふとなんとも不思議な笑い方で、いつもの如く教授は現れました。後ろにはリコリスさんもついています。

しかし、ここは病院。アルカディア対策本部の教授の研究室でもなんでもないと言うのに、なんだか可笑しな気分です。

ましてや、病院の待合での事です。

そこに教授がいるだけで研究所の匂いがするような気がします。

「さっきの稜峯君といい、今日はよく人に逢う日だ。……で、どうかしたのかね?」

「はい。先ほど……」

ついさっきあったこと……そう、先ほどのキュウビとブラックドラゴンの異常な戦いとその結末を。

教授ならなにかしらわかるかもしれません。それに、キュウビの言っていた意味も。最後の銃弾、そして魔法のような炎。私では予想のつかないモノへの回答を持っているかもしれません。


「なるほど。面白い」

全てを聞き終えた教授は据わっていたソファから立ち上がるとあたりを歩きはじめます。

周りの人の迷惑も考えずにくるくると周りっていました。……目が回ったりしないのでしょうか?

「それで、中途半端君の火傷の様子を診るためにここに来たのか」

「はい。斑目さんもと言ったのですが、この後にいろいろ後始末が残っていたので……」

本当は怪我の様子を診て欲しかったのですが、『場』によって回復したと言って行ってしまいました。

『場』はそこまで万能ではありません。あまり『場』の回復を過信して欲しくは無いのですが……。

「面白い。所で、中途半端君はなぜ炎の中に?」

「……キュウビの子どもを助けようとしたようです」

「ふむ?」

「少し拍子抜けする話ですが、どうやらキュウビの子どもはゲートに入れなかったようです……」

地上からゲートが離れていたせいでしょう。

それに気づいた矢野君は、炎にまかれるゲートに慌てて駆け寄ったようです。

ゲートはキュウビの子どもとあの手が消えた後、すぐに消滅してしまったそうで、矢野君はすぐに炎から脱出してきました。斑目さんもそれと共に。ひやひやものです。

「後でしっかり説教をしなければっ」

「ミント君の説教か……何とも珍しい」

「珍しい、ですか?」

自分ではそこまで気にしていませんでしたが。

確かに、あまり怒った事は無い気がします。

「ふふふ。『自分』とは、必ずしも自らが一番『自分』の事を知り得ない、と言う事だね」

「そう言うモノですか」

「そう言うモノなのだよ。有名な心理学者も言っている。自分の知らない自分を、他者は知っているとな。さて、リコリス。帰ろうか」

「はい、きょうじゅ」

心理学者、ですか。その話は聞いたことがある様な気がしますが、しっかりと覚えてはいません。

私達空操師は心理状況によって『場』が変わる……空操師の専門家である教授はだからそのような事に造詣が深いのでしょうね。

教授が去り際に手をあげます。リコリスさんは無表情で可愛らしい足取りで教授の後を辿って行きました。

「って、そういえば矢野君はっ?!」

いつの間にかグリセルダ君もいません。

まさか、迷子にっ?!

「……いえ、ありえないはず。彼等は一応仮にも高校二年生……」

「ああ、彼らなら白野梓月を探しに行ったぞ」

「そうですか……って、館石さんっ。驚かさないでくださいよっ!」

何時の間に後ろに立っていたのでしょう。

気配を消して、静かに近寄ってきたようです。

まったく、心臓に悪い。

「そう言うミントはあたりへの注意が足りないな」

「……はい。精進します」

怒られてしまいました。少し反省。

しかし、館石さんも人が悪いです。元軍人で、さらに柄創師だった館石さんが気配を隠したら、どんなに頑張っても私には分かるはずが無いのに。

「では、失礼するよ」

館石さんは既に用事を終えた後だったのでしょう。

そう言うとさっさと病院から出て行ってしまいました。

残された私はぽつんと一人。

「……理郷さんの所にでも、行こうか」

何をすることもありませんし。

少し寂しさを覚えながら理郷さんの病室にお見舞いへ行く事にしました。

歩いている内に矢野君達と合流できるのではと考えながら。

そういえば、教授も館石さんもなぜここに?

教授の話では学園長の稜峯さんも来ていた様子ですし。

不思議です。


ミントのその横を、少女が通り過ぎる。

腰まで伸びる茶髪を二つに結んだ少女。

深くかぶった帽子のせいでその顔は見えない。

ただ、肩に背負われたギターの入れ物が少し浮いていた。

何事もなかったように病院から去って行く彼女は、一度だけ金髪の女性を振り返った。

その目には……なんの感情も浮かんでいなかった。



理郷さんの病室は五階。

階段を使って上がると少し大変です。

まあ、体力をつけるためにもといつも階段を使っているのですが。

階段を上がり切った先、そこから一番離れた場所に理郷さんの病室はあります。

――なんとなく後ろを振り向きました。

「気のせい、ですよね」

見られている。そんな気がしたのですが、気のせいのようです。

誰もいませんし、声もしません。

ただ、白い壁とリノリウムの床が電灯に照らされているだけ。

「失礼します」

まだ、目覚めていないという理郷さんの部屋に入ろうと、扉を開けました。


それは、鉄臭。

戦場で嗅ぎ馴れてしまった、本来なら異常な臭い。

そして、暗い部屋で外の灯りに照らされて、それは映し出されました。


赤い。

ほんとうに、まだ赤い。

酸化の始まっていない、新鮮な紅。

足から力が抜け、壁伝いにずるりと崩れ落ちると、あまり上手く働かない頭で、その現状を把握しようとしても、無理。

目の前の光景を理解するだけで、頭がいっぱいでしたから。


「あれ、ミントさん?」


後ろから声が掛けられ、振り返る。と、白野さんと矢野君、グリセルダ君がいました。

「どうしたんですかー?」

グリセルダ君が不思議そうに聞いてきます。

今、私は一体どんな顔をしていたのでしょう。

その様子に、白野さんが顔色を変えました。

「とあ兄っ?!」

「ダメ! 来ないで! 矢野君、止めてください!」

病室に駆け寄ろうとする白野さんを止めるため、矢野君に叫びます。

一瞬迷った末、矢野君は行動に移そうとしますが、それは少しだけ……そう、ほんの少しだけ、遅く。

グリセルダ君も事態に勘づいたのか、止めようと手を伸ばしても――もう、遅かったのです。


「……ぁ」


小さな声が零れて、事態は急速に変わって行きます。


「うそ」


白野さんは、か細いかすれ声で事実を否定していました。

グリセルダ君が誰かを呼びに行く音、矢野君が中へ入ろうとする白野さんを止めて、遠くへ、なるべく離れた場所へと引き摺って、私は……部屋へと一歩、踏み出していました。


「理郷さん」


真っ赤に染まった白い壁。

それは飛び散った鮮血の跡。

抵抗した形跡と、それでも奪われた焔。

部屋の片隅で、ソレは何も言わずに斃れていました。


いいえ、それは間違い。


「……ぃ」

「理郷さんっ?!」

まだ、息があったのです。

駆けよると、その手が微かに動いて握っていた本が落ちました。

薄い、小さな絵本です。

「ほ…………の、う……ろ」

「理郷さん? しっかりして下さい!」

出血は腹部から。ナイフで刺された後。

既に得物は抜かれ、出血が多量。傍にあったシーツで止血をしても間にあうか。

それの手を、理郷さんの血に濡れた手が止めました。

「ま…………。し……が……ない……」

「――え?」

かすれかすれになった声が、その言葉が終わると――彼は微笑みました。




それは、あまりにも残酷で……。


彼女の一生を変える言葉だとしても。

彼は言わなければならない言葉。


「本棚の後ろに」


そこに隠された物は彼の一生の秘密。


「守ってくれ。……梓月が、危ない」



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