第6話 命がけで逃げよ。後ろを振り返って見るな。
■あらすじ
日の熱いさかり。天幕の入口に座る老いたアブラハムが目を上げると、三人の人が立っていた。
走って迎え、水とパンを申し出たあるじは、その日のうちに二つのことを聞かされる。ひとつは、年老いた妻サラのこと。もうひとつは、兄弟の子ロトの住む低地の町、ソドムのこと。
正しい者が五十人いたら、町は赦されるのか。四十人なら。十人なら。問いは終わる。夕暮れに、二人の使いがソドムの門に着く。
旧約聖書・創世記 十八章〜十九章。真昼からあくる朝までの、ひと昼夜。
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006 ロトの妻 ― 序文
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「このお話は、お年寄りが走るところからはじまりますね。日のいちばん熱い時分に」
走ります、とわたくしは妻に答えました。それも二度でございます。
これからお読みいただくのは、聖書のはじめに置かれた書、創世記のなかほど。老いた人の天幕に客が立つ真昼から、あくる朝までを書いたくだりです。
老いた人の名はアブラハム。町には住みません。天幕を張り、家畜の群れを連れて、土地から土地へ移っていく人です。妻の名はサラ。二人のあいだに子はありません。
長い旅を、アブラハムは兄弟の子のロトと一緒にしてきました。やがてどちらの群れも増え、ひとつの土地では養いきれなくなります。別れぎわ、アブラハムはロトに先に選ばせました。
ロトは目を上げて、ヨルダンの川に沿った低地を見わたします。『主の園のように』すみずみまで潤っていた、と書いてあります。ロトはその低地を選び、そこの町々に住んで、天幕をソドムという町まで移していきました。町々のうちにはゴモラという町もございます。
アブラハムが天幕を張ったのは、マムレという所。大きな木々のそばでございます。
その天幕の入口に客が立ちます。ここでアブラハムが走るのです。
はじめて読んだとき、わたくしは数えました。走った。急いだ。急いでくれ。また走った。若者まで急いだ。客の前に食べ物が並ぶまでに、五つでございます。日を重ねて老いた、と書かれる人が。
客に申し出た言葉はつつましいものでした。『水を少し』。足を洗うための水です。それから『パンをひと口』。そう言った足でこの人は走っております。
数えるのに気を取られて、わたくしは何が運ばれてきたのかを読み落としました。急いでいたのは、読むわたくしも同じだったようです。
「五つもありましたか。わたしの耳に残っているのは、走らない人たちのほうです。お客は立っています。食べるあいだは、走った人のほうが立っています。急いで、急いで、と続いたあとに、立っている、で止まるのです」
走らない人たち。妻のその呼び方は、書き物の書き方とぴたりと重なります。三人が歩いてくるところはどこにも書かれておりません。アブラハムが目を上げると、もうそばに立っております。
「それで、ロトの妻です。走る人のなかにも、立っている人のなかにも、あの人はいませんね。いつ出てくるのでしょう」
ずっと先でございます。
夕暮れに、低地の町ソドムの門へ二人の使いが着きます。門にはロトが座っております。真昼のアブラハムが天幕の入口に座っていたように。ロトも立って迎え、ひと晩の宿と、足を洗う水を申し出ます。
その家に妻がいることを、書き物は夜のあいだ一度も言いません。分かるのは夜が明けてから。出てくるのは三度きりです。名は書かれておりません。声もひとつも。
もうひとつ、数えにくいものがございます。この書き物は、主なる神が現れた、と書き出します。ところがアブラハムが目を上げると、立っているのは三人。ひとりなのか、三人なのか。三人が言った、と書いたすぐあとに、誰とも言わずに、ひとりの声が『わたしは』と続きます。あくる朝、二人の使いのところでも同じことが起きます。書き物は説明をしません。読む人たちの数え方も、いまだにそろっておりません。
ここから先は、わたくしが今の言葉で書きました。日の熱いさかり、老いた人は天幕の入口に座っております。




