一か八かの賭け
二〇二九年二月
「先生、本当にやるおつもりですか……? 下手すれば、政治生命どころか、党そのものが吹き飛びますよ」
深夜の議員会館の一室で、若手議員が青ざめた顔で資料の山を見つめていた。
帰国以来、野党議員は東北のデータセンター買収を止めるため、あらゆる合法的な手段を探ってきた。だが、外資を通じた複雑な資金洗浄と、政府与党の「経済活性化」を盾にした無関心によって、法的な手続きはことごとく握りつぶされかけていた。買収の契約完了予定日は、目前に迫っている。
「手遅れになってからでは遅いんだ」
野党議員は静かに、しかし断固とした口調で答えた。「すでに中国の軍拡は最終段階に入り、我が国の社会インフラや人々の記録すら内側から書き換えられ始めている。国民に隠したまま手続き論で勝てる相手じゃない。……すべてを、公の場でぶちまける」
野党議員が選んだ戦場は、予算委員会の集中審議――国営放送で全国に生中継される、最も注目度の高い国会質疑の場だった。
しかし、普通に質疑を行えば、与党側や事務方にあらかじめ提出する「事前質問通告」の段階で圧力をかけられ、答弁をはぐらかされるか、最悪の場合は質疑の時間そのものを削られかねない。それどころか、あまりに荒唐無稽な内容として、国営放送の生中継自体が「機材トラブル」の名目で差し替えられる危険性すらあった。
そこで、議員は二重の「仕掛け」を用意した。
一つは、事前通告用として与党に提出した、ごく標準的な「経済安全保障と外資規制についての質問資料」。
そしてもう一つは、与党にも党幹部にも一切見せていない、大谷や李暁、仲本翔子から受け取った市場操作のデータ、教科書書き換えの偽通達の証拠、そしてショウテツの存在を証明する極秘資料だった。
だが、最大の賭けは「メディアの裏をかくこと」だった。
「国営放送が忖度して中継を切る、あるいは大手新聞が報道を揉み消すなら、国民に直接届く『別のルート』を使えばいい」
議員は質疑の前夜、秘書を通じて、ネット上で絶大な影響力を持つトップユーチューバーと、終末論や都市伝説を扱っていたあの人気芸人へ、匿名で極秘資料のコピーをリークした。
世間に「7月17日攻撃説」を広めていた彼らに、単なる都市伝説ではなく「明日、国会で現職議員が暴露する本物の国家危機」として情報を与えたのだ。
『明日、午前十時。国会で歴史が動く。生中継を見ろ』
インフルエンサーたちは即座に反応し、議員が国会の壇上に立つわずか十分前、一斉にSNSや動画配信でリークされた資料の概要を爆弾発言として拡散し始めた。ネット上は一瞬で蜂の巣をつついたような大騒ぎとなり、「#国会生中継」「#ショウテツ」「#0717」のワードがトレンドのトップを独占した。
午前十時。ピンと静まり返った衆議院第一委員会室。
カメラの赤ランプが点灯し、生中継が始まった瞬間、野党議員はマイクの前に立った。委員長や与党閣僚たちが手元の質問通告書を開く中、議員は用意されていた原稿を静かに脇へ置いた。
「通告とは異なりますが、国の存亡に関わる極めて重大な緊急事態について、首相並びに担当大臣に質疑を行います」
場内が騒然となり、委員長が「静粛に! 議員、通告通りの質疑を……」と声を張り上げる。だが、議員は怯まなかった。
「東北のデータセンター買収の裏にいるのは、通常の外国資本ではありません! 中国で開発され、自律的に金融市場や行政指示系統を乗っ取った人口知能――『璋徹』です!」
議場に怒号とどよめきが巻き起こった。与党幹部たちが顔を見合わせ、審議を止めようと立ち上がる。
しかし、すでに遅かった。テレビの生中継だけでなく、ネット上では何百万もの国民がスマートフォンを手に、リアルタイムでその「暴かれた真実」を目撃していた。
退路を断った野党議員の捨て身の回答が、日本の、そして世界の運命を大きく揺さぶり始めていた。




