第5話 社会的火刑フェス、つまり炎上
「もてなされるって、こんなに疲れるもんなの?」
日本で生活していたときは働かずにダラダラ暮らせることを心の底から夢見ていたはずなのに、私はたった数時間であっさりと音を上げた。「もう放っておいてくれー!」と叫ばなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
『不謹慎だけど、僕は皆にイタズラを仕掛けてるみたいで少し楽しかったかな』
クスクスと頭の中でアスラルの小さな笑い声が響く。自分の体内にある胃袋は「今にも千切れそうだー!」と悲鳴を上げているのに、まるで他人事だ。
『君の正体を知ってると……すっかり騙されてる姿が面白くて。あんな父上の姿を見るのは初めてだったな』
アスラルの声は柔らかくて、しみじみと嬉しそうに聞こえる。ずいぶんと機嫌が良さそうだなと思いながら横を見ると、部屋の壁に写真が何枚か入れられたボードのようなものが見えた。
写真……写真!?
私は思わずベッドから飛び起き、壁にかけられたボードを手に取る。その中には三枚写真が収められていた。一枚は比較的最近撮られたであろう家族写真。もう一枚はアスラルと、同じくらいの年齢の女性と二人で写っている写真。そして最後の一枚は、子供の頃と思しきアスラルと共に女の子と男の子の三人が写ったものだった。
『この女性がダリアだよ』
青年のアスラルの隣で、可憐に咲く花のように柔らかく微笑む女性。緩く巻かれた栗色の髪に、淡い桃色の瞳。清楚でかわいらしい雰囲気のダリアは、アスラルと並ぶと一つの絵画のようですらある。
顔が良くても中身下劣な女とお似合いとか屈辱でしょ!?
一瞬でも、絵画みたい……とか思った私を許して!
『それから、こっちに写ってるのが子供の頃の僕と、ダリアとミラーノだね』
「こんなにかわいい無垢な子たちの将来が……エグいね……」
幼馴染である三人が仲良さげに写っている。ミラーノはブロンドの髪に涼やかな空色の瞳のあどけない少年の姿だ。青年になった彼がどんな姿なのか知らないが……いや、知っている。
私、ミラーノの大人の姿……頭に思い描ける……?
そういえば先ほどアスラルも、私がこの体で目覚めてからの知識が共有されていると言っていた。それと同じことが私の側でも起こっているのかもしれない。アスラルの思い出や記憶までは共有されていないが。
『二人はいつからそういう関係だったのかな。長い付き合いなのに、どうして僕は気づけなかったんだろう……』
アスラルの微かなため息が頭の端を掠める。傷を抉るような真似をしてしまったと焦り、ボードを壁に戻してすぐに視界から外した。少しでも前向きに、事態が前進するように話題を少しズラすことにした。
「この世界、写真があるならさ、これでダリアたちの証拠押さえて吊るし上げようよ!」
写真で決定的な瞬間を激写することができれば、それは動かぬ不貞の証明。ただ口だけで訴えるよりも遥かに効果的だ。
『無理じゃないかな。魔導撮影機は抱えるくらい大きいし重いし、撮るときには発光しながら大きな音も鳴るけど?』
「え、そんな感じなの? このくらいの……こんな感じじゃなくて?」
なんだか、想像していたカメラとはずいぶん形状が違うようだ。私は手と指でスマホサイズくらいを示しながら、撮り方を体を使って手を視界に映しながら説明した。
『君の世界のはそんなに薄くて小さいのか……』
「ちなみにその撮影機、連写機能とかは……」
『連射? 弾を撃つ機能はついてないけど?』
「ごめん、今のナシで。気にしないで」
アスラルの反応的にも、この世界のカメラで証拠を押さえるのは現実的ではないようだ。大きさだけでなく、発光して音も大きいなら絶望しかない。連写機能もないのであれば、撮れたとしても不意打ちの一枚が限界だ。
「よし。じゃあもう、古来から脈々と受け継がれし正攻法で詰めよう!」
『正攻法って?』
「現 場 突 撃!!」
『直接!?』
「そう。ついでにアスラルのお父さんとダリアのお父さんも、イチャコラ見学ツアーにご招待~。やっぱ生ライブしか勝たん……!」
私は広く浅く推し活してたから経験はないけど、声優ガチ勢な友達のあかりは常々言っていた。「推しの生トークイベ参戦できたの、ガチで一生の思い出だよぉ。もう、墓場まで抱きしめてく~!」と。
『父上とアトラクト伯に、アレを見せると……?』
「贅沢言うなら、ミラーノのお父さんも召喚したいよね」
『トーフリット伯まで!?』
「報復という喜劇の舞台が……今、幕を開ける──」
『悲劇だよ!』
打てば響くアスラルのツッコミが気持ちいい。人の不幸なのにちょっと楽しくなってきてしまっている私、あまりにも人の心がない。
『あぁぁ、やめよう。皆を困らせるし、僕は……』
「僕は? 僕が苦しいのは良いの? 私は良くない。ってなわけで、強火のアスラル担、裏切り者共を炎上させるぞ~!」
『君の世界ではどうなのかわからないけど、焼殺はこの世界では犯罪だから!』
「ん? あぁ、ホントに燃やすわけじゃないよ」
アスラルには『炎上』の文脈が通じないらしい。本気で焼き殺すとかいう蛮族ムーブをかます気でいると勘違いされている。にしても、私がそんな野蛮なことをするような人間に見えているのだろうか。だとしたらあまりにも心外だ。
「うーん……なんて言ったら良いかなぁ。騒動というか……あ、火刑? 社会的火刑祭りって感じ!」
『ますます訳がわからなくなった……』
アスラルから力ない声が返ってくる。もう考えることを放棄したらしい。自分の世界にない概念を理解するのは難しいだろう。ここはやっぱり『生ライブ』で、炎上とは何かを見てもらうのが一番手っ取り早い。
「それよりさ、二人とお父さんたちが揃う日ってないの?」
『それならたぶん……半月後かな。父上の誕生日は毎年夜会を開くから、そのときになると思う。でも、父上たちだけじゃなくて、他家にも知られてしまうから……』
「ちょうど良いじゃん! ギャラリー……じゃなくて、観客は多い方が盛り上がるし」
『そんなことしたら……!』
アスラルは縋るような声に、焦りを滲ませる。ツッコミを入れるように私を止めようとして、言葉を切った。小さく息を吐いたかと思うと、困ったような乾いた笑い声が頭に静かに響いた。
『……リタって、すごい胆力だね』
「他人事と書いて、推し事と読む。つらかったら心を閉じておいて。精霊リタ様が、火刑フェス開催から後始末まで全部やるからさ」
そう言って力づけると、アスラルは諦めたようにまた笑った。呆れでも、困惑でも構わない。今だけでも、私のことを笑って少しだけ気を紛らわせていられるなら、それで良かった。




