エピローグ 僕が後世『人形伯』と呼ばれるようになった理由《わけ》【アスラル視点】
僕がリタと出会って、もうすぐ一年が過ぎようとしている。リタがダリアとミラーノを『炎上』させてから間もなく、僕とダリアの婚約は解消された。それもこれも、リタが一人で懸命に力を尽くしてくれたおかげだ。
ダリアとミラーノは除籍され、平民の身分になった。ミラーノは今、トーフリット家に監視されながら公共事業の作業員として働き、ダリアは修道院での下働きを命ぜられたと聞いている。
僕は物心がついた頃から、伯爵家の次期当主として期待を一身に背負っていた。その期待に応えるために、求められること全てに全力で向き合った。失望されるのが怖くて、自分の失敗一つで、家族や従者、そして領民を巻き込んでしまうという重責が、緩やかに僕の心を押し潰していった。
そしてトドメを刺したのが、二人の不貞だった。これまで築いてきたものも、努力も、二人を友人として大切に思ってきたことも全て、『婚約者に捨てられた男』という惨めな肩書きに粉々に砕かれた気がした。
初めて味わう挫折。初めて味わう失敗。そして、信じていた二人の裏切り。自分の預かり知らぬところで起きたこととはいえ、二人の苦しみと迷いに気づいていればと何度となく考えた。
結局のところ、二人にそうさせてしまった僕の存在が悪い。失敗の許されない人生に、取り返しのつかない傷がついてしまった。婚約者に見放されるような人間が、伯爵家を背負えるはずもない。背負う資格すらない。
僕は、生きる価値さえ失ってしまった。
リタがいなかったら、僕はきっと今生きてここにはいない。失敗しても、全てが砕けて瓦礫になっても、カラリと笑い飛ばせばいい。またそこからやり直せると僕に教えてくれた……最愛の人。
「リタ、おはよう。ほら、ここに座って」
部屋着姿のリタが、鏡台の前の椅子に腰掛ける。僕は引き出しから櫛を取り出すと、彼女の髪を丁寧に梳いていく。これが僕とリタの朝一番の日課だ。
艶やかな黒髪の、ふわりと巻き毛になった毛先には少しだけ寝癖がつき、それを丁寧に丁寧に梳かして整えていく。鏡へ目を向けると、リタの深い夜のような黒い瞳と目が合った。あの不思議な庭園で出会ったときの本物のリタの姿を模した……とまでは言えないが、参考にし、人形技師に作らせた魔導人形だ。
僕とダリアの婚約解消が決まり、アトラクト家とトーフリット家から賠償金が支払われた。その賠償金の一部を使って、リタの魂の器になる魔導人形の製作を依頼したのだ。
魂の抽出を担当した神官のトリスタン……ではなくマサキは、やったことがないから成功は保証しないと言っていた。上手くいってもいかなくても、結果を受け入れる。たとえ消えても体は返すと譲らないリタと、消えてしまうくらいなら体は放棄するという僕が、互いに納得して選んだ選択であり、賭けでもあった。
『好きな見た目にできるんだよね? だったら私を、顔面でワンパンできるくらいの絶世の美女にして!!』
ふと、器の見た目をどうするか話し合ったときのことが頭をよぎる。真っ赤なひなげしが咲き乱れる夢の中の庭園で、リタは聞き慣れない単語を並べて熱心にいろいろと叫んでいた。
彼女は勢いだけで、言葉の意味のわからなさごと押し切ってくる。結局わからないままなのに、なんとなく意味がわかったような気になってしまうのだから不思議だ。あのときのリタの姿や言葉を思い出して、思わず笑みが零れた。
「ねぇ、それ毎日面倒じゃないの? このくらい自分でやるのに……」
「僕がやりたくてやってるから」
髪を梳かし終えると、僕は髪を一部掬い取って三つ編みを編んでいく。女性の髪なんて結ったこともなかったが、侍女に教えてもらいながら毎日やるうちにすっかり上達した。
あっという間に編み込みは完成し、後ろで一つのシニヨンにまとめる。リタは完成した髪形を顔の角度を変えて確認したあと、うーんと呻る。
「やっぱりもっとお姫様とか、ファンタジーのヒロインって感じにしたかったなぁ」
「僕みたいなサラサラの髪を淡いピンクにして、目は空色にしたかったんだっけ?」
「そうそうそう、ユニコーンが似合いそうな感じの! よく覚えてたね」
「うん。ユニコーンが似合うってのは、ちょっとよくわからないけど」
器の外見を決めるとき、リタは本来の姿からかけ離れた容姿になりたがっていた。彼女はよく自分の容姿を「冴えない」と表現するが、僕はそうは思わない。
愛嬌があるし、ころころ変わる表情もかわいい。ふわりと和らぐ目元も、パッと花咲くように笑む口元も、器に移す過程で失われ、もう二度と見られなくなってしまうことが惜しかった。
「でも、僕のお願いを聞いてくれてありがとう。リタらしさが消えるのは寂しかったから」
「いやいや、高~いお金を払って作ってくれたのはアスラルだし。生身で生きてた頃を思えば、見た目が変わらないなんて当たり前だから」
器となる人形は、リタの見た目に合わせて黒髪に黒い瞳で作らせた。顔立ちも仔細に説明はしたが、人形技師の采配で少し元のリタとは似ていない。リタはその人形らしい顔立ちを「わぁぁ~かわいいっ! 全然、これならアリ!!」と、僕の体で叫んで大はしゃぎし、人形技師を怯えさせていた。
正直僕は少し落ちこんだが、器にリタが宿った姿を見てどうでも良くなった。慣れない人形の体をぎこちなく動かしながら、けれど確かに庭園で見ていた彼女のままの表情がそこにはあった。
『ア、す……らル……』
魂を移して体を取り戻し、目覚めたばかりの僕をリタは見下ろしていた。まだ使いにくそうな唇で、一番に僕の名前を呼んでくれたとき、恥ずかしいけど泣いてしまった。
リタ……君が僕のところに来てくれて良かった。
リタの髪を整えた僕は、たまらなくなって後ろから抱きしめる。リタは驚いたのか、ビクリと肩を跳ねさせた。抱きしめた腕の中で、そわそわと身動いでいるのが、微笑ましくて愛おしい。
「ちょ、ちょっと、抱きしめるときは一言言ってよ! アスラルはもっと私の推しだったって自覚を持って!」
「それはリタが勝手に言ってたことだよ。それに、今はもう恋人……いや、ゆくゆくは夫になるんだけど?」
「わ、わかってる! わかってるけどさ、心臓止まったらどうするの!?」
リタは椅子から立つと僕から距離を取り、照れながら拗ねていた。一年かけてやっと『推し』というものから脱却できてきたと思っていたが、まだまだリタは恥ずかしがり屋のようだ。
「でも心臓はないよね?」
「未練なくなって成仏しちゃう! 天に召されるってこと!」
「ふふ……わかった。じゃあ抱きしめるね?」
「え、待っ……」
リタの希望通り、確認を取ってから抱きしめる。今度は腕の中から珍妙な鳴き声が聞こえてくるが、そういう飾らない素直な反応がかわいくて、楽しくて、大好きでやめられないのだ。
数年後、アスラルは爵位を継ぎ、コーデルセ家の当主となった。人に裏切られ、人を愛せなくなった伯爵は、人形しか愛せなくなったのだと貴族たちの間で囁かれた。
アスラルはコーデルセ伯として領地を治める傍ら、魔導人形技師や工房への支援を行い、その技術革新に深く寄与していった。そして彼は後世、こう呼ばれるようになる。
──たった一人の人形を愛した、『人形伯』と。
【あとがき】
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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本作は物語を作ると全体的にシリアスになりがちな私が、思い切りコメディに振るぞ!と意気込んで挑んだ挑戦作です。
ヒロインのリタを転生者にした関係で、いっそネットスラングやオタク用語を取り入れてみようと試み、勢いで駆け抜けるようなラブコメとして執筆しました。
「ざまぁ」も真剣に書くとシリアスなので、あえて捻りを加えず、イェーイ!というノリで殴り込むような、エンタメに寄せた雰囲気にしています(リタ以外は冗談じゃない……って感じですが)
本作も紐解けば重めの要素はあるのですが、その重さを軽く笑い飛ばして頑張っていく物語も楽しいなと思いながら執筆しました。
笑いのツボは人それぞれなので難しいのですが、どこか一つでも「クスッ」となれる箇所がありましたら、とても嬉しいです。
本作に登場したサブキャラ、神官トリスタン(転生者マサキ)を主人公にした物語「え、神主になるのが嫌で家を出た俺が転生先で神官やってる?マジかよ……」を、6月中旬〜末頃に投稿予定です。
元々神官トリスタンの話は、番外編としてざっくりと2話程度にまとめておまけとして投稿するつもりでしたが、きっかけを得て、エピソードを丁寧に書き、一つの独立した物語に仕上げました。
本作のコメディ+ネットスラング・オタク用語な空気感は残しつつ、根底には転生者と転生先の人間、一つの体とそれぞれの人生をどうするのかという問題を、他の転生者との出会いを通しながら書いたものとなっています。
もしご興味を持っていただけましたら、読んでいただけるととても嬉しいです。
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現在異世界恋愛の新作も執筆中です。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。




