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え、私の転生先が婚約者に捨てられる伯爵令息?ははは、ご冗談を!  作者: まな板のいわし


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第1話 最高に推せる君

「うわ……ビジュ強。推せる……」


 なんて素敵な夢なんだろう。鏡の前の私は、いつもの黒髪黒目で癖毛の冴えない女子大生じゃない。燃える夕焼けのような朱色の瞳に、艶やかな銀髪は憧れのサラッサラストレート。まるで彫刻のように端正な顔立ちの青年が映っている。


「このうるうる感、カラコンでは無理なやつ……え、待って。声までイケボ!? メロすぎ……」


 めちゃくちゃリアリティのある夢に満足しながら、鏡に顔を寄せてじっくりと観察する。それから体を引いてポーズをつけ、角度を変えてみた。憂いを帯びた儚げな雰囲気は、まさに傾国顔と評して遜色ない。


 すっごい……何やっても()になる……!


「あ、アスラル様が……ご乱心……!?」

「早く旦那様を呼んできなさい!」

「はっ、はいぃ!!」


 なんだか後ろが騒がしい。鏡越しに、クラシカルなメイド服に身を包んだ女の人たちが、血相を変えて右往左往している。外からはいくつもの足音がバタバタと慌ただしく聞こえ、やがて部屋の中へとなだれ込んできた。


「アスラル、目が覚めたのか!?」

「……お父様とお母様よ、わかる?」


 壮年の男女が私へと詰め寄り、心配そうな眼差しで覗き込んでくる。夢の中の私がイケメンなだけあって、両親を名乗る二人まで美形で揃えられているらしい。私の夢の想像力……いや、創造力を全力で褒めちぎりたい気分だ。


「おぉ~、私は顔面偏差値カンストのサラブレッドってわけね」


 私のイケボを聞いた瞬間、母親の方がふらふらと崩れるように膝をつく。血色と生気を失ったような顔で、わなわなと唇を震わせていた。


「あぁ……なんてこと……」

「すぐに神官様を呼びなさい」

「畏まりました、旦那様」


 父親は母親を介抱しながら、私を見る。けれどそれは、先ほど向けられていたものとは違い、明らかな落胆と失望を滲ませていた。



* * *



 神官が到着するまでかなり時間がかかったが、なぜか夢から覚めることはなかった。神官は到着するなり診察を始めると言い、彼の背後には両親だけでなく、急ぎ駆けつけた姉まで揃っている。


 ゴクリと唾を飲み込むような緊張感と圧が、元の私のものよりも「がっしりとした」肩にのしかかっているような気がした。


「初めまして、神官のトリスタンと申します。今からいくつか質問をしますので、深く考えず素直にお答えください」

「……はい」


 一体何が始まったのか。状況がわからずピリピリとした空気に呑まれた私は、無意識に姿勢を正していた。


「あなたの名前は、アスラル・コーデルセで間違いありませんか?」

「アスラル・コーデルセ? そういう名前なの?」

「……では、あなたは他に何か名前をお持ちですか?」

「他にというか……妹尾(せのお)リタです」

「なるほど。わかりました」


 トリスタンさんはニコニコと微笑んだまま椅子から立ち上がると、部屋にいた全員に外へ出るように指示し、人払いをするように父親らしき人に伝えた。そうして全員が立ち去ったことを確認してから、改めて目の前の椅子へ座り直す。


 そのときには先ほどの整えられたような微笑みはなく、トリスタンさんは深いため息をついた。


「昏睡状態から覚醒、言動がおかしいって言うから来てみれば。久々に見たな……転生者」


 ……転生者?


「あ、あんたって転生者って言ってわかるタイプ? 説明した方がいい?」

「転生って、あの生き返る転生の転生?」

「生き返るじゃなくて、正しくは“生まれ変わる”だな。まぁ、どっちかと言えば憑依みたいな感じではあるんだけど……ざっくりそんな感じ」


 トリスタンさんの態度の変貌ぶりと、『転生者』という現実味のない言葉に思考が上手く回らない。転生者といえば、友達のゆめぴがそんな感じのマンガを読み漁っては私に布教してきた姿が脳裏をよぎる。


「あの……ならこれ、夢じゃないってこと?」

「残念ながら。けど、こんなことあるんだな。いやぁー……俺は転生先が同性で良かったー」

「ちょ、ま、待って……じゃあ私、この体で生きるってこと!?」

「そうなるな」


 私は立ち上がると鏡台に近づき、鏡の縁に掴みかかる。顔は良い。本当に。私にはもったいないほどに。けど、けど……私は『妹尾(せのお)リタ』という自認が強すぎて、男の体に全く馴染める気がしてこない。


 推しとしてだったらともかく、自分としては無理すぎる!


「ガチでかぁぁぁ……!」

「はは、そうなるよな。気づいたら異世界で他人の体に入ってるなんてさぁ。あんたは死んだときの記憶、ない?」

「え? うーん……」


 トリスタンさんに問われて、ぐるぐると混乱していた思考が止まる。自分の最後にある記憶を手繰り寄せ、ハッとした。


「あ、階段から落ちたわ」


 バイトが終わって、アパートに帰った。あの日は寒くて、雪が少し降り積もっていて。自分の部屋へ行くために階段を登っていたところで足を滑らせて──


「って、あんな程度で死んだってこと!?」

「……いや、階段から落ちたら打ち所によっては死ぬだろ。気の毒ではあるけど、とりあえず苦しまずに済んだのだけは良かったな」

「いやいやいや、全っ然良くないんだけど! 死んだ実感だってないしさぁ……えぇ~、本当に……?」


 これが走馬灯というのだろうか。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、友人たち。風が本を勢いよくめくっていくように、顔や思い出、声が私の中を通り過ぎていく。


 じゃあもう、会えないってこと……?


 実感が湧かないなりに気分が沈んだところで、ふと現実に返る。先ほどこの体の主であるアスラルさんを見つめていた、アスラルさんの家族の姿。トリスタンさんはさり気なく「昏睡状態から覚醒」と言っていた。何かがあって意識が戻らなかった息子がようやく目を覚ましたと思ったのに、別人になっていた。母親がショックで崩れたのも、今なら納得しかない。


「あのさ、この元の体の持ち主はどうなってんの? 生きてるの? 死んでるの?」

「生きてはいるが……」

「つまりそれって、私が体を奪い取ったせいで本人は困ってるってことだよね……!?」


 私は居ても立ってもいられずドアに向かって駆け寄り、蹴破るような勢いで開け放つ。


「ちょ、どこ行くんだ?」

「謝ってくる!」

「はぁ!?」


 トリスタンさんの戸惑いの声を置き去りにして走り出す。この体は運動神経も良いようで、まるで空を飛ぶように私は風を切って廊下を駆け抜けていた。

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