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モンスターを鎧にする仕事  作者: タック
第三章

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転移前夜

 東源内(あずまげんない)――のちにイストと名乗る彼は模型雑誌のライターをしていた。

 そこまで稼げなくても〝模型〟という好きなことに関われているし、最近は彼女も出来て幸せな生活をしていた。

 天国の両親も安心して見守ってくれているだろう。


 そんなある日、出版社の古くからの付き合いである編集者ニシに呼び出された。


「東、もう今後ライターの仕事はないから」

「えっ?」


 耳を疑ってしまった。

 五年以上の付き合いでそれなりに親しく、記事を書き続けてきたはずだ。

 それをたった一言で終わらせたのだ。


「ああ、大丈夫。いきなり切るわけじゃないから。ちゃんと仕事を回してあげるからさ」

「そ、そうなんですか」


 ライターの仕事以外でも、今のご時世ならありがたい。

 もしかしたらモデラー方面のものかもしれない。


「AIが書いた記事を手直ししてほしいんだ」

「AIですか……」


 東としてはAI関連の事情を知った上で、それでも仕事として依頼されたのならキッチリとやるつもりだ。

 せっかく彼女ができたばかりで無職になるというのも泣けるし、貯金は親の遺産と合わせてそれなりにあるが、他の仕事を探すというのも昨今すぐには難しいだろう。


「報酬はどれくらいなんですか?」

「一件50円」

「は?」


 再び我が耳を疑った。

 AIの記事を手直しするということは、文章として成り立っているかをチェックするだけではなく、AI特有のハルシネーション(嘘の情報源)になってないかを一次ソースで調べたり、中国でしか使われない漢字が紛れたりしていないかの確認も必要となる。

 普通よりも余計に手間がかかり、しかも名前が公表されないので実績にもできない。


「別にやらなくてもいいんだぞ、東? SNSでは模型写真をあげてチヤホヤされてっけど、そんなもんは金にならねぇよ。趣味なら承認欲求を満たせて嬉しいだろうがな。誰もお前本人なんて見ちゃいねぇよ」

「そ、それは……」

「もっとさ~、顔が良かったらイケメンモデラー配信者として売り出すとか、声が良かったらVTuberモデラーとかでもやりゃいいんだけどな。お前には無理だろ、喋りも達者じゃねぇし」


 そこに関しては何も言えない。

 模型以外に特技がなく、他者と比べて秀でたようなところもないと自覚している。

 彼女が出来たのも奇跡か何かだろう。


「まぁ、相場はそれくらいだから。一件50円で受けるかどうか早く決めてよ。忙しいから今日中な」

「今日中!?」

「ほら、早くしろ。ここでオレを怒らせたらこの業界じゃいられないようになるぞ?」


 人間は急かされると弱い。

 ただでさえショッキングな内容なのに、焦らないはずもない。


「わ、わかり……ました……。それで契約書は……?」

「オレとお前の仲だろ、そんなもん必要ねぇよ。じゃ、がんばれよ!」





 それからは必死に数をこなした。

 一件50円なら十件で500円、百件で5000円だ。

 それを一ヶ月やれば15万ほどになり、一年間続ければ180万だ。

 かなりきついが、意外と東は適応力があるようで毎日百件でミスなく続けられるようになった。


 そんなある日、家で作業をしているとメールがきた。

 編集者ニシからだ。


『一件50円から25円にしたからよろしく。今月分からそうなってるから』

「は?」


 思わず驚きが口に出てしまった。

 事前に知らせず、しかも合意も取らないで報酬を下げるというのは法律違反だ。

 今までも真っ黒なグレーゾーンでやってきたことはあるが、さすがに報酬に関することは東でも唖然としてしまう。


「もしかして、契約書を作らなかったのも、報酬のことを直接会っての口約束だけでやったのも……」

「どうしたの? 東、ブツブツ言っちゃってさ」

「あ、ああ……仕事のことでちょっと……何でもないよ……」


 話しかけてきたのは最近同棲を始めた恋人のミナミだ。

 東的には自分に釣り合わないくらいの顔やファッションセンスをしていて、何で付き合っているのか分からないくらいだ。

 ミナミが言うにはSNSであげてた模型が気に入ったからと言っていたが、付き合ってみると模型趣味はなさそうで不思議でもある。


「そういえば、そこの棚に飾っておいた赤い模型知らないか?」

「掃除のために別の場所に動かしたよ、ダメだった?」

「いや、掃除してくれてありがとう。でも、その模型は大事なものなんだ。俺の亡くなった両親が昔買ってくれたやつでさ、上手く組み立てたら褒めてくれて……」

「大丈夫、あとで戻しておくって」


 ミナミの笑顔が眩しい。

 本当になんで付き合ってくれているのかわからない。




 それからしばらく経った。

 目の下にくまを作りながらも、東は必死に仕事を続けていた。

 好きだった模型に触れる時間だけでなく、睡眠時間もない。

 恋人のミナミともあまり時間を取れなくなっていて、キャッシュカードだけ渡している感じだ。


「あれ、まだ模型が棚にないな……。というかもっと減ってる……」


 激務で気が付いていなかったが、棚のコレクションが少ない。

 レトロな思い出の逸品から、レア物、塗装やフルスクラッチなどをした一点物などが飾ってあったはず。

 SNSにあげたときはいくらになるのかとバズったくらいだ。


「もしかして、ミナミが売ってしまって……。いや、変なことを考えるな。俺なんかと付き合ってくれる善い子だぞ」


 さすがに疲れすぎているのかと思い、少しだけ気晴らしに動画でも見ることにした。

 最近は人気VTuberがロボプラモを作る配信をしていたりと話題になっていたので、それに興味があって動画サイトを開く。


「普通はプラモ作ってもそんなに人気にならないけど、さすが時代の流行だよなぁ。俺も配信できるトーク力とかあればVTuberになってたんだけどなぁ、こればっかりは才能だ」


 目的の動画がオススメに表示されてきた。

 やはり人気の動画はサイトのAIアルゴリズムによって出やすくなっているのだろう。


「AI様々ってか。ん? 他にも模型関連で人気の実写動画があるな……なんだこれ? 『彼氏の模型売ってみた。その結果は!?』だって? 彼氏も大変だなぁ……そんな女と付き合っちゃってるのかよ……最低すぎるだろ……」


 苦笑しながらも、何か嫌な汗が出てきた。

 小さなサムネイルでは判断しにくいが、ミナミに似ているのだ。

 マウスに指が伸びる。

 押すな、「見てみなさい」、押すな、「真実ですよ」、押すな、そんなわけない、押すな、ミナミを信じろ。

 過労の限界からか、変な声が聞こえてきている気がする。

 聞いたことの無い、ホッとするような安心感と包容力ある女の声。

 幻聴だとしても「押しなさい、楽になりますよ」という甘い声に抗えなかった。

 カチッと左クリックの音が鳴る。


「あ……あ……」


 そこからはあまり覚えていない。

 ミナミが配信者として活動していたのは知らなかった。

 裏では東のことを陰キャオタクだとバカにしていて、絶対にベッドだけは共にしないように理由をつけて騙している、と。

 東の大事な模型は全部店に売ってしまっていて、その提示される金に一喜一憂する汚い顔の女がいた。

 あの亡くなった両親との思い出の模型は値段が付かないので、爆竹で破壊するというパフォーマンスで使用されていた。

 SNSからリアルの東へどうやって辿り着いたのか疑問だったが、動画に出てきた編集者ニシがすべてを教えてくれた。

 ミナミと編集者ニシは元々付き合っていて、親の財産や、金になりそうな模型を持っている東を紹介したのだ。

 編集者ニシも契約書を交わさず会社に知らせないで、記事を自らの手で作ったと偽って、各社からの報酬を中抜きしたあとのはした金を東に渡していたという。

 親の遺産も二人に使い込まれていた。

 これらは、すべて仕組まれていたのだ。


「ハハハ……ハハハハハハハ……!」


 恋愛感情、怒りの感情、悲しみの感情、金への感情、仕事仲間への感情、すべてがそこになくなっていて、ぽっかりと空いた虚無と共に笑うだけだった。




 ――後日、倉庫。

 編集者ニシとミナミが縛られ、磔にされて固定されていた。


「さて、今日は等身大フィギュアを作ろうと思う。久しぶりで楽しいなぁ」

「ん~!? んん~~!?」


 東は表情がなく、猿ぐつわを噛ませた二人を見ていた。

 手には鋼鉄製のハンマー、狩猟用のナイフ。


「フィギュアにするには、内臓とかを抜いておかなきゃな。あとは暴れられても困るから、ウィッグで隠せそうな頭部を砕いて絶命させるか」

「んんんーーー!?」

「ああ、うん、そうだな。フィギュアとしての出来映えも気になるか。安心しろ、爺ちゃんが猟師をやっていたから、解体とかの知識は多少あるんだ。ちゃんと見える肌の部分には傷を付けないようにするよ。素材は大切だからな」


 二人は必死の形相で身をよじるが、縄は硬く外れそうにない。


「どんな完成系のフィギュアが良いか、頭の中に声が響いてくる気がするんだ。いや、声じゃないな……そうだ、これは勘だ。俺の勘がどういう完成系が良いか教えてくれるんだ」


 東は二人に近付いて行く。


「さぁ、お前たち実験体でフィギュアを作ろうか。売ってしまった物の代わりに」




 ***




 イストは飛び起きた。


「夢……か……」


 全身に汗をかいていて息苦しい。

 どうやらここは移動工房で、作業中に寝てしまったようだ。

 誰かが毛布を掛けてくれている。


「イストっち、うなされてたけどへーき?」

「レイリ……か。夢の内容すら覚えてないが、あまり良い夢じゃなかったようだな」


 レイリは目を通していた書類を置いてから、イストの方へやってきて顔を覗き込んできた。


「どう? あーしと結婚すれば安心感を提供してあげるよ~?」

「だから、そういうのは興味がない。モンスター素材の防具を作ることでなら協力してやるがな」


 近くで見れば見るほど、レイリは幻想的で美しい顔立ちをしている。

 だが、不思議とイストは女性に深く興味が持てないのだ。

 どこか自分は壊れてしまっているのかもしれない、と思うのであった。

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