第47話 天音ビューティー
昼食の時間も終わりがけであった。
入り口付近のテーブルで弁当を食べていた高二芸能科の小日向マリと高二モデル科桜山カオリが、いち早く五十嵐天音が食堂に入って来たことに気付いた。
天音はどこにいても、男女問わず目を引く存在であるが故、女学生の誰もが天音の一挙手一投足に目が離せない。
カオリは傍を通り過ぎた天音について、向き合って座るマリに、その様子を解説した。
「髪はレイヤー内巻きワンカールミディアムヘアに、明るめのヌーディブラウンの髪質は絹艶」
「そうね」
「細身の割に大きな胸が主張するブラウンカラーのフリル袖のオフショルダーブラウスに、パンと張ったセクシーなヒップから伸びる脚の長いスキニータイプのホワイトジーンズ」
「綺麗に見えるわ」
「足下はベージュのスウェード調クロスベルトのウェッジソールにP・キュート37番のピュアピンクのマニキュアね」
「よく分かるのね」
「スタイルだけじゃないのよ。エレガントタイプの顔のパーツにイエべ秋系の肌、貴賓すら感じるガーリーなセレブ女子と言わざるを得ないわ。ほんと羨ましいわ。女だって憧れる、それが五十嵐天音なのよ」
天音は食堂内を見渡し、春風を見つけるなり空いていたエリーと反対側の席に座った。
「エリーさん、席を外していただけるかしら? 打ち合わせがあるの」
天音の一言でエリーはバサッと立ち上がり、
「さぁ、食事も終わったし退散しますか、じゃあね、寮長!」
と言いながら天音に追いやられたかのようにエリーは食堂から出て行った。
「ねぇ、寮長、エリーとは何の話をしてたの?」
「お弁当の話さ」
「お弁当?」
「そう、このハンバーグ弁当についてさ」
「このハンバーグが蔵之助だってこと?」
「そうだよ。それでこの弁当を作っていたのが、谷川蔵之助だって話になってね、パーラーの板長が蔵之助だったんだ。驚きでしょ」
天音は春風が自分の隣でとても楽しそうに話す姿を見て、何だか不思議な感覚に見舞われた。
私の近くに寄ってくる男たちは、こんな純粋に笑わない。何かいつもいやらしそうな目つきで舐め回すもの。
「板長が蔵之助だと驚きなの?」
「そうさ、驚きだよ。だってさ、ただ料理上手い人だとしか思っていなかった人が、超有名な料理人だったなんて、気づきもしなかったんだから」
「——そ、そうか、そうだったんだね。それは確かに驚きね。ハハハ」
「でしょう! ハハハ」
やだ、寮長と話してると何だか楽しい。
やばい。私、今、胸がキュンとしたよ。彼のこと本気になっちゃった?
「五十嵐副長はお弁当まだでしょ? とにかく美味しかったから、食べてみてよ」
春風は天音のために向こうのテーブルに積まれたお弁当を取ってきて、レンジで少々温めたあと、天音の前においてあげた。
「どうぞ、ハンバーグだよ、食べてみて。温かいと更に美味しいんじゃないのかなと思って」
「うん」
天音は、幼子が大好きなお母さんの作ったハンバーグを目の前にして、食べていいの? と母を見あげ、嬉しい気持ちを顔いっぱい現した時のような笑顔で春風を見上げていた。
「こ、これは滅多にみられない貴重な天音さんの笑顔を見てしまったかも知れない」
その一部始終を見ていたカオリは、そう呟いた。
「あの天音さんが、春風くんの虜に、なっちゃってるよ。見てるマリちゃん?」
「見てるよ。学校でも寮でもあんなに楽しそうな笑顔見るの初めてかも!」
「いつもクールな顔していて、男子たちがにやけている光景をいやと言うほど見てきたけど、今はまったく逆ね」
「天音ねさんも王子様に出会ったら、可愛いお姫様になるのね。本質は乙女だったと言うことね。私たち以外に目撃者がいない訳だから、これは私たちの未知との遭遇ね。古すぎたかしら?」
「さすが芸能科。比喩が玄人はだしね」
ランチが終わり、寮の一日の仕事について、春風は天音から指南を受けた。
「寮長たる者、寮生のしきたりから学んで頂きましょうか?」
「しきたり?」
「いいこと、寮生が必ず守らなければならないのは、上下関係なのよ」
「そう言うのあるんだ」
「年長者、つまり高三生は絶対的存在。下級生たちは上級生には逆らえないのよ」
「それは、どんな時にも?」
「寮生である以上ね」
「例えば、先輩が好きなものには後輩たちは絶対手を出さないとか」
なんか怖いな。
「もしも、だよ、掟を破ったらどうなるの?」
「退寮、或いは寮のすべての掃除を一年間一人でやることになったり、一番下の下級生として扱われるの、どう? きついでしょ?」
「怖いな。女性社会の掟。キツめのヒエラルキーだよな」
ちょい待て、今のルールだと、間違いなく下級生は損をする?
だとしたら、誰も争はない、彼女たちは争はないんた。
そうか、寮長を上手くやり切るなら、上級生を味方につけることが、この女子寮を上手くまわす近道になるんだ。
特に五十嵐さんや華宮さんは、寮の中核だから、味方にすれば鬼に金棒だ。
「五十嵐さん、ここでは話しにくいこともあるし、良かったらパーラーでも行って話しませんか? 美味しいパフェあるんですよ」
私、普段はパフェなんか食べないんだよね、モデルだからね。
でも今日くらいいいか。
せっかく寮長から誘ってくれたんだし。
「行こう、パーラー」
「では、行きますか」
ふたりは徒歩でパーラーに向かう途中、麗香について話した。
「五十嵐さんは華宮さんと、どんな関係なんですか?」
「関係か? まあ、同級生だからね。一つ一つ譜面の音符を確かめるかのようにすべてをルールに従って整理しながら進んでいくタイプよ。時にこだわり過ぎる感もあるけどね」
本当に早乙女くんと話してると、肩の力入らない感じなる。
これは私が見つけた彼の魅力ね。
「カランカラン、こんにちは、春風です」
「あら、いらっしゃい」
「今日はお客さん連れて来たよ」
「こんにちは、いらっしゃい! まあ、なんて素敵な彼女を連れて来たの」
「初めまして、五十嵐天音と申します」
「店長の市川美涼です。いやー、五十嵐さんは本当に顔が小さくて可愛くて、手足が長くてスタイルが良くって、申し分ない美しさだわ」
「五十嵐先輩、美涼さんは市川先生のお姉さまなんですよ」
「えっ、市川先生にこんな綺麗なお姉さんがいたなんて知らなかった」
「まぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃない、五十嵐さん、うちのパフェ食べて来なさい。とても美味しいから」
「ありがとうございます」
「美涼さん、二階のデッキでいいかな?」
とふたりで話し合う場所を二階へ移し、持って来た寮長マニュアルをふたりで眺めた。
美涼はテーブルに置いてあって雑誌を片付けようとして表紙を見て驚いた。
「なるほど、彼女、モデルさんだったのね。しかし、綺麗な子だわ。翔子とは違う魅力を持つ女の子ね」