第46話 グルメなエリー
入学式を終えた春風は、寮に戻ってきた。
管理室に入るとそこには、学年長らがテーブルを囲み話し合いをしていたため「お疲れ様です」と言いながら、寮長室に逃げ込もうとした。
「お帰り、寮長さん」
何か抗議でもされる?
いや、雰囲気は柔和か?
「ただいま戻りました」
すると総長の麗香が切り出した。
「今、学年長会を臨時で開き、今後の寮長との協力体制をどのように進めるかを話し合いました」
ほう、どうなるの?
「結論としましては、土日の寮内の管理対応は、五人の学年長が必要にあわせて行う」
なんと、ありがたい、休みが取れる。
「平日に関しては、学年長は原則何もしません。寮長は給与が出ている労働者だけに、基本的には一人でこなしていただくことになります」
はいはい、それもよく分かる。
「平日の協力は寮生にその都度頼まれることになりますが、それも寮生にとっては負担になることも想定されるため、自称、五十嵐副総長が寮長のサポートをメインで引き受けてくださることになりました」
ええ? 五十嵐天音さんが? 一人で?
なんか申し訳ないけど、ありがたいかも知れない。
「皆さん、いろいろご配慮いただきありがとうございます」
春風は感謝して頭を下げた。
「じゃあ皆さん、寮長の協力をよろしくね」
と天音は思惑通りにことが運び満足そうに笑みを溢した。
「じゃあ寮長、昼食終わったら、私たちの今後についてお話ししましょうか?」
ええ? なんか、五十嵐先輩の話し方、意味深だなぁ。
ちょっとした補助くらいしてもらえるだけで、十分なんだけどな。
本日は食堂がお休みのため、昼食にはパーラー七里ヶ浜で作られたお弁当が食堂テーブルに運ばれてきた。
土日や祝日は調理担当がお休みとなっているため、食事の時間に合わせてお弁当が用意されることになっていた。
そして、弁当については、個人部屋に持ち込むことが認められている。
また、外出した先で食事を摂る者などは、あらかじめ土日祝日における注文票にチェックを入れておく必要があるのだ。
届いた弁当を見て春風は、想定外の豪華さに驚いた。
どれどれ、お味の方は。
「……ん? 見た目どおりに美味い!」
そうかこれ、板長が作ってるんだよね。
このハンバーグ、肉もソースも家庭で出てくる味じゃないし、器が器なら、一等地に店を構える有名な洋食店で出てくるランチに退けをとらないよな。
「今、ランチにめっちゃ感動してたでしょ?」
そう話しかけたのは、斜向かいに座っていたおしゃべりが好きそうな寮生であった。
「私、三年芸能科の田中エリよ。皆んなエリーって呼んでるわ」
と自己紹介をしたエリーさんに、
「ちょっと伺ってもいいですか?」
と問いかけた。
「私に何を?」
「えっとですね、この弁当についてなんですけど、いつもこんなに美味しいんですか?」
「君は寮長の……」
「早乙女です」
「そう、早乙女くんでしたね、女性と間違えられた」
それは関係ないでしょ!
もう!
「それはさておき、早乙女くんは、この弁当作っている人をご存知かな?」
「もちろん知ってますよ。パーラー七里ヶ浜の板長さんですよね?」
「そう、よくご存知だこと。では、他には?」
「他、ですか? いや、知りませんが……」
「ふふふっ、その程度で知っているなんて……お笑いですわ」
「随分と手厳しいですね、エリーさん。そこまで言われるのなら、僕の知らない板長について教えてもらおうじゃありませんか?」
エリーはふざけ笑いをやめて、真剣な眼差しを春風に向けた。
「板長の名前は谷山蔵之助、ご存知のとおりパーラー七里ヶ浜の板長よ」
谷山蔵之助さんか、聞こえは玄人っぽい名前だな。
「君は知らないかな? 数年前にプラチナガイド三つ星に日本人で初めて選ばれた洋食『蔵之助』のオーナー兼料理人の谷山さんのことを」
「——ごめん、知らんよ。初耳だ」
「そう? 誰でも一度は聞いたことある有名店なんだけど。彼の店は、一年以上前から予約を取らないと入れない超人気洋食店だったんだけどね、ある日、大物政治家がそこで食事をした時のことなんだけど、その政治家が店内のマナーを破ってタバコを吸ったんですって」
「それでどうなったの?」
「谷山さんがタバコを止めるよう声を掛けたんだけどね、逆にタオルを投げつけられたらしいの」
「それで?」
「それで谷山さんがブチ切れてしまって政治家をこうやってグーで一発殴った上、店から追い返したらしいの」
「殴ったことに対しては、傷害届は政治家からは出されなかったの。そうよね、その経緯が世間に知れたらイメージダウンになるもんね。そんなことで罪には問われなかったんだけど、この一件が原因で店の評判が悪くなり、客の予約はキャンセル、客足は遠退き、結果、店に畳まざるを得なくなったんだよ」
そんな過去が……。
「今は人目につかないよう知り合いだった市川美涼さんを頼りパーラーで料理人をしているのよ」
「だから質の高い食材を使っていたり、名前を名乗らなかった訳か」
「今となっては幻の料理人だからね。蔵之助の弁当をこうやって食べてるなんて、まさに至福よ」
「エリーさん、よく知ってますね? そこまでのことを」
「わたくし『グルメなエリー』に何でも聞いてね!」
お茶目って言うか、個性的って言うか、まさに十人十色です。




