第45話 雪の夢
「早乙女春風くん——早乙女くん!」
担任の香山薫子先生が点呼をする中、春風は高等部一年一組の教室に駆け込んで来た。
「早乙女春風は僕です!」
「早乙女くん、今までどこにいたの?」
「あっ、いやぁ、トイレでしたが」
「スッキリしましたか?」
「ええ、お陰様で」
と言った瞬間クラス内で笑いが起きた。
「はい、静かに! 分かりました。では、そちらの席が空いてるからお座り下さい」
春風は窓際の一番前の席に腰掛けた。
オリエンテーションが始まり傾聴する中、眼光鋭くヒリヒリと感じるような視線を浴びせてくる男子の存在に春風は気づく。
春風が横目でその視線の先を察知していたが、瞬間顔をその先に向けると、その男子は顔を背けた。
「あいつ明らかに視線を向けていたな」と判断した春風は、更に視線を送りつけた。
「早乙女くん、こちらを向いて話を聞きなさい」
と香山先生が一言声をかけた。
あっという間にオリエンテーションが終わった。
「春風くん、お疲れ」
「雪も一組だったんだ」
「特進は二組しかないから、同じクラスの可能性五〇%を引き当てたみたい」
「待て待て、一組は多分成績上位組が集まっているんじゃないの?」
「そうなの?」
「入学要項に書いてなかった?」
「覚えてないわ。ところでさっき誰かをじっと見てたよね?」
「オリエンテーションの?」
「そう」
「今はもう消えてしまったが、ある男子が僕をじっと睨みつけていたんだ」
「知り合いじゃないのね」
「な訳ないよ。僕の名前を聞いて、性別に疑問を抱いたのかも?」
「そうね。初めて春風くんの名前聞いたら、性別は女と思うよね」
「ご丁寧にどうも」
「じゃあ帰ろうか」
「おう」
ふたりは階段を降り、昇降口へ向かう。
廊下を走り来る男子が一人。
「あの、真田雪さんは見えますか?」
三組普通科の東堂満が、雪のいる教室に現れた。
「真田、雪? 知らないわ、いないんじゃないの」
「そうですか、ども——あっ、クラスメイトの名前くらい覚えとけよな! 特進のくせによ!」
と捨てゼリフ一つ残して去っていった。
「まっ! 失礼しちゃう!」
「本当、普通科って言ったわね、言葉遣いから勉強しなおして欲しいわ、まったく!」
昇降口に嵐舞う。
「僕たちテニス部でーす! テニスできる人はモテるよ。君もやってみない?」
「吹奏楽で仲間と充実した学生生活を送りませんか? 初心者大歓迎です」
校舎昇降口から校門まで繋がる部活動の勧誘を受ける中、雪と春風は、
「ファッションデザイン部です。服飾に興味がある方ぜひ一緒にセンスや技術を磨きませんか?」
と声をかけられて立ち止まる。
「ファッション、デザインに興味がありますか?」
「はい、とてもあります」
「じゃあ、入部されますか?」
「特進一年の真田雪です。よろしくお願いします」
「ではこちらで申し込みをお願いできますか?」
「あっ、はい。春風、ちょっと待ってて」
「ああ、ごゆっくりどうぞ」
「さあ、こちらへこちらへ」
「はい」
「彼、真田さんの彼氏なの?」
「えっ、彼ですか?」
「どことなくふたり並んで歩いてるところがね、とてもナチュラルな感じがしたわ」
「そうですか? 彼氏って呼べたらいいけど、幼なじみなんです」
「彼、モテそうだから、心配……あれ、ちょい待ち、真田さんて、この住所、小田原市……だけど、ひょっとして……エスハニのブランドの事務所の辺りに住んでるの? 苗字もデザイナー兼社長の真田真澄さんと同じだから」
「……ん?」
「どうなの?」
「よくご存知ですね。真澄は私の母です」
「ええっ、やっぱりそうだったんだ。うちの母は、エスハニの代理店を渋谷と名古屋栄で出してるのよ」
「そうなんですか? じゃあ先輩は近藤さん?」
「知ってくれてありがとう。私、部長の近藤愛って言うの。よろしくね。でも、なんて偶然なの」
ふたりは両手で握手しエスハニを語り始めた。
春風は、十五分しても戻らない雪をおいて、寮に戻ることにした。
春風が寮に戻るまでの間、何やら天音が学年長たちを管理室に集めて、話し合いをしていた。
「いい、皆んな、寮長は学生だから、男子とは言え女子寮に住む仲間よね。だから寮長の力になって欲しいの。分かるわよね」
「ええ、まあ」
「よろしい。次に総長の麗香、学年長の美穂、雪乃ちゃんには、寮長が休みになる土日の点呼や戸締りを交代でお願いしたい。お願いできるかしら?」
「分かりました。任せてください」
「ところで天音、そう言うからにあなたは副総長として、何かやってくれるんでしょうね?」
「私はね——平日、寮長の補佐をしようと思っているの。平日の朝食時と夕食時の点呼を手伝おうと考えてるわ」
総長の麗香が口を開く。
「天音、あなたちょっと早乙女寮長に肩入れし過ぎてるよ」
天音はちょっと笑いながら「私は早乙女くんが寮長として長くいてもらえるよう配慮しているだけ」と麗香の忠告を交わした。
「長くいる配慮?」
「ただ、それだけのことよ。だって素敵じゃない? 男性が寮長でしかも、高校生なんて。彼、キュートだし」
学年長たちは、その言葉の意図が分からなくなった。
これは天音の興味本位か?
天音の真意は、ただ、春風を落とすためには、寮長でいてもらう必要があり、この先、寮を離れたら、天音が始めた「春風を落とす恋愛ゲーム」が貫徹できなくなると懸念したことによるものであった。
高二学年長の美穂はこう切り出した。
「いいんじゃないんですか。やはり、男子学生が寮長すること自体、馬鹿げているとは思っていましたが、天音さんの言われるとおり我々の寮生活の、ある意味質的にも大切なことかも知れません。だから、できる協力はすべきかもしれませんね」
そんな風にある種ハレンチな発言をした美穂に、麗香は苦言を呈した。
「美穂、まずあの一年坊に寮長なんて無理よ。敢えて言おうか、彼はボランティアの寮長なのか? 違うよ、寮長は職なんだ、しかも雇用契約ありの仕事になるんだよ。片手間にやってもらうんじゃ、我々にとっても不利益が起こりかねない。だからこそ、配慮なんてものはいらないんだよ」
「なるほど、麗香さんの言うことには理がありますね」
と答えた美穂だが、天音が更に口を挟む。
「あんたたち、何言ってんの? まだ始まったばかりなのに、早乙女くんが寮長には不適任と言って追い出すつもり? 学年長がいじめの集団になってどうするのよ。学年長が聞いて呆れるわ」
と怒り口調で他の学年長らを侮蔑した。
高一学年長の雪乃が、重い口を開いた。
「皆さんのお考えにはそれぞれの理があると思うのですが、私は同級生だから、早乙女くんには頑張ってもらいたいと思いますし、校訓にもある「慈愛の精神」を我々が実践することは、学生寮の一員として寮長を暖かく見守り、できる協力は惜しまない、と言うことじゃないのかと思います」
これを聞いたセレナと蘭はこれを支持した。
麗香は正直不服そうな顔つきであったが、校訓を引き合いに出され矛を収めた。
「では、今後、寮長に協力できることは惜しみなくしてあげて下さい」
と麗香は心ない様子でそう話しをまとめた。
天音は、春風に近づく口実をまんまと作り上げたのだった。




