511:セリオさんと情報共有します!
■セリオ・ヒッツベル 25歳
■第499期 Cランク【審判の塔】塔主
「ハッ――!」
「チイッ! ちょこまかとぉ!」
金属音と威勢の良い声が響く『訓練の間』。
今はティナとジータが模擬戦をし、一方ではシャルロットがエメリー相手に杖を振るっている。
僕は壁際で、隣にはアデルという状況だ。
レイチェルの死からしばらくは気分的な問題もあり、『会談の間』で報告めいたことはしていても合同訓練会のようなものは控えてきた。
しかし第503期が始まり、内定式も終わったタイミングで気持ちを切り替え、改めて合同訓練会をする流れとなったのだ。
シャルロットが珍しく戦闘訓練をしているのも気持ちの表れだろう。
沈んでばかりではいられない。戦い続ける意味でも強くあらねばと考えているに違いない。
それは杖を振るうその姿からもよく分かる。僕も他人事ではいられないな。見習わなければならないだろう。
ティナのほうは召喚してから一年経ったわけだが、身体と頭のアジャストは八割方済んでいるという。これは本人の感覚と、エメリーの感想も含んでのものだ。
毎日自主練し、塔主戦争も行い、エメリーとの模擬戦を頻繁にやって、やっと八割なのだ。
神定英雄とはそれほど難しいものなのかとも思ったのだが、もしかしたらティナが強すぎるというのも理由の一つなのかもしれない。
現にジータは一年も掛からなかったと言っていたし、強すぎるが故に細かい部分で修正する必要があるのだろう……と僕は思っている。
これからもエメリーとの模擬戦は必要だろうな。
そしてジータと模擬戦することもまたティナの身になっているに違いない。
ジータはティナの速さに慣れてきているそうだが、今のところ、一太刀も入れられていない。
速さを捉えられないか、捉えても木の葉のような動きで避けられる、というのを繰り返している。
ジータが慣れると同時にティナのアジャストも仕上がってきているからだろうな。
結果としてその差が縮まっているのか、広がっているのかは分からないが。いずれにせよジータにとってティナの壁は高いらしい。
それでもジータは満足しているようだ。アデルも表情こそ微妙なものだがジータの成長に納得している雰囲気がある。
今も隣で話しながらではあるが、ジータの様子を見てたまに溜息を吐いていたりもする。
気持ちは分かる。強者が身内にいると心強く思う反面、「自分の塔は大丈夫なのだろうか」と心配にもなるものだ。
僕の【審判の塔】など最高戦力の【審判の天使イェグディエル(★S)】ですらジータに及ばないだろうからな……如何ともしがたい。
そんなことを考えながらもアデルと話しているわけだが、その内容は新塔主についてだ。喫緊で優先すべき話題だろう。
「なるほど……【愚者】【皇帝】【勇者】は注目しておりましたが、まさかそんなことになっているとは……」
「あと渡せる情報としては【嵐舞】のシャイラがサルンバル共和国のメンフィート侯爵夫人、【蒼き波】のマウがラロドーン王国アルビルダ商会の娘、【咆哮】のラダマンドがセブリガン獣王国の豪族……今のところこの程度ですわね」
「よくこの短期間でこれだけ集められるものですね……助かります。ありがとうございます」
僕も情報筋を持っているが、内定式からわずか数日でこれだけの情報など得られない。
おそらくロージット家の諜報員を使っているのだろうが……恐ろしいほどの情報収集能力だな。
ありがたいと思う一方、敵に回したくないとも思う。
やはり注目すべきは名塔、神定英雄を持っている塔、そして金を持つ貴族や大商人になる。
その中でも【愚者】【皇帝】【勇者】の三塔は抜けている気がするな。
【愚者】と【皇帝】は共にニーベルゲン帝国の皇族と貴族。国の中枢と言えるほどの人物らしい。
派閥的に敵対関係でもあるそうだから、同期としてと言うよりもっとライバル的な関係になりそうだな。
まぁ神の悪戯による選出と見て間違いない。となれば何かしら事は起こるのだろう。それはアデルも示唆していた。
それと【勇者】の素性がSランク冒険者であること。そしてその神定英雄がメルセドウの歴史的人物であることも教えてくれた。
テオーリ・ジスカベルか……おそらく今のバベル・バベリオでその正体を知る者などほとんどいないだろう。
メルセドウの歴史に詳しく、その姿から連想できるほどの知識を持っていなければおそらく無理だ。
そういう意味ではアデルに教えてもらって良かったな。僕の情報筋で知り得たとは思えない。
【愚者】【皇帝】は注目も浴びるし侵入者も多く入るだろう。プレオープンでも結果を残すはずだ。
しかし台風の目となるのは【勇者】に違いない。
これがプレオープンでどれほどの結果を残すのか……それで503期の動きが変わるような気がしている。
果たして平穏なバベルとなるのか、激しい闘争が繰り広げられるのか……何となく後者な気もするがな。
「今期も塔主戦争が増えるようなら私たちが介入する機会も増えそうですがね……さてどうなるか」
「小銭を稼ぐか、お馬鹿さんを探すかの二択でしょうね。【審判】も【風雷】も段々と難しくなるお立場ですから」
知識のない新塔主狙いか、まだティナを甘くみている高ランク塔主ということだな。
僕もすでにCランクトップだし下から申請されるとは考えづらい。来るとすれば甘く見ているBランク下位の塔主だろう。
【風雷】とて同じようなものだ。もしかするとCランクの塔から申請があるかもしれないが、ティナを甘く見ているというのが前提条件になるな。
昨期は自分なりにではあるが精力的に塔主戦争を行ったつもりだ。
【審判】が三回、【風雷】が四回、内 同盟戦は二回になる。
精一杯動いてそれだけなのだ。【彩糸の組紐】と同じようにはいかない。
「自分から積極的に動いて初めて分かりましたが、アデル殿たちはよくあれほど塔主戦争を熟せましたね。もちろん申請される機会もあったとは思いますが、ご自分から申請して受理されたこともあるのでしょう?」
「それがそうでもないのですよ。わたくしの場合、自分から申請したのは【昏き水】の一塔だけですしね。他の皆さんは多少ありますけれど」
「そうなのですか? それは意外ですね……いえ、敵から申請されるケースの方が多いとは思っていましたが」
「まぁわたくしたちに敵愾心を集めるよう動きましたからね。新聞であるとか塔章や軍旗であるとか」
大きな塔主戦争をした後は客入りが多くなる。
それが少し落ち着いたタイミングで、新聞には【彩糸の組紐】のインタビュー記事が載っていた。
それにより街では話題に上ることが多く、人気は継続し、価値が高まることで塔にも人が入っていたのだ。
塔章や軍旗にしても、ただ目立ちたいだけではなかったということだな。
街民から人気を得るのと同時に、塔主から反感を買いたかったわけだ。それが塔主戦争の機会になるから。
普通の塔主ならばそんなことは考えない。考えたところで実行できない。
間違いなくリスキーな手だし、自ら首を差し出すような真似をして生き残れるほどバベルは甘くない。
しかし彼女たちはそれを成している。実行した上で全ての塔主戦争に勝ち続けている。
今となっては納得できる部分もあるのだが……だからと言って理解できない部分も多い。僕は一般的な塔主にすぎないのだから。
「いかにも政治的ですが、あれはアデル殿の策なのですか?」
「新聞などはそうですけれど目立とうとしていたのは全てシャルロットさんが発端ですわよ」
「まぁ確かに塔章や軍旗は【女帝の塔】が発祥でしたからね……」
「そもそもの発端はシャルロットさんが最初に【正義の塔】を斃したから、ですわね。そこから――」
アデルが言うにはこういうことらしい。
まず【女帝】が【正義】を斃す。
これは神様の計らいだろうとのことだ。【女帝】をDランクに上げたからTPの補填として塔主戦争をさせたのでは、というアデルの予想。もちろん悪戯めいた考えもあったに違いないのだが。
そして【正義】を斃したことでニーベルゲン帝国から恨みを買い、【力】同盟との同盟戦が成った。
これに勝ったことでより注目を集め、【女帝】同盟は最も人気のある新塔主となる。
【赤】と【世沸者】が加入したのもここだな。加入の経緯は違うらしいが。
そうして高ランク塔主から目をつけられたところで【風】同盟戦があった。
これはノノアが虐められていたことも原因の一つらしいのだが、それにも勝ったことで人気は不動のものになる。
アデルはその直後に新聞のインタビューで『反差別主義』『反貴族主義』を公言した。
これが政治的に上手いところだ。民衆の支持を買いつつ、貴族や高ランク塔主からの反感も買った。
侵入者も塔主戦争の機会も増える。まぁ無作為に喧嘩を売っているのと変わらないから無謀にも思えるがな。
ともかくこれにより【彩糸の組紐】の価値も高まり、塔主戦争申請が来る切っ掛けにもなった。
むかつくから消したい。価値があるから斃したい。
理由は様々だろうが、普通ならば申請などしないであろう高ランク塔主からも申請が入り、成立しないはずの塔主戦争が成立したわけだ。
その結果が全勝ということも含めて、理解しがたいものがある。
そこまで来れば、あとは芋づる式だそうだ。
勝ち続けることで人気も敵愾心も得られ続ける。
【魔術師】【空城】【節制】など国絡みの何某もあったらしいのだが、基本的には「目立ったから目の敵にされた」ということらしい。それを今まで継続しているのだと……。
「なるほど。発端はシャルロット殿かもしれませんが、アデル殿の手腕もあったように見受けられます」
「そんなことはありませんわよ。わたくしはシャルロットさんに便乗して利を増やしているだけですからね」
「そもそも便乗するのが難しいとは思いますが……利を増やそうと画策することも、それを機だと知ることも」
「隣にいれば嫌でも分かりますわよ。セリオ様ももう気付いていらっしゃるのではなくて? シャルロットさんの特性について」
特性か……。確かに普通の塔主ではないのは分かる。少なくともただの街娘ではない。
それが考え方なのか、人柄なのかは分からない。
心の強さ……いや違うな。闇のようなバベルに似つかわしくない『不思議な明るい雰囲気』とでも言うべきか。
いずれにせよバベルにおいて特殊な塔主ではあると思う。
しかしアデルは別の部分に着目しているらしい。
「シャルロットさんは無意識に敵と味方を増やすのですよ」
「無意識に?」
「深く考えずとも言葉を発し、行動を起こすだけで敵も味方も増えるのです。そして味方にはとことん甘く、敵にはとことん苛烈に接する。それが【女帝】に選ばれた素養なのだとわたくしは思いますわ」
なるほどと思わされる部分がたくさんある。
僕は二回も塔主戦争申請をされたし、ティナが来て初の会合となった時はウリエルを連れてきてあからさまな警戒をしていた。
しかし警戒を解いてからは親身になって色々と情報を教えてくれたものだ。
シャルロットが持つ二面性。
特に敵に対して涼しい顔で殲滅を行うようなそれは、確かに『普段のシャルロット』のイメージからは窺い知れない。
言われてみればまさしく【女帝】だな。
なんとなく国民に対して誠実で、敵国に対して苛烈な『女帝の国』を想像してしまった。
「塔章にしろ軍旗にしろ、シャルロットさんは別に敵を作ろうと思ってやり始めたわけではないのです。発案はクイーンたちらしいですしね。まぁそれを実行したのはシャルロットさんご本人なので責任は塔主にあるのですが」
「そうなのですか」
「わたくしはそれを利用しているだけです。シャルロットさんが無意識に集めた敵愾心をわたくしたち同盟に分散させ、共に集客と戦う相手を増やしている……ということですわね」
言うのは簡単だがそれを実行するのは難しい。僕でもそれくらいは分かる。
やはりアデルも優れた塔主だな。そして優れた政治家でもあるのだろう。『メルセドウの神童』とは恐ろしいものだ。
おそらくドロシー、フッツィルという二人の識者がいるのも大きいのだろうな。
二人が相当な切れ者だということは今までの会話の端々から読み取れる。
シャルロットを中心に三人の識者が肩を並べているというのが【彩糸の組紐】という同盟の恐ろしいところだと僕は思う。
「羨ましく思う気持ちもありますが真似はできませんね。アデル殿たちの真似も――【毒】の真似も」
「あれこそよくやるものだと感心しますわね。実際に成果も出ておりますし」
「ティナやエメリー殿がいるからピーゾンが警戒されにくい現状というのもあるでしょう」
「情報をある程度オープンにしているのもその一環でしょうね。お馬鹿さんを釣るのには良い策ですわ」
【彩糸の組紐】とは全く違うやり方で人気と敵愾心を集めているのが【毒の塔】だ。
しかしあれこそ真似る気にはならない。アデルのやり方のほうがまだマシだ。
実際に一体三の同盟戦まで行っていたのだから有効な策ではあるのだろうが……メルティエンリにしてもピーゾンにしても全くもって油断ならん。
おそらく今期も【毒】は精力的に動くのだろう。
僕たちも出来れば追従したいところだが……厳しいだろうな。【毒】が目立つほど僕らの戦う機会は失われる。
このままでは502期の代では【毒】が独走するだろう。
それに張り合うつもりはないのだが……何とも厄介な塔主が伯母上の同期になったものだ。




