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冥婚ドヲリズム  作者: 三石メガネ
13/13

海士坂 聖一

***




 雨は嘘のように止んでいた。

 空には半分に掛けた月が佇んでいる。

 来たときよりも肌寒い。けれど、じきに屋根はオレンジ色に染まるだろう。そのころには暖かくなる。それとも、呼んでおいた警察が来るのが先だろうか。

 あのあと、コトリの戒めを解いて玄関を目指した。扉の前にいた聖一を抱えて三人で外に出た。ドアは、あまりにもあっさりと開いた。

 コトリは通報を終えると、すぐに車のバックドアを開いて後部座席を倒した。積んであった毛布を敷き、場を整える。約束されていた儀式のように、二人とも一言も話さない。不思議と意思は伝わっていた。司たちは聖一を運び入れ、丁寧に寝かせる。死後硬直が始まっていた。

 バックドアを開け放したまま、ラゲッジスペースに座る。

 司はぼんやりと月を眺めていた。それなりの距離を保ち、隣にコトリが座る。

「……ありがとう」

 彼女が言った。何かを話さなければいけないと考えたのだろう。強い人だと司は思った。こんな状況にあっても他者を気遣える。そしてそれは聖一も同じだった。

「何が」

「全部終わらせてくれたんでしょ」

 わずかな間が空いた。何を言われたのか分からなかったからだ。数秒かけて、司はようやく「もうコトリの中では終わったことなのだ」と理解した。

「体は大丈夫? 怪我してない?」

「……ちょっとだけ。でも不思議なんだ。手、ほとんど火傷してない」

 聖司人形はあれほど激しく燃えていたのに。見えないところで、司は守られている。

「……結局、アスカさんだったの?」

 元凶のことだろう。そうは思いたくないといった口調だ。

「紗雪ちゃんは被害者だよ。多分、聖司人形を入手したことでおかしくなったヒノノメに呼び出されたんだと思う。それまでに何度も人形の売買をしてた間柄だし、顧客みたいなものだから」

 夫婦の家とは言え、男性に呼び出されてひとりで行くには気が引けた。だから黒川を誘った……といったところだろうか。

「遺産が入ったとはいえ、ヒノノメが人形を買い上げなかったらあれほど財政的に余裕はなかったんじゃないかな。妙法寺峰子は僕の素性調査に結構つぎ込んでただろうし」

 親元を離れたいというのは紗雪が望んだことだったのかもしれない。しかし進学先や偽名に関しては、おそらくは峰子が指示したのだろう。仕送りなしにひとり暮らしなどできない紗雪は、条件を飲むよりほかになかったはずだ。しかし今までの態度からして、紗雪は司にそれほどの執着はなかったのではないか。

 母は因習にとらわれ、聖司への思いをこじらせたが、娘は違う。親と子は、血が繋がってはいるけれど全く別の人間同士だ。母元を離れて自分の人生を歩んでいた彼女は、きっと峰子とは全く別の方を向いていた。多くの人間がそうであるように、紗雪も初恋など甘酸っぱい思い出のひとつでしかなかった。

「同じ場所で生まれ育ったって、子供は子供でしかないのに」

 司の父は優しかった。そして、人口が少ないため村の子供はみな同じ学校に通う。峰子と聖司は年代も同じくらいだろうから、過去に何かが――紗雪と聖一とのあいだに起きたような出来事があったとしても、不思議ではない。

「ふうん……」

 コトリは隙間を埋めるためだけの返事をした。今の説明ではさっぱり分かっていないだろう。かといって、細かく問いただすほど無神経な人間ではない。この会話は彼女自身の好奇心を満たすためのものではないのだから。

「……あんたには随分助けられたし、これから何かあったら言ってよね。何度だって言うけど、全部ひとりで背負うのはなしだから」

「何かって、なにが」

 喉を詰まらせたような間が空いた。司には手に取るように分かる。罪悪感に阻まれて、コトリはその先が言えないことを。

「もう何もないよ。ありようがない。聖一が終わらせてくれた。『全部終わっちゃった』んだから」

「そう……」

 妙法寺峰子の企みは潰えた。けれど、この世の全ての憎悪を煮詰めたような思いは消えない。永遠に許す日はこないだろう。

 それでもひとつだけ、あんな女から得られたものがある。

「奈々雄も、先輩たちも、聖一も……生き残った僕らができることを、これからしていかなきゃ」

「うん。……そうだよね」

 疲弊したコトリの目に安堵の色が差す。最後の恐れが消え去ったのだろう。あとは光に向かって歩いていくだけだと思っている。どんなに今が暗くとも、陽が差す方に進んでいけると。

 司は己の胸をそっと撫でた。すっかり汚れたスーツ越しに、わずかなふくらみを感じ取る。これだけは無事だった。そこにあると思うだけで、かすかに満たされる。

 ――峰子は人形に生皮を被せ、自らの血を与えた……。

 血は心臓の代用になるのだ。そして司に流れる血は、聖一と同じものだ。

 ――僕たちが同じなのは、きっとこのためだったんだ。

 嬉しかった。この関係性には意味がある。これは天啓なのだ。

 あの闇の屋敷の中で、聖一は兄を導いた。彼に心残りがあるとするなら、司の行く末に違いない。だから守ろうとした。それこそが聖一の未練だった。

 ――死してなお聖一に会えた理由は、ここにあったんだ。

 俯いて、両手で顔を覆う。声を上げそうになるのを堪えた。希望がある。なんて素晴らしいことだろうと司は思った。コトリの描くそれとはまた違うけれど。

 ――だからこそ僕は、やるんだ。

 未練が残り続けるように。この世から聖一が消えないように。

「……司」

 コトリがいたわしげに背を撫でる。まるでコントだと司は感じた。彼女から見ればさぞかし哀れな男なのだろう。両手の奥で、笑いをかみ殺していることも知らないで。

「……もう、大丈夫」

 そうだ、大丈夫だ。あとは禁忌を犯した人形を用意するだけなのだから。

 なければ死体で代用できることも、司は今知ってしまった。

 あとは信じて突き進むのみだ。


 たとえ破滅が訪れようと、そのときが楽しみでたまらない。


 ――また会えたら、僕は一番に何を伝えようか。



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