第三章第六節
次回か、その次かでまたヒロインを出そうと思ってます。
豆腐をくり抜いて作ったような病院の中を、オイノモリは歩いていた。受付にソーシャル・ウォッチを見せて、身分証明とクグリザカとの関係の説明を済ますと、患者の検索をしてくれた。どうやらクグリザカも同じ病院に搬送されていたようだ。クグリザカが生きていたことにオイノモリは安堵した。あの爆発に巻き込まれずに済んだのだろうか。
しかしそれは全くの見当はずれだった。
真っ暗な部屋に「ヒュー…シュー…」と規則的に音がする。クグリザカは今は寝ているようだった。と言っても、寝ていないときも部屋は暗くしておかないと都合が悪いらしい。
前髪を束ねて額を露出させた女看護師から聞いた話によると、強い光に当たるとパニックを起こしてしまうらしい。右腕や内臓の移植手術を行う際も、明るい電灯が照らす廊下に出てくることが出来ないために、麻酔だけ病室で済ませてから手術室に運ばれたらしい。
身体はオイノモリのように棺に固定されていて見えなかった。棺の外に出た顔にはシリコン製の伸縮包帯が巻かれている。顔の右側は、ひどい火傷をしているようだった。身体の方は『団体』の活動もあって臓器提供なども増えているので対処できるだろうが、心の方はどうなのだろうか。オイノモリは科学管理課と縁が薄い。クグリザカが元に戻るのかは分からない。
オイノモリの手首が、暗い室内でホタルのように点滅した。窓のない真っ白な廊下に移動したオイノモリは、ソーシャル・ウォッチを確認した。『団体』の調査委員会が到着するらしい。
オイノモリは自分の病室に戻って、調査委員会の会員が巡回してくるのを待つことにした。病室に戻ると、オイノモリを拘束していた棺は無くなっていて、一般的な病院ベッドに変わっていた。読書用端末を今から用意してもらっても調査委員会の聴取に間に合うかは分からない。オイノモリはソーシャル・ウォッチをベッドサイドのスクリーンにかざして、動画放送を見ることにした。
「つまり君の主張はこういった点で非進歩的なのだ!」
「…確かに!」
スクリーンをつけると子供向けヒーロー番組がついていた。ヒーローが主張が対立するキャラクター(旧時代には一方的に「悪」役と呼ばれていた)を論破するクライマックスシーンだ。
来客が来た時に子供向け番組がついているとなんか気まずいな、と思ったオイノモリは手早くチャンネルを変えた。
「つい先日行われたデモ活動で爆発騒ぎがあり、警察はテロと判断し『国民団体』昇華課と連携して原因を調べています。進歩的デモに対する挑戦は近年増え続けており、ここからは『国民団体』参政課のイヌオトセさんの解説で今回のテロについての調査の進展を…」
次のチャンネルではニュースが放送されていた。スクリーンに映る白い服の男は何度か放送で見たことがある。イヌオトセ曰く、どうやらロケットのような推進装置付きの爆弾が政府関連施設付近から発射されたと考えられているようだ。
コココ、と病室の扉がノックされた。「『団体』のものですが」
「どうぞ」
ほぼ無音で自動スライドしたドアからは見覚えのある顔が見えた。隣には眼鏡をかけたスポーツ刈りの男がいた。身長は190cm以上だろうか。
「君が生き残ったと聞いて安心したよ、オイノモリ君。後輩君はあまりよくないらしいが」
深い皺の男はよそ行きの黒いスーツに深い紺のネクタイをつけていた。
「ジンバさん、お疲れ様です。お心遣い感謝します」
「ああ。今回のテロの調査は私のチームが聞き取りを担当している。思い出したことがあれば遠慮なく発言してくれて構わない」
ジンバは淡々と言うと隣の男を見上げた。
「こちらは科学管理課のロクマイバシ君だ。彼は今回のテロの科学的な調査を行う。彼の質問にも正確に答えていただきたい」
「先程のニュースではもう発射場所まで特定されているようでしたが…」
「…確定情報ではないので」
ロクマイバシは野太い声で言った。
「厳密に判断できるまでは調査が終わったわけではないという事です」
はぁ、とオイノモリが相槌を打つと「よろしいかな」とジンバが言った。
「ではまず爆発が起こる少し前の話からだが、何か前兆のようなものを感じたか否か」
「…では最後に覚えているのはどんなことか」
「最後に覚えているのは爆発の後に、気を取り戻した時のことです。その時…」
オイノモリは女のことを思い出した。あの女は何だったんだろう?最初はテロリストと疑っていたが、そもそもそんな人間ならばオイノモリを病院に搬送させたりしない。オイノモリの中でも結局答えは出せなかった。
「その時…なんだね?」
「その時、女性にあったんです。ワイシャツ姿の…背の高い人で、僕より少し年上でしょうか。その人にSOSを送ってもらってここに搬送されたんです。喫煙者でした」
「その女の身長や体格は正確に言えますか?」
ロクマイバシが口をはさんだ。
「身長は170cmは超えていたと思います。体格は…華奢だったと思います。足は細いようでしたから」
ゴホン、とジンバが咳払いした。非進歩的な他人の体格や年齢の話に抵抗があるのだろう。
「分かりました」とそっけなくロクマイバシは返事をし、「ジンバさんは他には」とジンバに話を振った。
「いや、ない。オイノモリ君、ご苦労だった。また何かあるやもしれんがその時はよろしく頼む」
ジンバが会釈するのを見てロクマイバシも頭を下げた。
「あ、少しよろしいですか、ロクマイバシさん」
「クグリザカさんのことなら、昇華を行えばほぼ以前と変わらない状態に戻りますよ」
ロクマイバシはそういうとそっけなく病室から出ていってしまった。
どうやらこちらの話に察しがついていたらしい。
クグリザカは昇華さえすれば元に戻る。希望が見えてくる発言だったが、昇華された会員の様子を見ただけにオイノモリは不安だった。ほぼ以前の状態に戻れるとは、デモ課の業務に戻れるという事だろうか?人力発電業務に就くことにはならないのだろうか。なるべく早く昇華課や科学管理課に聞いてみる必要があるだろう。
…質問されなかったが、あの女の言動については話しておくべきだったろうか?
昇華課のことを考えている間にオイノモリはあの女の言動について思い出していた。
最初は非進歩的な言動をする女だと思っていたが、今頭を整理してみれば、あの女は自分を助けてくれたのだ。曲がりなりにも恩人を告げ口する必要はないだろう。
確か「法が出来た理由」だとか「たくさん笑うのが楽しい生き方」とかそんなことを言っていた。笑って生きられるなら楽しいのは確かにそうだろう。しかし法が出来た理由とは…
考えても上手く理解できなかったオイノモリは、やはり何か読もうかと思い、読書端末を運搬ロボットに持ってこさせることにした。
クグリザカはやっぱり殺さないことにしました。この後も生きてもらいます。これが今年最後の更新になります。多分。また来年も暇を見つけて書いていきます。




