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可哀想だから愛してる。



 良くも悪くも、自分が平凡だって自覚はある。

 小さい頃はまだ可愛げがあったとは思うけれど、それはあくまで幼さに対する許容であって、高校生にもなればそんな可愛げ何の役にも立ちやしない。

 まずは容姿がモノを言う。誰が格好良いとか可愛いとか。はたまたアイツは不細工とか。顔の次は人脈ときて、誰が誰の友達だとかそういう繋がりが優劣をつける。

 結論、持ってるやつが全部を持っているという状況が出来上がるわけだ。

 顔が良いやつには相応の顔の人間が集まって、そいつらの周りにはその恩恵にあやかりたい奴らが花の香りに誘われた虫のように群がっていく。


 ———ハッ、くだらねえったらありゃしねえ。



◇◇◇



「自分がクズだって自覚ある?」


 突然面と向かってそんなことを言われれば誰だって固まる。だが、背中を流れる冷たい汗を自覚できるのはいったいどれだけの人間だろう。

 ドクドクと早鐘を打ち始めた心臓の音がやけにうるさい。急激に渇いた口は反射的に浮かんだ言葉を音にすることもままならなかった。


 ———コイツ、なに言ってんの?


 目の前に立つ切長の目元に黒曜石のような瞳を携えた綺麗な男は、180センチの長身から170センチそこそこの俺を簡単に見下ろしてくる。身長に対して引き締まった体躯はスポーツをやっていそうなものだけれど、この男が帰宅部だということを俺は知っていた。否、これは全校生徒の知るところであって、関わりが微塵もなかった俺の耳にすら入ってくるくらいこの男の存在は有名だった。

 佐咬(さが)貴之(たかゆき)

 この学校で知らない者はいない我が校の生徒会長様。

 整い過ぎた容姿と誰にでも優しい柔らかな人当たりが王子様みたいだ、なんて女子が騒いでいるのを今日も聞いた。

 そんな王子様と持て囃される男は先程も言ったが俺とは微塵も関わりが無かった人間である。

 同じ学年だけれどクラスが一緒になったこともなければ委員会や部活が一緒なわけでも無い。さらに言うならあっちは王子様でこっちは平凡。話したことすら記憶に無い。

 もう一度言う。俺とコイツに関わりなんてものは一切無かった。


「…なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねえんだよ」


 唸るように応えた俺に男はほんの少しだけ眉を持ち上げたかと思えば、口許に笑みを浮かべてくすりと嗤う。


「へえ、否定しないんだ?」

「っ…、話したこともねえのに俺の何が分かる」

「お前の眼を見てれば分かるよ。人のこと見下してくだらないって達観した気になってるクセに、本心は寂しくて寂しくて仕方がない」


 ———愛情に飢えてる、可哀想な人間。


 ひくりと喉を詰まらせた俺を見る目の前の男には、もはや王子様と呼ばれる面影はどこにも無かった。それどころか嘲笑と悦楽を混ぜたような昏い炎が瞳の奥に見え隠れする。


「お前は馬鹿じゃない。だから媚びへつらってる奴らを見ると反吐が出る。なのに人が集まるのはそんな馬鹿な奴らの周りだ」


 ……コイツは俺を、一体何処まで知っている?


「嫉妬に揺れるお前の眼を見るのが堪らなく好きだったよ。矛盾した気持ちに振り回されて、自己嫌悪に陥って…。愛してほしくて堪らないって心の中で叫んでるのに、誰にも見つけて貰えない。……俺以外には」


 足元がぐらぐらと揺れる。身体は冷えているはずなのに、喉の奥が熱い。

 ぐっと喉元を抑えてはみたものの、その苦しさから解放される気配はなかった。

 そんな俺にゆったりとした足取りで近づいてきた男は親指と人差し指で俺の顎を簡単に掬い上げる。


「俺が愛してあげよっか?」


 そのまま空いた薬指で猫を転がすようにスリスリと喉をくすぐられながら、なんてことないように紡がれた言葉の重みを脳が勝手に理解した。

 多分、冗談なんかじゃない。それに男も気付いたのだろう。僅かに浮かんでいた笑みを更に深く吊り上げて、うっそりと親指で俺の唇を撫で上げた。


「かわいい」


 愛おしげに囁かれて、撫でられた唇がジリジリと熱を持つ。


「そんな泣きそうな顔してるクセに、嬉しいの?」


 俺は今、どんな顔をしているんだろう。泣きそうな顔だと、男は言うけれど。

 さっきから視界が揺れていて分からない。

 ただただ男の本心とだけ分かる言葉が波のように押し寄せてくる。

 平凡を絵に書いたような俺。スクールカースト下位に位置する俺とトップに君臨する王子様。いや、王子様なんて言った奴は一体この男の何処を見ていたと言うのだろう。

 綺麗な皮を被った凶暴な獣の本性に気付かないなんて——。

 はたと、そこで気づく。

 コイツも俺と同じなのだ。あれだけの取り巻きを侍らせておいて、誰にも気付いて貰えなかった。俺と同じ、可哀想な人間。


「……あいして、くれるの…?」


 いつから俺を見ていたのかは分からない。けれど、今目の前の男が俺に向けているそれが恋情という名の執着だということに気付かないほど馬鹿じゃない。

 言葉にしてから、ストン、と音を立てて何がが落ちた気がした。

 

「っ、ホントに、なんでこんなにかわいいかな」


 くしゃりと顔を歪めた男は、そのまま顎を掴む腕とは反対の腕で俺の腰を引き寄せる。

 一層深くで揺らめいた昏い炎。

 そんな、堪んないって歪んだ想いを隠しもしないで。


 どうしよう。

 うれしい。うれしい。

 俺だって、堪んなくなる。


「…たかゆき、あいして」


 何も言わずに抱き締めてくれた男はくつりと笑って俺の唇に噛み付いた。


「んぅ…っ」


 ちゅくりと絡まる舌に脳が痺れる。はくはくと酸素を求めて喘ぐ唇を甘噛みされて甘い嬌声が鼻から抜けた。


「お前が堕ちる瞬間をずっと待ってた。クズなお前も、俺のためのお前ならいくらでも愛してあげられる」


 その代わり——、


 最後に紡がれた音に目を見開いた俺を黙らせんとばかりに喉まで舌を差し込まれる。


「ぅ゛ぐっ、…くぅ、」


 ビクンとのけぞった背中を抑え込まれ、とろりと唾液を流し込まれる。

 

愛二(あいじ)。もう逃げられないから、覚悟して」


 嚥下したそれは内側から俺を侵蝕して、造り変えていくようだった。








お読みいただきありがとうございます。

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