ピアノ教室の名物犬
俺の犬としての名前は、セイヤに決まった。俺が犬になってから、今まで気になっていた事がある。
それは、俺の種類は何なのだ?
俺は元々、犬は好きな方だったが、種類はほとんど知らなかった。人間時代に視力を失っていたが、盲導犬は飼っていなかった。
家の本棚には、犬の本があった。調べてみるか。しかし、本が上の方にある。犬の俺ではとても届かない。
どうしよう。とにかくチャレンジだ。俺は、助走をつけてジャンプ!
しかし、届かない。諦めずに、更にチャレンジしたがダメだ。困ったなぁ。
その時、俺の前に見覚えのある人が現れた。閻魔大王様だ。
「久しぶりだな。君を特例で犬として転生させたので、気になって様子を見にきたんだ。犬の姿も板についてきたな」
「ワシの姿は君にしか見えないし、君はワシとなら普通に話もできるぞ」
そうだったのか。俺は安心した。
「俺を転生させてくれてありがとうございます。おかげ様で妻と息子たちに会えました。俺の名前もセイヤに決まりましたよ」
閻魔大王様は、嬉しそうだ。
「それは、良かった。ところで、何か困っている事はないか?犬も楽じゃないだろう」
俺は、自分が何の種類なのか聞いてみた。
閻魔大王様は、
「君は、ラブラドール・レトリーバーだ。君は生前、視力を失っていた時期があっただろ。だから、盲導犬としても活躍しているラブラドール・レトリーバーは君にピッタリだろ」
なるほど、聞いた事がある種類だ。
「じゃあな、頑張れよ。そのうち、また来るよ」
閻魔大王様の姿は、煙のように消えた。
そうか、俺は盲導犬にもなるぐらい優秀な犬なんだな。ちょっと嬉しくなった。
あともう一つ、もっと気になっている事がある。
それは、家族の暮らしだ。俺は人間時代に仕事を持っていて、俺なりに家族を支えていたつもりだ。今は、経済的に大丈夫なのか? 俺を飼う事で迷惑がかかるのではないか?
妻の様子を見ていると、外で仕事をしているようには見えないが……
その時、ピンポーンと呼鈴が鳴った。誰か来たらしい。
「こんにちは、今日もよろしくお願いします」
子どもが訪ねてきた。息子たちの友達かな?
妻が笑顔で出迎える。
「こんにちは、今日も頑張ろうね」
そして、2人で2階の部屋に行った。確かあの部屋はピアノがあるはずだ。
ほどなく、ピアノが聞こえてきた。2人のやり取りを聞いているうちに分かった。
妻は、自宅でピアノ教室の先生をやっているんだ。
妻はピアノが趣味だった。子どもの頃からピアノを習っており、かなりの腕前だったように思う。俺が視力を失ってからも妻のピアノにどれほど癒されたことか。
妻は、俺が死んでから、子どもたちを育てていくためにピアノ教室を始めたんだ。
妻は、おとなしい女性だが、芯が強くて、しっかりした一面を持っていた。俺がいなくても、立派に子どもたちを守ってくれていたんだな。
俺は、人間時代には涙もろかったが、犬になっても同じらしい。
クゥーンと泣いてしまった。
すると、レッスンを終えた子どもと妻が部屋から出てきた。
「あら、セイヤどうしたの?悲しそうな声が聞こえたよ」
妻が優しく撫でてくれた。
すると、子どもが
「先生の家のペットなの?カワイイね〜」
どうやら、この子も犬が好きなようだ。俺が尻尾を振っていると、ナデナデしてくれた。
俺は、この子が帰る時も玄関まで見送った。
「先生ありがとうございました。ワンちゃん、またね〜」
妻がピアノ教室を頑張っている姿を見て、俺は考えた。
俺に何かできないだろうか? 少しでも妻を助けになりたい。
そうだ、ピアノ教室の名物犬になろう!
今日の子どものように、犬が好きな生徒もいるはずだ。レッスンの邪魔にならない方法を探してやってみよう。俺だって、ほんの少しでも家族に貢献できるはずだ。
決意した俺は、妻をジッと見つめた。
妻は穏やかな顔で、小さく言った。
「あまり無理しないで、ノンビリしたらいいよ」
えっ? 妻は俺が分かっているのか?
そんな筈はないな。俺は確かに死んでしまったんだから。
それ以来、ピアノ教室に生徒が来ると、妻と一緒に玄関で出迎えて、俺に興味を示してくれた場合は、その子のレッスンバッグを運ぶようにした。
そうすれば、生徒は喜んでくれて、より一層和やかな雰囲気でレッスンがスタートできるようになった。
レッスン中は、妻が生徒に聞いた上で、生徒が許可してくれたら俺も部屋に入れてくれた。
迷惑かけないように、俺はもちろんジッと静かにしている。心の中では、妻にエールを送りながら、レッスンを見守っている。
再び、妻のピアノが聞けるんだ。
俺にとって、幸せな時間だ。
近所でちょっとした評判になった。レッスンが無い日でも、俺に会いに来てくれる生徒もいた。
当初は、妻の邪魔にならないか心配だったが、レッスンに更に身が入る生徒もいた。
アニマルセラピーという言葉も聞いた事があるが、動物が人間の心に良い影響を与える様子を実感した。
何より、妻の役に立てた事が嬉しかった。
妻も喜んでいた。
「教室のみんなが、セイヤ可愛いって言ってくれるね。ありがとうね。セイヤご褒美だよ」
いつもより、少し高級なドッグフードをもらえた。
おぉ、俺が好きな銘柄だ!
最近、ドッグフードにも慣れてきたな。




