マイホーム
犬になった俺は、妻を見ると嬉しさのあまりワンワンと叫びまくった。
5年前に病気の為に視力を失った俺は、久しぶりに妻の顔を見れた。ちょっと年を取ったけど、やっぱり優しい笑顔は変わっていない。
さらに嬉しかったのは、2人の息子だ。子どもの成長において、5年は長い。俺のイメージよりも、ずっと大きくなっている。
閻魔大王様は、再び家族に会えるチャンスをくれたんだ。天国から東京を経て大阪までたどり着いた。人間時代は、東京大阪なんて新幹線で着いてしまうが、犬になった俺にとっては、大変な旅路だった。
俺は交通事故で死んでしまったから、当然、家族にもう会えないはずだった。
それなのに、また会えた。しかも閻魔大王様は、犬の体と視力を与えてくれたんだ。
息子が、俺の頭を撫でながら、
「ねぇ、ママ。このワンちゃん小さいし、家の近くで倒れていたし可哀想だよ。だから、ウチで飼ってあげようよ」
おぉ、我が息子よ、優しいじゃないか!
妻は、少し考えている様子だ。俺は、心の中で必死に訴えた。
「良い子……じゃなくて良い犬になるからここに居させて下さい」
妻は、息子にニッコリして、
「そうだね。ウチの近くで倒れていたのも何かの縁だよね。きっとこのワンちゃんは我が家と赤い糸で結ばれていたんだね。よし、飼おう!」
ひょっとして、妻は俺が犬になった事が分かっているかのようだ。俺は改めて思った。
この家族と出会えた俺の人間としての一生は、途中で視力を失ったけど、最高に幸せだったんだ。
飼ってもらえる事が分かったら安心して、疲れがどっと出た。2人の息子と俺の3人で川の字になって昼寝した。グッスリ眠れた。
これからは犬として生きていくワケだか、どうなることやら。
妻が、俺をペット用品店に連れて行く。どうやら犬小屋を買ってくれるようだ。俺のマイホームだな。
「どんなのが良いかなぁ〜」
妻が、俺に聞くように呟いた。
もちろん俺は答えられない。
俺は、派手なのは苦手だから、シンプルな小屋がいいなぁ。しばらく見て回ると、俺の好みの小屋を見つけた。これがいい!
よし、尻尾を振ってアピールだ。
これで、妻は分かってくれるはずだ。
「これが良いのかな?」
妻は、俺がアピールしている物の隣の小屋を指差している。
違うよ、隣だよ。それは、まあまあ派手だよ。
俺は、否定のアピールを考えた。精一杯に不機嫌な顔をしたつもりだった。でも、伝わらなかった……
結局、まあまあ派手な小屋を買ってくれた。
まぁ、住めば都だな! 犬の俺にも人間のことわざは適用される。
そして、初めてペットフードを食べた。俺は、人間時代にラーメンとお好み焼きが好きだった。
その俺にとって、ペットフードは微妙な味だった……
食べ物で文句を言ったらいけない。美味しく頂こう!
これも人間と同じだ。
ちなみに妻は、お好み焼きを食べていた……
「どう?美味しい?」
妻が俺をナデナデしながら話している。妻が近くに居てくれたら、ペットフードも最高に美味いぜ!
そうこうしているうちに、小学生の息子たちが学校から帰ってきた。俺は玄関で尻尾を振って出迎える。
「ただいま〜、元気にしてた?」
息子が俺を抱っこしてくれる。息子に抱っこされるのは、少し微妙だがまぁいい。
息子が新しい犬小屋を見つけた。
「犬小屋買ったんだね。ワンちゃんも嬉しそうだね〜」
俺の好みは、違ったけどね……
さて、俺の名前を決める家族会議が開催される。俺は、近くで審議の行方を見守っている。
まず、下の息子が口火を開いた。
「分かりやすく、タロウはどう?」
俺は焦った。
「タロウはちょっと渋すぎるよ」
低い声で小さく吠えた。
息子は続けた。
「ほら、ワンちゃんもタロウが気に入ってるみたいだよ」
違うよ、ヤバイよ、犬小屋の時と同じ展開だ。今度こそ阻止しなければならない。
妻が救いの手を差し伸べた。
「このワンちゃんカワイイから、ハナコがいいよ」
俺は、一応、オスの犬なんだけど……
この家族の名付けセンスを信じて大丈夫なのか?
上の息子が、神っていた。
「セイヤがいいよ。亡くなったパパは、広島カープの鈴木誠也選手が好きだったでしょ。セイヤにしたら、パパが生き返ったみたいになるよ」
お前は、なんて良い子なんだ。パパは、感動したよ。良い子に成長してくれてるんだな。
俺は、渾身の力を入れて尻尾を振り続けた。今回は伝わったようだ。
しかし、下の子は、タロウを捨てきれない。結局、2人の息子がジャンケンして決めるらしい。
頼む、お兄ちゃんが勝ってくれよ。
お兄ちゃんが勝った! 良かった!
妻が最終決定を下した。
「じゃあ、セイヤにしようか。パパだと思って大事にしようね」
俺は、セイヤとして第2の人生……じゃなくて、犬生?
とにかく、幸せ一杯の犬生が本格的に始まるぞ。




