メガネの女
また、気まずい空気が漂い始める。
津具が「はあ~」と大きなため息をしながら石を転がす。
ピーンポーンパーポン。
授業が終わり、チャイムがクラス中に鳴り響く。
生徒は途端に立ちあがり、次々と教室から出て行った。
「篠田ティーばいばーい」
「おう千紗!! っと待て! 今から寮に行くんだろ? 憂李に案内してくれないか」
拓真は千紗に憂李を案内するよう頼んだ。
「うん、いいよ」と笑顔で言い憂李を見た。
「離れないように、ついて来て」
手で合図をし、憂李はそれに着いて行く。
迷子になってしまうくらい長い廊下を迷わず進み、あっという間に昇降口までたどり着いた。
「おーい憂李くん着いて来てるー」
憂李を心配しながらも前へと進む。
そこには同じクラスの千鶴や直、鏡や美咲も立っていた。
その周りでは先輩らしき人が大声で叫んでいる。
「エヌオーファイブ入りたい人いませんかー」
「エヌオーツーに入りたい人いませんか、しっかり能力について教えますよ」
それはエヌオーの紹介をしていたのだ。
どこを見ても憂李が知っているエヌオースリーだけが見当たらない。
そのことを疑問に思い、何故スリーだけがいないのか千紗に質問した。
「んーそうだねーあそこはそういう面倒なことは一切しないよ、例えスリーに入りたいって試験を受けたとしても、何か理由がないと落とされる、逆に他のエヌオーは確実に合格できるよ、人は多い方が戦力になるからね」
つまりスリーは皆強いのか?
そんなことを考えながらただ聞いて頷いた。
その微妙な反応に気づいた千紗は顔を覗き込み話しかけて来た。
「何なに? スリーに入りたいの? やめたほうがいいと思うよ」
その言葉に憂李が首を傾ける。
「あそこは感情のないただの人形の集まり、才能のない者が集まる場、実際スリーの人の能力は皆見たことない、きっとかなり弱いんだよ」
クスクス笑う千紗の顔が恐ろしかった。
どうだろうか、憂李が知っているスリーである既羅の能力はクレットワードで拝見したが、「ブレイン」と叫んだ途端に鏡が砕けた、あれのどこが才能ないと言うのだろうか。
憂李は疑問に思いながらも苦笑い。
昇降口を出て進んで行くと森の方へ入って行った。
長い木が影を作り、葉が風で揺れ花は一つも咲いていない。
何となく寂しい森だ。
鳥すら一羽も存在しない。
風のざわざわとした音や足音、それ意外何も聞こえない。
微かに木の間から突き刺さる光がとても眩しい。
そんな時大きな声が聞こえて来た。
「ブレインッ!!」
バッンンンン!!
聞いたことのある言葉と同時に大きな岩が割れる音がした。
それを聞いて千紗はとっさに憂李を木の陰に隠れさせる。
そのまま地面に手をつけて目を瞑った。
「な、千紗?」
「・・・・・・ッ! やばいよー、どうしてここに」
千紗はとても暗く辛い顔をした。どうやら危険な人物がいるらしい。
真剣な表情をして木の陰から顔を出し確認している。
何が起きているのか把握できていない憂李はただ辺りをキョロキョロしていた。
「おいおいおいおい、金を渡せばいーんだよ、金!!」
危険そうな人物が二人でお金を奪おうとしている所を目撃した。
どこにでもいる不良。
憂李はそれを止めようと一歩前に出た。だが、すぐに千紗が腕を伸ばし遮った。
「駄目、相手は……Dランク、Eランクでまだ能力もそんなに使えないあたし達では出て行ってすぐに殺されて終わりだよ」
真剣な表情。額からは油汗が流れ出す。
ランクが何など憂李に言ってもまだよくわからない。
ただわかることが、相手は能力を使えるということだ。それになにより憂李達より強いということ。
勝ち目がない。
すぐに死ぬ……。
……、いや……やってみなければかわらない。
そのまま千紗の腕を振り払い男二人の元に向かい歩きだした。
「おい、何してんだよ」
「あぁ? ……ブッハハハ! Eランクさんが俺たちに何か用かよ」
さっき千紗が言っていた時も気になった。
何故、人を見ただけでランクEだとか、Dだとかわかったのだろうか。
男二人を交互に見た。
が、全くわからない。
「なんだなんだ金くれんのか……? くれねーならやっちまうぞッ!!」
二人の男はいきなり大きな声と共に拳を握り憂李に向かってきた。
後ろから千紗に腕を引っ張られる。
すると千紗は自分の手を爪で傷つけ血を出した。
そのまま地面に手を付け言葉を発する。
「セアンドストレージ」
手から眩しい光が飛び出し、その手を地面から少しずつ離して行くと、ゆっくり剣が現れた。
その光を見た途端男の動きが止まる。
千紗の目はいつもと違う、綺麗な赤。そう、昔公園で見た空の瞳にそっくりだ。
「おい、千紗?」
「憂李君下がって、あたしが相手する」
そう言って憂李の前に立ち、剣を構える。
剣の周り、千紗の周りの砂はふわふわと宙も舞っている。
剣をもつ千紗の手は微かに震えていた。
男二人相手にするのが恐ろしいのだ。
それでなくてもランクから差があり、勝つことは難しい。
憂李は千紗に庇われる。
こんな状況は初めてだ。
いつもいつも人から嫌われ、恐れられ、逃げられる憂李だが、人に守ってもらうのが初めてだった。
こんな危ない状況でも何故か心の中では微笑んでいた。
「へー君、セアンドかぁー、なんだ結構やるじゃーん、あれ、手が震えてるよ? 大丈夫」
馬鹿にしたように男はクスクスと笑う。
苛立つ。ムカつく。今すぐにでも殴りたい。
憂李はそんなことを思いながらも拳を握り我慢した。
「憂李くん、ここで勝負をしてもかてるわけがない、あたしが合図したらこのまま右方向にを全力で走ってくれない? そうすれば、憂李くんは助かるから」
小さな声で呟く千紗は何かを決心したような表情をしていた。
「千紗はどうなる?」
「あたしは大丈夫、一応砂使いの能力者だからね、そう簡単には負けないよ」
軽く微笑む千紗は今にも泣きそうで辛そうだった。
憂李は「わかった」と呟きそのまま千紗を抱きかかえた。
「えっちょ何ッ!!」
千紗がバタつくことなど気にせずに憂李は右の方に向かい思い切り走った。
「なっ、お前らッ!!」
後ろからは二人が追いかけてくる。
憂李は一人を抱えたまま走っているせいかそのうち追いつかれてしまいそうだ。
走るごとに息がどんどん荒くなりスピードが落ちて行く。
千紗はそのまま黙りこむ。
やっとのこと大きな町に出た。
人は何気に多くざわざわとしている。
「てめーら待て―!!」
その男達の大きな声で町にいた人たちが怯えて建物の中に入って行く。
そんな時長い髪を二つに結びメガネをかけ、買い物をしていたのか大きな荷物を持ちながらのんびり歩く女がいた。
その人は逃げもせずにただのんびり歩く。
憂李は危ないと察し、その女の元に走って向かう。
「あの、今から能力者? 追いかけてくるんで、逃げたほうが、いいですよ」
息が荒く話すのも辛そうだ。
「逃げる? 何故私が?」
女はシレっとした顔で何もなかったかのように前へ進んで行く。
男が憂李を見つけ走って来た。
だが憂李の少し前にいた女に男がぶつかる。
その衝撃で買い物袋が手から離れ地面に落ちた。
女は、地面に散らばるリンゴ、なし、みかん、沢山のフルーツをジッと見つめる。
一人の男が散らばり転がるリンゴを一つ足で踏みつけた。
グシャっと音を立てながら潰れる。
その瞬間男の胸に枝が突き刺さり血がポタポタと落ち始めた。
「な、何が……なんだ、この枝、どこからッ」
「……せっかく皆のために買ったのに……そのリンゴ可哀想」
女はそっとリンゴに手を差し伸ばし拾い集める。
女の姿を見ている男二人は不気味そうにしている。
拾い終わるとリンゴを丁寧に袋に入れた。
そのままゆっくりと男の方に顔を向け、睨みつけた。
「……これは喧嘩を売って来たと見ていいのかな」
そのまま女は腕を男の方へ向けた。
途端に女の方から除所に風が吹き始める。
まるでこの女が風使いのように……。
風が強くなっていき二つに縛る髪が解ける。
バサバサとした髪の隙間から見えた女の顔は怒り、恐ろしいものだった。
「切り刻んであげようか……」
その低く恐ろしい声でささやく女に、男二人は腕を伸ばした。
憂李と千紗はそのまま見ていることしかできなかった。
微かに千紗が震えていることに気がついた。
これから能力者が戦うのか?
この人は鬼なのか? 人間なのか。
エヌオーには入っているのか。
聞きたいことが頭に過った……。
俺は、今すぐに能力というものを使えるようになりたい。そして守るんだ。大切な人を……。大事な人を、愛しい君のことを……。