十三話
---早く、早くあの人のところへ。この気持ちを伝えるために。あなたが好きだと今すぐに言いたい。
* * *
「古賀先輩。好きです!!」
病院にもかかわらずバタバタと走る音が近づいてきたかと思えば、勢いよくドアが開いた。ガン!と跳ね返ったドアが力なく閉まっていく。だが、そんなことを気にする間もなく、まさに病室に飛び込み声を上げたのは頬をピンクに染め上げ、荒い息をついている女子高生---千菜だった。
ちょうどカーテンを開けており、騒々しい足音に何事かとドアに目を向けていた古賀はその千菜の姿に唖然とする。いつもと違う千菜の様子に、聞こえてきた言葉はすぐには脳に到達しなかったようだ。呆気にとられた様子の古賀に痺れをきらしたのか、つかつかとベッドの側まで近寄った千菜は勢いそのままに古賀の無事な右手を握る。
「好きです、古賀先輩。私と付き合って下さい!」
右手をとられ千菜の告白を耳にしながらも、古賀の思考はまだ戻らない。
「ずっと古賀先輩が好きでした。去年の冬の大会の決勝戦のあと、フィールドに出てきてましたよね。そのときの古賀先輩の顔が印象的で、思わずシャッターを切りました。誰よりも練習熱心で自分に厳しすぎるなぁ、って思う時もありますけど、真剣にサッカーに向き合っているところが好きになりました。それに普段あんまり笑ってくれないんですけど、ほんの少しでも笑ってくれると古賀先輩ってすっごく優しい印象になるって分かってます?時々、こっちを見て笑ってくれる表情に心底惚れました。だから、お願いします。私と付き合ってください!」
そう一気に言い切ると、勢いよく頭を下げた。深く深く、それはもう直角ともいえそうな位に。ようやく我に返った古賀が少々焦りながら、顔を上げさせようとした時だった。
「あ~、盛り上がっているとこ悪いんだけどよ、嬢ちゃんに兄ちゃん。こんなとこで告白はちょっとまずいんでないかい?」
はっ、と周りを見回せば、大部屋である病室の何対もの視線が二人に刺さっていた。声をかけてくれたのは古賀のベッドの正面のベッドに入院している男で、なんとなく居心地が悪そうだった。
「何言ってんだよ、佐藤さん。いいところだったのに」
「だよなぁ。他人の告白現場になんて、そうそう見れるもんじゃないし。しかも、高校生だ。若いっていいねぇ」
「そんなこといったって、田中さんだってまだ若いじゃないか」
「いや、もう俺は汚れきってしまっているしなぁ」
「初々しい、っていいよね。俺も高校生のころは・・・」
二人そっちのけで昔話に花が咲くところで、千菜はようやく自分が何をしたのか自覚した。カァっと顔が熱くなり、耳まで赤くなっているだろう。目は潤み、そろっと古賀に視線を移す。
とたんにバチっと目が合い、うろたえてしまった拍子に自分がいまだに古賀の手を握り締めていることに気がついた。あわてて離そうとしたところ、逆に古賀に握り締められてしまった。
「古賀先輩・・・?」
「・・・ちょっと出ようか」
最近慣れてきた松葉杖を器用に扱いながら病室を出て行く古賀を追う。後ろから「頑張れよ~」などと聞こえたが、恥ずかしすぎたので入り口のところでぺこりと頭を下げただけで千菜はそそくさとドアを閉めてしまったのだった。
* * *
たどり着いたのは廊下の外れにある休憩室。観葉植物で区切られたその部屋の窓からは、梅雨の晴れ間が見えていた。千菜は備え付けのベンチにちょこんと座り、少し距離をおいて座っている古賀を横目でちらりと伺った。
「あの、・・・すみません突然」
「いや」
「知ってるかもしれませんけど、私、こう、と思ったら突っ走っちゃうところがあって」
「ああ、なんとなく気づいてはいた」
「今日も、『告白するんだ』って思い込んだら周りが見えなくなっちゃってました。・・・驚きました?」
「あぁ、いや、告白されたことよりも吉野の勢いに驚いたというか。告白自体は予想の範囲内だったしな」
「えぇっ!」
告白が予想の範囲だと言われて思わず振り向いた千菜の目に飛び込んできたのは、少し照れくさそうにこちらを見つめる古賀の姿だった。それにつられてしまい、恥ずかしくなって慌てて窓の外を眺めたふりをする。
「なんで、予想の範囲内だったんですか?」
「そりゃまぁ、クラスメイトでもない女子が毎日見舞いに来てくれるんだから、期待くらいするだろう。それが前から気になってる子だったらよけいに」
「・・・バレバレだったということですね」
「そうだな。というか、『前から気になってる子』というところには突っ込んでくれないのか?」
ボン!と顔が爆発したかのように赤くなった。気づいていた。が、告白の返事がこんなふうにさらっと返されると、反応がしずらい。告白したのはこっちなのだから、返事を、さらにいうと『良い』返事を返してもらえるのは願ったり叶ったりなのだが、公開告白をしてしまったという事実が勢いが収束してしまった現在はひたすら恥ずかしい。穴があったら入りたい。
そんな千菜の様子をまじまじと見ながら、古賀はゆっくりと笑みを浮かべた。
「吉野」
「はいっ!」
「俺と付き合って」
「はい・・っいぃ!?」
思わず声が裏返った。思わず両手で口を押さえ、そろりと古賀を伺えばレアな微笑の中に緊張感を漂わせてこちらを見つめていた。ドクン、と心臓が跳ねる。
「知ってのとおり、俺はずっとサッカーをやってきて今のところ冬までやめるつもりはない。放課後も土日も練習だし、これから受験でさらに時間なんて取れなくなると思う。電話は苦手だしメールもマメじゃない。不安で泣かせるかもしれない。それでもいいなら、吉野千菜さん、俺と付き合って下さい」
きらきらと、光が古賀の周りで踊っている気がした。嬉しくて視界が滲む。泣き笑いになりながら、それでも千菜は「はい」と応えたのだった。




