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「じゃあ軽く音合わせ行きますか〜」


 ベースにアンプを繋いでチューニングしていると、リーダーでありギターの敦士が声を上げる。

 「うぃーす」と康二がドラムスティックを頭上で構え、花音もマイクの前でスタンバイする。

 和やかな空気が、ピリッとした緊張感ある空気に変わる。


「3、2、1──」


 ベストタイミングで始まる康二の3カウントの合図。


 ──うん。良い入り。

 

 そして、花音がマイクを構える。

 一番ゾクゾクする瞬間。この瞬間がたまらない。


 あぁ、早く。早く聴かせて。

 その声を。

 その、強く美しく、気高く咲く、凛とした花のような声を──



◆



 私が言うのも自意識過剰みたいだが、私たちのバンドは、高校生バンドにしてはかなりレベルが高いと思う。


 康二はチャラそうな外見や言動に反して、重厚のある誠実なドラムを叩く。

 反対にリーダーの敦士は、普段はしっかりした頼りがいのある人なのに、挑発的な音を奏でる。

 二人とも、才能と経験を備えた天才だ。

 そして、花音の歌声は唯一無二。

 その華奢で可愛らしい見た目からは想像もできない歌声は、聴く人の心を動かす絶対的な影響力があった。

 ──そんな、実力者だらけのバンド。

 そんなバンドに今までバスケばかりしてきた私がやっていくには、人並み以上の努力と根性しかなかった。

 だったら、どんな努力だってしてみせる。

 練習しすぎて指から血が滲んでも。

 睡眠時間を削っても。

 何かを犠牲にしたっていい。

 ここにいられるなら。

 花音の隣にいられるなら。


 大嫌いなバスケだって続けてみせる。




◆




「楓、うち寄ってく?」


 バンド練習が終わり康二と敦士別れ、二人で帰っていると、花音から嬉しいお誘いの言葉をかけられた。


「え、いいの?」

「うん。次の新曲の歌詞の相談もしたいし」

「じゃあ寄らせていただこうかな」


 花音はいわゆるお嬢様だ。

 父親は大企業の幹部で、母親は専業主婦。

 そんな家庭の一人娘で、さぞ可愛がられて育ったのだろう。

 バンドなんてやっている花音だが、時折育ちの良さが垣間見える。


「ただいま〜。ママー、楓来たぁ」

「おかえりなさい。楓さんもいらっしゃい」

「こんにちは、お邪魔します」


 相変わらずでかい家だなと思いながら、花音の母に挨拶をすると、花音の母は「丁度よかった。クッキーを焼いたのよ。紅茶と一緒に部屋に持っていくわね」と言った。

 なんと言うか、お金持ちの奥様って感じだ。


「相変わらず、花音のママは綺麗だね」

「お金かけてるからね〜。またヒアルロン酸入れたんじゃない?」


 ケラケラ笑って自室に入る花音の後をついていく。

 私の部屋の倍はありそうな花音の部屋。

 全体的にピンクで可愛らしい部屋の隅には、似つかわしくないロックバンドのCDがずらりと並んでいる。


「花音、曲かけていい?」

「いいよ〜」


 お気に入りのバンドのCDをかける。

 今ではすっかり落ち着くハードロック。

 バスケ一筋の時は、音楽なんてこれっぽっちも興味なかった。


 もう通い慣れた花音の部屋。

 ソファに座りベースを取り出すと、適当に音に合わせて弦を弾く(はじく)。


「楓のベース、落ち着く」

「そう? 嬉しいな」

「これでまだベース始めて一年って吃驚だよね。あっくんもよく言ってるよ。楓はすげぇって」

「敦士に褒められると、また違った嬉しさがあるね」

「わかる〜。あっくんに褒められると私も嬉しい!」


 うふふと笑う花音に釣られて、私もふふと笑う。

 それから自然と、花音が歌い出す。

 最近、SNSでバズっている流行りのメロディー。

 ああ、なんて心地の良い空間だろう。

 例えばどんなちんけな曲でも、花音が歌えばそれは私の好きな曲になる。

 この時間が好きだ。花音を独り占めできる時間。

 全てがどうでも良くなる。

 花音がいれば、それでいい。



 私がベースを弾く理由。

 それはただ一つ。花音の隣にいるためだ。

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