天国と地獄は一番近い場所にある
地獄に堕ちる覚悟は貴方に恋に堕ちた日からできている。
それが私の愛であり、
最大の恩返し。
私はあの日、一度死んだんだ。
「高坂先輩! 今日もカッコよかったです〜! これ、クッキー焼いたんです! 良かったら召し上がってください!」
「先輩、来週の試合も応援しにいきます! 応援のお手紙書いたので良かったら……!」
バスケの練習試合を終えると、体育館の入り口で応援していた下級生の女の子たちが群がってくる。
ありがとう、と差し出されたものを受け取ると、目の前の女の子たちは頬を赤らめた。
二階席からもキャーキャーと黄色い歓声を聞きながら、「ごめんね、まだ部活中だから」と手を振ると、それだけのことできゃあかっこいい! と声援が飛ぶ。
我ながらすごいモテっぷりだなあと思いながら、いつものことなのでさほど気にせずチームメイトの元まで行く。
「相変わらず楓は女の子にモテモテだね〜。もういっそ、誰かと付き合っちゃえば? そうしたら少しは大人しくなるんじゃない?」
茶化したように言うのは、強豪校バスケ部部長である柚だ。
柚とは小学生の頃からに付き合いで、幼馴染にあたる。
「付き合っちゃえばって、相手は女の子でしょ」
「でも、女の子同士で付き合うって今時珍しくもないでしょ? 多様性の時代だよ。た、よ、う、せ、い。私は偏見とかないわよ?」
ケラケラと笑う柚に、私はため息を吐きながら、他人事だからって適当なことを言って……と思う。
「別に、あの子達だって本気で私と付き合いたいなんて思ってないよ。ただ、高校の王子様的存在の女子なんて、まるで漫画やアニメの世界でしょ。たまたまそれが身近にあったものだから、キャーキャー言っている自分に酔ってるだけだよ」
「相変わらず達観してるわねえ」
「それに、今は恋愛してる暇なんてないから」
「その情熱を少しでもバスケに向けてほしいものね」
「…………それは、ごめん」
心の底から申し訳ない気持ちで詫びると、少しの間の後、柚はぷっと吹き出した。
「そこは嘘でも適当に頷けばいいのに。本当、楓って昔から真面目よね」
「……だって」
「本当、勿体無いよ。楓と私なら、全国だって全然狙えるのに…………って、もう何度目よって話よね。いい加減しつこくてごめん」
「いや……」
「こうして、せめて形だけでも部活に入って試合に出てくれているだけで十分なのにね……」
自嘲気味に笑う柚に何も言えずにいると、顧問の笛の合図と共に「集合ー!」と声がかかり、私たちは顔を合わすことなく、駆けていった。
練習試合を終えて家に帰ると、「ただいまー!」と叫びながら足早に2階の自室に向かう。
キッチンから母が顔を出した。
「楓ー? 帰ってきたの? 練習試合は? どうだった?」
「んー、勝ったよ」
「良かったわね! やっぱり柚ちゃんと楓二人揃うと敵なしね! 昔はどうなるかと思ったけど……ってあら、また出掛けるの?」
「うん。お夕飯前には帰るよ」
「気をつけていってらっしゃい」
バタバタと大急ぎで荷物だけ背負って、家から飛びだす。
背後から「あの子、本当にバスケは部活程度にするつもりかしら……」と溢れた母の声は聞こえなかったことにして。
◆
「すっかり遅くなったな。みんな待ってるかも」
ずっしりとした背中の重みが私を誇らしくさせてくれる。
住宅街を急ぎ足で過ぎ去り、街中のアーケードを潜り抜けて、治安が悪いと噂される路地裏へ。
最初はビクビクしながら通ったけど、今はもう慣れたものだ。
なんなら顔見知りの外人に「ハイ、カエデ」と声をかけられ、私も手を振り返す。
それから古びたビルに入っていき、扉を開ければ顔見知りのイカつい店員が「みんな待ってるよ」と気さくな笑顔で迎え入れてくれた。
私は「ありがとうございます」と会釈して、先へ進み、奥のドアを開ける。
「やっと来た! 楓、おっそーい」
——某スタジオ。
私は、背負っていたベースを下ろす。
ここが私の本当の居場所。




