第105話 天地万物ヲ穿ツ龍 I
焦土と化した灰色の大地に、咲き誇るは一輪の恒星。
金色の輝きに包まれし御姿こそ、新たな伝説に記すべき龍の姫。
煌めきの花弁を裂いて顕現せし機体からは、数多のスパークが弾け飛ぶ。
絶え間なき閃光が、威厳に満ちたシルエットを世界に焼き付ける。
ヴァルガイアの頭部を模したような、刺々しい意匠があしらわれたヘッドギア。
頭頂部には、天を貫かんと突出する一本の剛角。
やや攻撃的すぎる造形だが、黄金色の美髪を彩るティアラとしてはふさわしいとも言える。
機体のベースカラーは夜空の如く深い黒。
頭部や肩、スカートの先端など各所に散りばめられた金色は、以前の駆雷龍機よりもさらに美しく輝き、荘厳なオーラを醸し出す。
特に鮮やかで目を引くのは、胸部でX字に交差する稲妻模様だ。
黄金の光は無数に刻まれた雷跡をなぞるようにして明滅し、機体から生み出される莫大なエネルギーの奔流を象っている。
腰部に目を向ければ、硬殻質のスカートは前と後ろが大胆に開いた形状で機動性重視。
なんとお尻には、太い三角柱のような追加兵装が取り付けられていた。まるで龍の尻尾のようだ。
そうしたものを含め、ゴテゴテと重量感のある機体を支える脚部は、相応に頑丈であった。
ふくらはぎの裏側に隠れた逆関節副脚は、改修前の駆雷龍機に搭載されていたものよりも一回り大きい。
少女の瑞々しい太ももが見えないのは残念だが、スタイリッシュな脚線美はぴっちりと覆う装甲の上からでも分かる。
華奢な少女が纏うには大きすぎる機体。
それでいて、少女の気高さと美しさを引き立てるドレスとしても機能している。
エクスドライバーと合体した機械大剣を掴むのは、重機を思わせるほどに隆々とした左腕。
さらにその反対側を見て、彼女の肢体のハンデをよく知る唯は驚愕した。
失われたはずの右腕が、生えている。
もちろん鋼鉄の義手ではあるが、それは重心バランスを取るための単なる飾りではなかった。
右手の肩肘と手のひら、それぞれの指先までもが自在に可動。
少女の脳波と直結した精密制御のアクチュエーターが、血肉と神経が通っているかの如き右腕を蘇らせていた。
異次元空間の戦場に降臨する、五体満足の龍姫。
『ライジング・ドラゴン・エクス』
電子音声を奏でた機械大剣の腹には『ARX-01-EX』という文字が淡く輝いていた。
刻まれたその英数列は、遠い昔に設計され、たった今完成した機体の型番であった。
八幡重工製・デュアルコアシステム搭載アームズ『ARX-01-EX 駆雷龍機改【ライジング・ドラゴン・エクス】』
古の巨大龍より受け継がれし魂が今、一人の少女の剣となった。
「感じますわ……お父様の、そして、ヴァルガイアの愛を! 力が、力が、溢れて止まりませんわぁ!!」
重厚な鎧に包まれた嶺華は興奮を抑えきれないといった様子である。
彼女に呼応するように、機械大剣の腹ではネオンの如きX字の文様が輝きを増した。
大剣の切っ先が、迫り来る巨大械獣へと向けられる。
「さあ、反撃開始ですの!!」
竜脚装甲の足先、三叉槍のような鉤爪が、鋼鉄の甲板に最初の足跡を刻む。
電光石火、であった。
逆関節副脚が勢いよく地面を蹴ると同時、荘厳な機体は見た目にそぐわぬ轟速で撃ち出された。
そう表現したくなるほどの、弾丸のような加速だった。
ドンッ、という蹴脚音が遅れて唯の耳に届く頃には、雷龍の機体はヘルクルモスの足元にまで肉薄していた。
巨大械獣も棒立ちのままではいてくれない。
電磁波か熱源探知か、何らかのレーダーを用いることで接近する嶺華にいち早く反応したヘルクスモスは、地面を掬うようにして巨腕を振るう。
特急列車のような剛撃。
直撃すれば人間大の生物など一瞬で挽肉になるだろう。
だが、嶺華の方がさらに先を征く。
「止まって見えますわッ!」
再び逆関節副脚を展開させ、薙ぎ払われた械獣の腕を軽々と飛び越える。
たった一度の跳躍で、50メートル以上の高さをほぼ垂直に上昇。
ヘルクルモスの頭上へと舞い上がった嶺華が、機械大剣を振りかぶる。
『サンバースト・ブレイダー』
光の刃が振るわれた。
それは、長さを持った閃光であった。
かつての駆雷龍機が見せた『サンバースト・レイ』を幾重にも束ねたかのような、眩い一撃。
十数メートルの長さまで伸びた白き光の刃が巨体を縦断する。
光が収まった直後、鉛色の物体が甲板に突き刺さった。
オオクワガタを模したような異形の大角。
ヘルクスモスの頭部にある角の片方が根本から切り落とされたのだ。
さらに、袈裟懸けの切り傷が巨獣の胴体に刻まれる。
装者たちを苦しめた鉄壁の皮膚・アメビウムスキンが破られた。
駆雷龍機や業炎怒鬼を解析して生まれたニードル謹製の防御兵装は、アームズの次元障壁相殺攻撃にも耐えうる装甲であったはず。
そんな『アームズ殺し』に特化した盾を、雷龍の剣は真正面から力技でねじ伏せてみせた。
鉄壁の守りを突き崩した光の刃はつまり、ヴァルガイアの光線に匹敵する威力ということだ。
怯んだように仰け反るヘルクスモス。
その頭部を爪先で軽く蹴り上げ、華麗な後方宙返りを披露する嶺華。
自身に加わる重力と空気抵抗に干渉できるアームズの権能により、空中であってもバランス制御が可能なのである。
50メートル以上の高さからの自由落下、からの着地。
灰色の甲板が派手にめくれ上がるが、嶺華は澄まし顔である。
展開した次元障壁によって着地時の衝撃ベクトルが捻じ曲げられ、精密機器の集合体のような機体には傷一つ付いていない。
「シミュレーション訓練無しでいきなりの実戦……まあ、この機体の慣らしには丁度良い刺激ですわね」
「れ、嶺華さん……すっっご……!?」
ドロリと融解する巨獣の装甲を見て、唯は語彙力を失うほど高揚していた。
嶺華も同じく昂っているが、新たなアームズの使い心地を冷静に分析している。
「ふむ。表面からちまちまと削っていってもよいのですが、わたくしの趣味ではありませんわね」
網膜プロジェクターに次々と現れるウィンドウを切り替え、アームズに搭載された機能情報を漁る嶺華。
買ったばかりの家電の取扱説明書は端から目を通すタイプのようだ。
「硬い装甲を、もっと効率よくぶち砕く手段はありませんの……?」
アルマジロのような分厚い甲殻に覆われた巨大械獣の本体。
その城塞の如き装甲を貫くため、嶺華はさらなる力を求めた。
少女の望みに対し、雷龍の鎧が応える。
過去から託された機体には、未来を切り拓く力が備わっていた。
「これは……これこそが、ライジング・ドラゴン・エクスの真髄……」
何かを見つけた嶺華は、自身の左脇腹のあたりに目をやった。
ウエストポーチのような装備スロットに、二つの直方体が並んでいる。
嶺華は機械大剣を地面に突き刺してから、腰にあるその物体のうちの一つに触れた。
装甲板に紛れて固定されていた物体は、指先に吸い付くようにして簡単に取り外すことができた。
物体の色は漆器のようにツヤのある黒。
長さは20センチメートルほどで、幅は機械大剣の柄の直径と同じくらいか。
手のひらで丁度握れるサイズの物体表面には、白い三角形のアイコンが箔押し仕様で刻印されている。
「これを、こうして……」
嶺華は網膜プロジェクターに映るガイド表示に従い、機械大剣を手繰り寄せる。
剣の腹と一体化した拡張兵装・エクスドライバーの側面。
龍の顎門を模したような立体的な部分。
そのV字に開かれた口の中に直方体の物体を挿入しながら、嶺華が叫んだ。
「アームドカートリッジ、セット!」
機械大剣を地面から引き抜き、再び剣先を地面に突き立てる。
すると、エクスドライバーの表面にある龍の口が、アームドカートリッジと呼ばれたアイテムを咥えるように閉じた。
『ガブリロード!』
アームドカートリッジを咀嚼した機械大剣から電子音声が流れると同時、雷龍の鎧に変化が起こった。
機体のお尻から生えていた三角柱、龍の尻尾のような部位が本体から分離する。
尻尾は複数のパーツに分解されると、編隊を組むようにして空中を浮遊し、少女の右腕へと引き寄せられていった。
失った右腕の代わりに接がれた義手。
そこへ鋼鉄のパーツたちが集結し、新たな武装を組み上げてゆく。
完成したそれは、鋭く尖った円錐形であった。
ゴツゴツとした突起と溝が、螺旋状に敷き詰められた凶暴なシルエット。
硬い岩盤をも掘削可能な、黒光りする鋼鉄の塊。
可憐な少女の右腕を飾るには、あまりにも無骨で不釣り合いな武装。
けれど、そこにあるのはただの少女ではない。
雷龍の力と使命を受け継いだ戦士。
御剣嶺華には、その黒鉄の武装を手にする資格がある。
『クロス! テイルスティンガー!』
全長2メートル。
機械化した右腕の肘の先を突っ込んで支えるその武装は、斜めに構えなければ先端が地面に刺さってしまう大きさだ。
地面すれすれの先端は鋭く尖り、反対側の太い後端は少女の耳の後ろまで伸びる。
がっしりと重厚な雷龍の体躯においても、機体の重心を歪めてしまうほどの超重量。
破壊のみを追求した、超硬質の円錐形武装。
「わたくしは、超えて行きますの。たとえわたくしの前にどんな不条理が立ち塞がろうとも……この力で、全てを貫き砕いて差し上げますわ!!!!」
かつての家族と記憶を失い、右腕も失い、恩人の龍をも失った。
それでも、愛する家族と未来を守るために立ち上がった少女がいる。
蘇りし右腕に授けられたその武装は、言うなれば不屈の螺旋。
『テイルスティンガー』――――それは、正真正銘のドリルであった。




