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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第104話 破天轟雷


 唯が目を開けると、そこは再び灰色の甲板であった。

 首から下を失った巨大龍の頭。

 その残骸を前に立ち尽くす黄金色の少女。

 純白の世界に飲み込まれる前の風景が、変わらずそこにあった。


「今のは、一体……!?」


 ニードル母艦の甲板上に戻ってきた、というより、もとから移動はしていないようだ。

 しかし脳裏には、極限の状況で戦っていた人々の姿が焼き付いている。

 夢にしては鮮明すぎる映像だった。


『ヴァルガイアからお二人のアームズに多次元シミュレーションデータが送信されたようです』

「それって、仮想戦闘訓練で使ってるのと同じやつですよね」


 マルルの証言が、ただの幻覚でないことを裏付ける。

 唯が体験したのは、五感すべてをジャックされるシミュレーション映像だったようだ。

 まるでその場に居合わせたかのようにリアルな体験だった。


『映像の記録日は西暦2305年11月29日。本艦のアクセスログとも一致します』

「65年前……まさか、暴次元大戦時の映像!?」


 暴次元大戦――械獣たちが初めて地球に現れ、人類が総人口の半分を失った戦争。

 60年以上前に終結したその戦いは、今も歴史の教科書で大々的に取り扱われている。

 だが『八幡重工』という社名に聞き覚えはない。

 生々しい玉砕が本当にあった出来事なら、もっと世間に認知されていてもおかしくないのに。

 ベッドの少女のことがなければ、フェイク映像だと思っていたかもしれない。

 唯は同じ映像を見せられたはずの少女に声をかける。

 映像の中でベッドに横たわっていた少女と、全く同じ顔立ちの少女へと。


「嶺華さん……もしかして、あれは……」

「……、」

「嶺華さん?」


 黄金色の少女の頬には、一筋の雫が伝っていた。


「思い……出しましたの…………あの部屋、あのベッド、あの言葉……わたくしが、何度も見た夢と……わたくしの中で眠っていた記憶と、同じ……」

「じゃあ、あの黒髪の女の子は、やっぱり」

「ええ……あれは確かにわたくしですわ」


 嶺華は言っていた。

 自分は記憶喪失だと。

 ずっと仮死状態で眠っていて、5年前に目覚めてからの記憶しかないと。

 生まれのことも、家族のことも、何も覚えていないと。

 唯一、夢に出てくる謎の男以外は。


「…………お父様(・・・)


 ぽつりと呟く嶺華。

 その男は御剣修二(みつるぎしゅうじ)と呼ばれていた。

 嶺華がずっと探していた男。

 そして、嶺華を逃がすため、最後まで戦った男。

 彼こそが嶺華の父親だったのだ。

 あの映像が史実ならば、嶺華は何十年も眠ったまま異次元空間を彷徨っていたことになる。

 追手から逃れ、やっと目覚めた少女を待ち受けていたのは終わりなき戦い。

 壮絶な過去と宿命を背負う嶺華に、唯はかける言葉を見つけられない。


「そう……そうでしたわ。あの方たちは、いつもわたくしを可愛がってくださって……」


 少女の記憶の奥底で、霞がかっていた映像が鮮明になっていく。

 父親だけではない。

 幼い少女を送り出してくれた人々の顔が次々と思い浮かぶ。

 もう会えない。

 もうこの世にはいない。

 けれど、嶺華のために戦った人々が存在していたのは紛れもない事実だった。


「わたくしは、初めから独りぼっちなどではなかった。本当はたくさんの人々に生かされていた」


 落涙する少女が、もう一人の恩人のもとへ歩み寄る。


「ヴァルガイア……」


 もう動かない巨大龍の頭。

 その銀色の鱗に頬を擦り付け、嶺華は肩を震わせた。


「貴方は、いつもわたくしを助けてくれましたの。今日も、あの時も」


 永久凍土が溶け出すように、少女の幼き日々の記憶が、感情が溢れ出す。

 ぽろぽろと零れる大粒の涙が銀の鱗を濡らした。


「貴方のおかげで、思い出しましたの……わたくしの、使命を」


 黄金色の少女は、顔をくしゃくしゃにして嗚咽を漏らす。

 家族も、仲間も、そして嶺華をずっと見守っていた巨大龍も。

 ようやく思い出したのは、全てを失った後であった。

 涙をいくら流したところで、既にこの世にいない者たちは戻らない。

 残酷な現実が、少女の悲しみを際限なく増幅させた。

 だが疑問も残る。

 何故、ヴァルガイアは自らの散り際に、思い出話のような遠い過去の映像を見せたのだろうか。


「……っ!?」


 目を腫らして泣いていた嶺華が、突然はっと顔を上げた。

 巨大龍の、天を貫かんとする二本の剛角。

 その片方が、淡く輝いている。

 嶺華は龍の瞳をじっと覗き込むと、しばらくの間立ったまま固まっていた。


「嶺華さん、どうしたんだろう」

『マスターにのみ、ダイレクトコア通信が行われているようです』


 唯が見守る中、ヴァルガイアの頭部によじ登る嶺華。

 煤で汚れた左手を伸ばし、輝く剛角にそっと触れる。

 すると剛角のシルエットが、さらさらと砂のように崩れ去った。

 駆雷龍機の次元障壁で壊してしまったのではない。

 少女の手が触れる直前に自壊したのだ。

 まるでプレゼントの包装を解くかのように。

 剛角の付け根だった部分から、何かが飛び出している。


「わたくしにこれ(・・)を託すことが、貴方の最後の使命……」


 四角い石板のような物体だった。

 表面に描かれているのは、大きな口をV字に開いた龍の横顔。

 龍の頬骨やギザギザの歯は平面的な絵ではなく、太古の地層から出土した恐竜の化石のように浮き出ている。

 物体の内側は空洞になっており、剣の鞘口のようだ。

 ちょうど、天を見上げた龍の口の中に、機械大剣の剣先を挿入できそうな構造である。

 もっとも、物体の長さは機械大剣の刀身の三分の一程度であるため、単なる鞘とは用途が異なる。

 巨大龍からの贈り物。

 使い方はたった今、龍の少女に授けられた。

 嶺華は胸に手を当て、ぐっと噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 それは、朽ちる龍に宛てた決意表明であった。


「ヴァルガイア。わたくしは、まだまだ貴方には及びませんの。貴方の代わりにはなれない。それでも、わたくしを信じて、託してくれるというのなら」


 嶺華は左腕で機械大剣を逆手に持つと、剣先を勢いよく物体の中に差し込んだ。

 ガチリという音と共に、機械大剣の腹に物体が固定される。

 刀身にジャストフィットした物体は、最初から機械大剣と一つになるために設計されていたようであった。


「貴方の想い、謹んで受け取らせていただきますわ!!」


 巨大龍の剛角、墓標の台座から引き抜かれる機械大剣。

 剣先が貫く物体は、刃の部分には干渉しない構造になっている。

 刀身を咥えた龍の横顔は、鞘というより宝物剣の装飾のよう。

 物体の側面に光が灯る。

 四角い形状の中央から刀身の方へ、V字の刻印がネオンのように浮かび上がる。

 側面に描かれた龍の口も同様に光りだす。

 二つの『V』がハサミのように連結し、『X』の文様を作り出す。

 それが起動の合図であった。

 機械大剣と合体した物体から、高らかな電子音声が鳴り響く。


『エクスドライバー、オン!!!!!!』


 物体が名乗りを上げた直後、機械大剣から紫電が散った。

 それだけではない。

 嶺華の纏う駆雷龍機の鎧からも、アーク放電のような光が弾けた。


「ぐっ……わたくしの中に、入って……」


 嶺華は発光する機械大剣を掴んだまま仰け反った。

 歯を食いしばり痙攣する少女。

 (はた)から見ている唯は、嶺華が高圧電流に感電したのではないかと心配になる。


「嶺華さんの身に何が起こってるの!?」

『エクスドライバーから爆発的なデンゼル粒子が流入中。駆雷龍機のファームウェアがオーバーライドされていきます』

「えーっと……つまりどういうこと?」

『駆雷龍機に新たな兵装が追加されています。それも全身を作り変えるほど大規模な改修です』

「そんなことができるんですか!?」


 驚く唯に、マルルが丁寧に解説を添える。


『先日の駆雷龍機修理の際、将来の拡張性を考慮した改修も行っています。追加兵装を受け入れる基盤は整っていました』

「でも、ヴァルガイアさんとすり合わせた訳でもないのに、規格とか相性とか大丈夫なんですか?」

『拡張インターフェース規格は本艦に残された(・・・・)データに従っています』


 拡張の可能性は最初から想定済だったということだ。

 シミュレーション映像の中で懸命に戦っていた人々。

 ヴァルガイアと協力し、超次元母艦マリザヴェールを出港させた八幡重工の社員たち。

 秘蔵のアームズ・駆雷龍機を艦に残したのも彼らだろう。

 遠い未来で嶺華を助けるための力。

 長い時間を経ても尚、彼らの意思は生きていた。

 嶺華の父・修二が託した希望の火は、まだ消えていない。

 父から巨大龍、そして、巨大龍から嶺華へ。

 未来のために戦った者たちの、願いを乗せたバトンが繋がっていく。


「わたくしの駆雷龍機が、生まれ変わる……!」


 X字の文様が、燦然たる金色に輝いた。

 さらに物体からは、荒々しい音楽も流れ出した。

 聞く者の心臓を鷲掴みにするような、ゴロゴロと遠鳴りの如き待機音であった。


『オーバーライド完了。コアユニットのデンゼル粒子出力安定化を確認』


 さっきまでの不調が嘘だったかのように、元気な吸気音を奏で始める雷龍の鎧。

 息を吹き返したコアユニットの鼓動は敵側にも捕捉されたのか。 

 黒煙の向こうで勝利の余韻に浸っていたヘルクルモスが、嶺華の方へと振り向いた。

 鉄壁の巨体が、矮小な人間を踏み潰すべく動き出す。

 しかし嶺華は、巨獣の放つ威風に臆することなく、手にした黄金の輝きを見つめながら呟いた。

 己を鼓舞するように。

 胸に灯る覚悟を確かめるように。


「この命があったのは、お父様たちがいたから」


 かつての家族。

 嶺華を愛する人々によって守られた過去。


「この力があるのは、ヴァルガイアがいたから」


 巨大龍がその身を捧げて守ってくれた現在(いま)


「この心があるのは、唯さんがいてくれたから」


 愛する者と歩んでいく未来。


「わたくしは、全てに報いたい。わたくしを支えてくれた全てが、無駄ではないと証明するために」


 嶺華はヴァルガイアの頭から飛び降り、迫りくる異形の巨影を睨みつける。


「受け継いだこの使命を、必ず果たしてみせますの」


 左腕一本に闘志を込める。

 輝く機械大剣を、天へと掲げる。


「それがわたくし、御剣嶺華(みつるぎ れいか)ですわ!!!!」


 柄のトリガーを握り込みながら、渾身の力で振り下ろす。


駆雷龍機改(クライリュウキカイ)――――」


 自らの真名を取り戻した少女が、叫ぶ。



「超・装・動ッッ!!!!!!」



 黄金の稲妻が、仄暗い空へと昇った。

 黒煙と雷雲が、嶺華という爆心地を中心に霧散する。

 異次元空間が、真っ二つに引き裂かれる。



『ライジング・ドラゴン・エクス!!!!!!!!!!』



 覚醒せし雷龍の化身が今、降臨する。


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