第二話:エンプティー・キャッスル
16時18分。
数々の寄り道を経て、経由地であるショッピングモールへ向かっていた時だった。
「───なんか聞こえない?」
音がした。
オレたち自身で発したのではない音が、異空間のどこからか聞こえてきた。
立ち止まって耳を澄ませると、何かしらの音楽のようだった。
発信源は、お目当てのショッピングモールがある方角だった。
「ロック……?ヘビメタか?」
「なんだっていいよ!とにかく音だよ!」
「誰かが流してるってことなのかな!」
「どうやって?」
「それは知らん!」
待ち望んだ"目新しさ"。
ルーチン化が進んでしまった散策において、これほど嬉しい釣果はない。
「とにかく行こう。考えるのはそれからだ」
先程までのマンネリはどこへやら、ご馳走を前にした犬のごとく、オレ達は走り出した。
勘違いだったらとか、ぬか喜びに終わったらとか。
そんなことは、この際どうでもよかった。
良くはないけど、構わなかった。
そこに誰かがいるかもしれない。
一瞬でも胸が躍ったことに意味があって、走り出す意義があった。
「やっぱこっちからだ!」
「普通にレッチリ~」
「イカしてんな~、選曲~」
「有線じゃあねーよな」
「もっと局所的な感じでね?」
「どうやって流してんだ」
「あの、すんません、もーちょいペースを……」
「乗れいっそ!」
「えっ、いいの?」
「今のお前乗っても俺らのダッシュと変わんねーよ」
音楽の歌手は、レッ○・ホッ○・○リ・ペッ○ーズであること。
発信源は、ショッピングモールの敷地内であること。
距離を縮めていくにつれ、情報の確実性も増していく。
悪い方の"かもしれない"より、良い方の"かもしれない"に可能性が傾き始める。
「(マジでこれ、ワンチャンあるか……?)」
ひょっとして、ひょっとするのでは。
期待に生唾を飲み込みながら、ショッピングモールの駐車場に進入する。
その先に見たのは、良い方の"かもしれない"だった。
「え……?」
女の子がいた。
オレ達よりちょっと幼いくらいの女の子が、疎らに駐車された車の影から出てきた。
誰かがいたらとは期待したが、本当にそうなった時の計画はしていなかった。
オレも照美も早乙女も、突如として現れた女の子を前に呆然としてしまった。
女の子も女の子で、オレ達と鏡のように呆然としていた。
「ハーッ、ハーッ」
「はぁ、はぁ」
「オエッ、ゲッ」
「………。」
走り疲れて息を切らしたオレと照美、驚いて息を詰まらせた女の子。
呼吸困難レベルに嘔吐きながらも、乗ってきた自転車から降りる早乙女。
そして、絶えず響き続ける○ッド・○ット・チ○・ペッパー○。
謎に見つめ合う時間が、ミスマッチすぎるBGMと共に、しばらく続いた。
「ぁ───、ッあ!えと、あっ、あの!
すいません、ちょっと、ちょっとここで待っててください!」
先に我に返ったのは、女の子の方だった。
オレ達に一言断った女の子は、慌てた様子でショッピングモールの中へと駆けていった。
女の子の後ろ姿を見送ってから、オレ達は顔を見合わせた。
「いたな、ほんとに」
「正直ないと思ったわ」
「しかも女だし、可愛い子だし」
「どうする?他にもイイ感じのギャルわんさと出てきたら」
「酒池肉林が始まってしまいます?」
「おれを見るな。おれはやらん」
第一町人発見で、しかも相手は女の子。
本来ならガッツポーズをして然るべきところだが、いかんせん酸欠で二の句三の句が継げない。
レッチリの重厚なサウンドと流暢なイングリッシュに、思考を邪魔されるというのもある。
「パ○レル・○ニヴァース」
「なんですって?」
「今、かかってるやつ」
「曲名まで分かんのかよ」
「さっきギリギリ、聞き取れたのがアザー○イドで、今がこれだから、たぶんこれ、ベストだ。
グ○イテスト・ヒッツ」
「なんでそんな詳しいんだよ。お前レッチリ好きだったっけ?」
「兄貴が、洋楽好きだから」
そんな最中にも、冷静さと博識さを損なわない照美。
曲のタイトルだけでなく、曲が収録されたアルバムまで言い当ててみせた。
発信源はまだ特定に至らないが、正面入口の辺りから聞こえている。
個別のオーディオ機器を設置して、そこから流していると思われる。
「───あ、きた」
女の子に指示された通り、動かず待つこと数分。
そろそろ呼吸は落ち着いたかというタイミングで、レッチリが静かになった。
と同時に、女の子が戻ってきた。
ある意味イイ感じではあるがギャルではない、人の好さそうなおばさんを伴って。
「お待たせしました。えっと───」
「ごめんなさいね急に。
とりあえず、あなた達は、三人組?
お友達のお三人、ってことで、いいのかしら?」
女の子に目配せされたおばさんが、オレ達全員に話し掛ける。
オレ達は再び顔を見合わせ、なんとなくオレが代表するみたいな空気になった。
「あー……、はい。そうです。オレ達は三人、で、友達ー……、す、けど。
そちらは……?」
「こっちも人数で言えば三人よ。今は一人抜けてるけどね」
おばさん曰く、おばさんと女の子以外にもう一人、控えのメンバーがいるらしい。
おばさんと交代で女の子ぜんぜん喋らなくなっちゃったけど、年齢差からして二人は親子だろうか。
「失礼ですけど、お二人の関係は……?」
「私たち?は───、そうねぇ……」
おばさんと女の子も顔を見合わせる。
「お友達、ってほど、まだお互いのことよく知らないけど……。
なんて言うべきかしらね、こういう時」
「同士……、とか、仲間、とかになるんですかね……?
利害の一致、は何か違う気もするし……」
おばさんが首を傾げると、女の子もまた首を傾げた。
明言できない時点で、近しい間柄ではなさそうだ。
「ご家族ではないんすか?」
「まっさかぁ!
私みたいなおばさんに、こんな可愛い娘がいるわけないったら!
ねぇ?」
「えっ?あ、や、そんな……。
こちらこそ、こんな素敵なお母さんがいたら嬉しかったですけど……」
「アラ!じゃ今日からウチの養子になる?」
「あはは……」
親子どころか親戚ですらなかった。
そう言われると、どこか他人行儀な空気感がある。
主に女の子の腰が引けていて、おばさんは誰にでもフレンドリーな印象だ。
この人に限らず、おばさんってコミュ力おばけ多いよな。
「まぁまぁ、立ち話もなんだから、上がってちょうだいな。
と言っても、別に私の家じゃあないんだけどね!」
ワハハ!と天まで突き抜けそうな大声で笑うおばさん。
ショッピングモールがおばさんの家でないのは無論として、洒落を飛ばすくらいには馴染んでいるのが窺える。
拠点とか、基地とか、避難所とか。
第二の故郷的なニュアンスでなら、家という表現は適当かもしれない。
となると、おばさんと女の子は、長期間ここに身を寄せているのだろうか。
オレ達よりもずっと前から、異空間で過ごしているのだろうか。
だとしたら、おばさんと女の子が異空間に迷い込んだ原因は?
改元ジャンプが原因なのは、あくまでオレ達だけ?
「そういうことなので、詳しい話はぜひ、中で……」
時間はある。
疑問は尋ねればいい。
なにしろ、答え合わせできる人数が増えたのだから。
「お邪魔します」
16時44分。
念願の第一町人は、愉快なお仲間となり得るのか。
女の子と、昔女の子だったおばさんに誘われて、いざ仮初めの城へ。