第二話:リープ・オア・スリップ
タイムスリップの仕組み。
現時点で判明している情報を鑑みると、少なくとも周期は導き出せる。
4月30日の、昼の12時と夜の12時の間。
正確には、12時から24時にかけて。
この周期で、この世界の時間軸はループする。
並びに、オレ達の状態もリセットされる。
だから急に夜が昼になって、オレ達は休んでもいないのに元気になった。
ということであれば、不確定ながら筋は通る。
しかしオレ達は、オレの自宅でタイムスリップとリセットを経験した。
当初のオレ達が目覚めたのは、駅前広場であったのにだ。
故に、これはタイムリープではない。
一方で、タイムスリップとも断言できない。
意識のみが時空を越え、当時の自分に乗り移る形になるのがタイムリープ。
心身ともに時空を越え、現代の自分と当時の自分が両方存在しうるのがタイムスリップ。
と、巷では定義されている。
では、前述のどちらにも当て嵌まりそうで、どちらとも異なる今のオレ達は、どう定義するべきか。
状況はタイムスリップ寄り、感覚はタイムリープ寄り、とするのが妥当かもしれない。
「───なるほど。それで二人はさっき……」
「理解した?」
「理解……。うーん。なんとなくは把握、はしたけど……。
それってつまり、謎要素がまた一個増えたってことなんじゃ……」
「………。」
「………。」
「アッ、地雷踏んじゃった」
早乙女の言い分は尤もである。
周期を導き出したところで、肝心の原因については見当もつかない。
タイムスリップリープの謎は解明できたとして、イコールこの世界の脱出に繋がる保証はない。
こうなったら、ここが夢でも異世界でも構わない。
名称が設定がどうであれ、論点はそこじゃない。
差し当たって一番の懸念事項は、終わりが見えないこと。
二日目があるなら、三日目もある可能性が高いこと。
そのうち何とかなるだろ、と当初のように楽観はできなくなった。
「繰り返すってことは、4月30日に何かしら、特別な意味があるってことだよな?」
「記念日的な?」
「なんかあったけ?」
「至って普通の日だった気がするが」
「実は30日に世界滅んでて、現実へ戻ろうにも戻れる現実自体なくなってる説」
「やめろちょっとアリそうだろ」
「タンマ」
「どした」
「普通の日だったて、さっきは言ったけど。
おれ、30日なにして過ごしたか、覚えてない」
今度は早乙女の指摘でハッとする。
よくよく思い返してみたら、オレにも30日の記憶がない。
4月の30日とは世間的にどんな日で、当日のオレはどんな風に過ごしたか。
左隣を見ると、照美も同じ思考に行き着いた様子だった。
「なんで覚えてないんだ?つい昨日のことなのに」
「だから昨日じゃねーって」
「いや現実の話よ。
一週間前とかならまだしも、一日前のこと何も覚えとらんて……」
「もはや30日が未来なのか過去なのかも怪しくなってきた」
「過去だよ。29日の記憶はあるもん」
「ああ、言われてみれば29日───」
「アッ───!?」
いつぞやを彷彿とさせる流れで、オレは我に返った。
「思い出した」
30日のことを思い出せないのなら、更に一日遡ればいい。
そして甦った29日の記憶が、後に続く30日の予定を教えてくれた。
「集まった。駅前に。三人で」
「現実でも?」
「そう」
「ほんで?」
「ほんで、12時の、夜の12時の、日付変わるタイミングで、ジャンプした」
「ジャンプ?」
「なんで」
「令和だよ令和!平成から令和!」
ピンと来ないのか、照美と早乙女は首を傾げた。
しばらく待ってみると、厚い雲が晴れるように、二人は目を見開いた。
「そうだ。したわジャンプ」
「あれ?でもあん時お前、確かムービー回してなかった?」
「回してた。でもスマホには残ってなかった」
「昨日───、じゃねえのか。無人駅で撮った分も?」
「待って確認する」
「どう?」
「やっぱない。どっちも」
「ここで飲み食いしたモンとか、お前のクソとかも全部なくなってんだから、そりゃそうだろうよ」
「どうせ消えるから意味ねえつってたけど、実際消えるとちょっと寂しいな」
「なまじ記憶だけは有るとな」
「飲み食いって言やーさ、ジャンプする時もしたやん?飲み食い」
「菓子とかジュースとか」
「それも無かったよな?目覚めた時」
「無かったな」
「そこは一緒にトリップしないんだ」
「スマホは普通にポッケ入ってたのに」
「ポッケ入れてたからじゃね?」
互いにアイデアを出し合い、互いの大脳皮質を刺激し合う。
改元祝いで駅前広場に集まったこと。
コンビニの菓子と缶ジュースで祝杯モドキを挙げたこと。
年末年始のノリで24時に一斉ジャンプをキめたこと。
その模様をスマホのムービーで記録し、翌日にまた大学のキャンパスでと約束したこと。
ジャンプしたのが24時で、目覚めたのは12時だったり。
飲み食いしたはずのゴミが、どこにも見当たらなかったり。
記録したはずのムービーが、スマホに残っていなかったり。
などなど。
細かい差分はあれど、大筋は掴めた。
4月30日のオレ達は、いつにも増して、馬鹿な大学生だった。
「おもしろいこと言っていい?」
「なに?」
「そのジャンプが原因なのでは?」
「ここ来ちゃったのが?」
「そう」
「改元の瞬間オレら地球上にいなかったぜぇ~い。
ってやろうとしたら本当に地球外まで飛ばされちゃったと?」
「地球外かどうかは知らんけど、思い当たる原因つったら、それしかなくない?」
早乙女が挙手をしなくても、オレと照美もそんな気がしていた。
あまりにも馬鹿げているから、あえて口には出さなかっただけで。
「ぶっ」
「ふふふっ」
「ンフッ、ふは、あははははは!」
笑っている場合じゃないのは、重々承知している。
しているが、緊張の糸がぷっつり切れてしまって、もう止めようがなかった。
だって、こんなの絶対、有り得ないのに。
有り得ないが実際に目の前にあって、八方塞がりが十方塞がりくらいになってしまったなんて。
頭がおかしくなりそうだ。
いや、既におかしいのかもしれない。
「───あー。一応、これまでの経緯は纏めたけど」
「纏めると余計ワケ分からんな」
「厨二病ノートでももーちょい理路整然としてるよ」
現在時刻、13時02分。
腹から笑ったおかげか、不安な気持ちはだいぶ和らいだ。
照美が纏めてくれたメモを全員で覗き込みながら、ようやく一息つく。
「これからどうする?
やっぱ眠くねーけど、頑張って寝てみる?」
「絶対無理」
「てかジャンプ原因なら、寝るの関係ないんじゃね?」
「確かに」
「じゃあジャンプしてみる?」
「今ァ?」
「発端が日付変わるタイミングだったんなら、同じ時間に合わせた方がいんじゃね?」
「あと半日か」
「場所も駅前にした方がいいんかなぁ」
この世界から脱出する方法についても、候補が二つに増えた。
引き続き、照美の立案した"寝て起きる作戦"と。
誰からともなく発案された、"ジャンプが原因ならまたジャンプすればいいじゃない作戦"。
長ったらしくて間怠っこしいので、便宜的に略称も作った。
前者の作戦名が、"おやすみ作戦"。
後者の作戦名が、"ジャンプ作戦"。
ジャンプのくだりを総括した呼び名が、"改元ジャンプ"。
この世界を言い表す呼び名が、"異空間"。
12時間周期でタイムスリップとリセットが行われる現象が、"タイムループ"で決定した。
いずれもオレ達のワードセンスの無さが光るが、通じりゃいいんだこういうのは。
「ディティール凝るべきかどうか確かめるためにも、とりあえずやっとこうぜ」
「備えあれば憂いなしと!」
「腹が減っては戦が出来ぬ!」
「どっちも微妙に違うくねえか」
念のため。
ジャンプ作戦はタイミングに依るのかだけでも、さっそく確認してみることに。
全員で立ち上がり、怪我をしないよう足場を整え、音頭をとるオレに照美と早乙女の視線が集まる。
「あん時は10秒前からカウントしたんだっけか?」
「そこも再現すんの?」
「それは時間と場所も合わせて夜でいいだろ」
「あくまで今はジャンプオンリー?」
「でヨシ」
「わかった。
じゃあまた"せーの"でいくぞ。いいか?」
「はよ」
「せーの─────」
オレの合図で、三人一緒にジャンプをする。
跳躍して、着地する。
案の定、ドスンという体重分の音が響いて終わった。
ご近所さんが不在でよかった。
「ディティールは大事、と」
「夜に改めて駅前レッツだゴー?」
「ゴー」
ジャンプをするだけでは、なんの効果もない。
異空間脱出には失敗だが、ひとつ疑問を潰せたという意味では前進だ。
ならば次は、時間帯を夜に、場所を駅前に移し、条件を全て揃えた上でリトライする。
リトライしてもまた失敗した場合は、そうなってから考え直せばいい。
なにせ、異空間へ来てから一睡もしていないのだ。
いくら体力がリセットされても、稼動し続ける脳は万全には働かない。
人間、やっぱ寝ないと駄目になるもんだな。
「夜まで暇だなぁ」
「またどっか散策すっか?」
「どうせ誰もいねーのに?」
「いや分からんぞ」
「なに」
改元ジャンプの説浮上で、新たに希望も湧いてきた。
お仲間の存在。
初日はたまたま遭遇しなかっただけで、異空間のどこかにはいるかもしれない。
オレ達と同じノリをキめたばかりに、オレ達と同じ目に遭っている、オレ達のように馬鹿で愉快な人種の皆さんが。
「改元ジャンプが原因かもしれんなら、同じことして同じことになってるやつが、探せばいるかもしれんだろ」
「改元ジャンプなんぞしょーもないことしたん俺らしかいねーだろ」
「分かんねーだろ!オレらで思い付くモンは大体みんな思い付くだろ!」
「俺らってかお前な」
「思い付いても実際やるかどうかは別な」
どうせ暇を持て余すなら、初日よりは有意義になりそうな散策に興じるのはどうか。
オレの提案に照美と早乙女は渋りつつも、最後には一理あると賛成してくれた。
「ま、どのみち夜までやることねーしな」
「行くとしたらどこ?人の集まりそうなとこ?」
「駅は昨日いなかったし、どうせ後で行くし」
「ショッピングモールとかは?地元民が集まるの最たるだろ」
「そこらが無難か」
「決まったな」
異空間、滞在二日目。
愉快なお仲間を探すべく、オレ達は再び町へと繰り出したのだった。